第7話 報告
ほどなくして巧が復帰してきて、比佐子も部隊に戻った。
体づくりはしていたけれど、鈍った勘を取り戻すためという巧の指示で、演習をするという。
これまでのように、気軽に穂高に会えなくなったけれど、穂高はまめに式神で手紙をくれて、離れていても見守られているような安心感があった。
今まで比佐子がしてきた恋愛はなんだったんだろうと、つくづく思う。
互いの休みに会いに行ったり、来てくれたりを繰り返しているうちに、どうしようもなく好きになっている。
駄目だったらすぐに別れるなんて言ったけれど、駄目なところなど、どこにも見当たらない。
喧嘩をすることもあるけれど、納得のいく状態で穏便に終わる。
きっと一緒に暮らしたとしても、こんなふうに穏やかでいられるのかもしれない。
気づけば一年が、あっという間に過ぎていた。
比佐子は蓮華たちの個室が並ぶ、軍部の廊下を急ぎ足で歩いた。
巧の個室の前で足を止め、コツコツとノックをする。
中から『どうぞ』と返事があり、ドアを開いた。
「失礼します」
巧は報告書を書いている最中だったようで、手もとに視線を落としたまま「比佐子? なにかあった?」と聞いてきた。
机の前に立つと両手を後ろに回して背筋を伸ばした。
「巧隊長、唐突ですが、私、結婚することになりました」
巧は小首を傾げてペンを止め、固まったように動かなくなった。
「ん? ごめん比佐子。ちょっと私、集中していたみたいで良く聞こえなかったんだけど、もう一回、言ってくれるかしら?」
「はぁ。ですから、結婚することに……」
巧は大きく息をつき、上目遣いに比佐子を睨んだ。
「あんた、なんの冗談よ? まさか、またどっかの変な男に引っかかっているんじゃあないでしょうね?」
「冗談なんて言ってません。まぁ、相手は変な男と言えば、変な男ですけど……」
「去年、あんな目に遭わされて、あんたまだ懲りていないわけ!? あのときも私はちゃんと――」
ノックが聞こえてドアが開き、穂高が顔を出した。
「巧さん、ちょっといい?」
「穂高……悪いけど、今ちょっと立て込んでいるのよ。急ぎじゃあないなら、あとでもいいかしら?」
「巧隊長、そいつが今話した、変な男です」
「え?」
巧は立ちあがると、困惑した表情で比佐子と穂高を見比べた。
「比佐子から聞いたと思うんだけど、俺、比佐子と結婚したいんだよね。いいかな?」
「いいかな……ったって、穂高……あんたたちのどこに、そんな接点があったのよ?」
「うん、まあ、いろいろとあってね」
脱力して椅子に腰を落とした巧は、さっきよりも大きなため息をついて天を仰いでいる。
この様子だと、駄目だと言われてしまうだろうか?
もっとも、駄目だと言われようが、比佐子は聞くつもりなどないけれど。
なにも言葉を発しないまま、巧は椅子を揺らしながらため息をついたり、両手で顔を覆ったりしてブツブツと一人でつぶやいている。
数分が過ぎ、頭を掻きむしった巧は、ようやく比佐子に向き直った。
「はぁ~……まぁ、あんたたちが決めたんだったら反対はしないけどねぇ……穂高、あんた本当に比佐子でいいの?」
「巧さん、俺はね、比佐子がいいんだよ」
比佐子の手を握り、穂高はハッキリそういった。
照れくさいのと同時に、好きだと思う気持ちがあふれ出す。
「あぁ、そう……それで? いつ頃の予定なのよ?」
「半年後、と思っています。それで、巧隊長……私、今期で引退したいんです」
「引退? なんでまた……あんたがいなくなると、うちの損失が大きいって、わかっているの?」
「すみません。でも私、情けないんですけど、これまでのように戦える自信がないんです」
巧の部隊に所属してから五年、自分が死ぬことなんてないと思っていたし、怪我なんて当たり前のことと思っていた。
穂高にプロポーズをされたとき、一番最初に思ったのが『穂高より先に死にたくない』だった。
命を惜しんだ瞬間、戦うことが怖くなった。
一人で考えるにはことが大きすぎて、穂高と相談したうえで納得して決めた。
巧は結婚して子どももいて、それでも戦士を続けているけれど、比佐子のような不安を感じなかったんだろうか?
家族を残して逝くようなことがあったら、と、考えなかったんだろうか?
それとも蓮華は、そんな不安をも感じないほどの強さを持ち合わせているんだろうか?
麻乃はどうなんだろう? 麻乃はきっと、巧と同じように戦士を続ける気がする。
「比佐子、情けないなんてことはないわよ。それが普通。急だけど仕方ないわね……今期となると、あと二ヵ月、それまではしっかりやってちょうだい。手続きについては、追って報せるから」
「ありがとうございます。では、これで失礼します」
礼をして、穂高と二人、巧の部屋を出た。
「……比佐子は反対されるって言ってたけど、大丈夫だったね」
「うん……きっとね、相手が穂高だったからだと思う。残りの期間、襲撃があっても、私、しっかりやらなきゃ」
「比佐子なら大丈夫だよ」
「そういってくれると、なんだかホッとするわ」
「麻乃のところにも行くんだろう? 俺も一緒に行こうか?」
「ううん、一人で大丈夫。今夜にでも行ってくる。隣の部屋だしね」
麻乃は比佐子の選択をどう思うだろうか?
持ち回りで北区へ移動する穂高と別れ、比佐子は一人で宿舎へ戻った。
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