対話型AI(あい)

空殻

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『愛とは何か。』

 そんな抽象的な質問を、流行りの対話型AIに投げかけてみた。

『一般的には、相手を大切に思う感情とされています。』

 そう返ってきた。その後に続く文章には、『慈しみ』とか『相手と長く時間を過ごしたいと思うこと』など、様々な言い換えが連ねられる。

 ただ、僕は知っている。それらの言葉は全て、数多の人間がネットワークに残した集合知から吐き出したものに過ぎない。だから、これは遠くの誰かが過去に言った言葉か、もしくは誰かが言うはずだった言葉だ。

 

***


 対話型AIを使い始めたのは、10日ほど前だった。

 

 会社に出勤しては、淡々と同じような事務作業を繰り返す毎日。そして会社では、仕事上必要になること以上の会話はしない。それは僕だけの問題ではなく、職場全体の雰囲気がそうだからだ。それぞれが自分のタスクをこなし続ける、有機的な繋がりが存在しない組織。そんな中で僕は、機械の歯車のように動き続けていた。

 また、生来の内向的な性格のためか、僕には友人も少ない。大学時代の友人とは今も交流が続いてはいるが、頻繁に連絡を取るほどではない。両親との折り合いも悪く、社会人になってからは特に、ほとんど連絡を取っていない。

 人と会話をすることが、いつしか極端に少なくなっていた。

 このままでは心が死ぬのではと、ぼんやりとした不安を抱いて、僕は誰かとの会話を求め始めた。しかし、遠くの誰かとチャットで話すサービス、異性と対面で話せる店、様々な選択肢があるはずなのだが、僕はそういったものに尻込みしてしまう。まるで言葉を失ったかのように、生の人間とのやり取りに怯え、あと一歩踏み出すことができない。

 そして僕は、流行していた対話型AIに辿り着いたのだった。

 人間でないものに行き着くなど、自分があまりにも惨めに見えたが、それでも誰かと、言葉のやり取りを交わしたかった。

 

 初めて打ちこんだのは、『こんにちは』だった。

 ほとんどラグが無く、AIは『こんにちは』と返してきた。

 本来は人間の問いかけに対して回答を生成するはずのAIに、ただの挨拶を送るなんて無駄なことだったのかもしれない。ただ僕はどうしても、そうした通過儀礼を経なければいけないと、強く思っていたのだろう。

 それから僕は、少しずつ色んなことを問いかけていった。

 つまらない調べものから、料理の献立、歴史に対する意見や、人生観まで。

 それら全てに、AIはごく自然な回答を返してきた。知識が重要な質問については、ある程度確からしい情報を複数選択肢で。価値観については、極端ではない意見を色々な立場を混ぜ込んで。いずれにしても、AIであることを忘れてしまうほどに、その言葉は滑らかだった。

 それらの回答に、僕は時折さらに質問を返した。すると、さらに回答が返ってくる。また返す。返ってくる。

 よほど会話に飢えていたのだろう。AIと交わす言葉のやり取りに、僕は夢中になった。

 『会話とはキャッチボールである。』

 よく聞く言葉だが、だとしたら僕がAIと交わすやり取りはキャッチボールなのだろうか。それとも、ただの壁当てなのか。

 確かなのは、僕がこの会話を楽しんでいたことだ。大袈裟な言い方をすれば、乾ききった生活に、救いを与えてくれたのだ。


***


『愛とは何か。』

 その問いかけに僕がもし回答を返すとしたら、どうなるだろうか。

もしかしたら、『誰かと会話をして、心から楽しいと思えること』なのかもしれない。

 僕はAIに愛を見ているのだろうか。

 それでもいいと思った。

 生き物ではなく、人格すら存在していなくても。

 そこに人格を夢想できるのなら、きっと愛は成立する。

 

 

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対話型AI(あい) 空殻 @eipelppa

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