第3話 苛立つ思い

 それからも、穂高は比佐子の前に顔を出すけれど、以前のようにしつこく寄ってくることはなくなった。

 挨拶にひと言、ふた言を交わす程度だし、花や手みやげも持って来ない。

 今までのことがあったから、肩透かしを食らった気分になるけれど、こっちのほうが面倒がなくていい。


 ただ……。

 ほとんど毎日来るのには閉口する。

 傷の具合はどうかとか、体の調子はどうかとかを聞いてきて、気にかけてくれているのはわかるけれど……。


 何度目かのときに、訓練が終わったあと、予備隊と訓練生の女の子たちがざわめいているのが目に入った。

 なにを話しているのか気になり、比佐子は少しだけその輪に近づいてみた。


「――うでしょ?」


「うんうん、わかるー!」


 うなずき合っているけれど、なにがわかるというんだろう?

 興味のないふりをして荷物をゆっくりまとめながら、続きを聞いた。


「上田隊長って今、彼女いないんでしょ?」


「そうらしいよ!」


「最近、訓練所に良く顔を出してくれているじゃない? 私、今度、お昼誘ってみようかな?」


「ええっ! ズルイ! だったら私だって――」


 ……あいつ、意外とモテるんだ?

 女の子たちは穂高をどうにか誘って、どういい雰囲気に持っていこうかと知恵を絞っているみたいだ。


「優しそうだし、カッコいいもんね。付き合えたら幸せにしてもらえそう~」


「私、割と本気だもん、ちょっと頑張っちゃう。上田隊長、押しに弱いらしいからグイグイいったらうまくいくかも」


 一人がそんなことを言うものだから、比佐子はつい、その子の顔を見入ってしまった。

 目のクリッとした可愛らしい子だ。

 あんな子に迫られたら、なんだかんだ言っても、穂高もその気になるんじゃあないだろうか?


(そうなると、もう私のところには来ないかも)


 チリッと胸に湧く痛みを無視してカバンを背負い、比佐子は訓練所を出た。

 門を出るところで穂高に行き会い、視線を反らせて「お疲れさま」と小声で言い、そのまま通り過ぎた。


「比佐子!」


「なによ?」


「腕、大丈夫?」


「なんの問題もないわよ!」


 立ち止まることもせず比佐子はそのまま宿舎へ向かう。

 背中に穂高の「無理だけはしないようにね!」と声が掛かるけれど、追ってくる様子はない。


 結局は、そんなものなんだ。

 これまでも比佐子に言い寄ってくる相手はいた。

 比佐子のことを知りたいといいながら、すぐに離れていく。

 穂高もその一人だった、それだけのこと。


 その後、訓練所の門で、穂高があの可愛い子に声を掛けられているところをみた。

 少し困ったような表情をしながらも、二人並んでどこかへ行くようだ。

 グイグイ押されてその気になったんだろう。


(ふん……どうせ言い寄られて鼻の下を伸ばしてるんでしょ。馬鹿馬鹿しいったらないわ)


 それからは穂高の姿を見ることがなくなった。

 リハビリで通う医療所の周辺も、訓練所にさえも現れることはない。

 これまでは、一日のどこかで必ずといっていいほど、その姿を見かけたのに。


 もの凄くわかりやすく、態度に出るやつだったんだな、と比佐子は感じていた。

 言い寄られて彼女が出来たら、もう比佐子にはなんの用もないということなんだ、と。


 心の中で穂高を罵倒しながら、どうでもいいはずなのに、意識して苛立っている比佐子自身に、また腹を立てていた。

 部屋に戻り、荷物を放り出してからシャワーで汗を流した。

 一時は花まみれだった部屋の中も、枯れて処分したからか、変に殺風景にみえる。


 もうすぐリハビリも終わるから、訓練所へ行くのもやめて、部屋でできる体づくりをすればいい。

 きっともう穂高が訪ねてくることはないから、のんびり過ごせる。


 そんなふうに考えてから、数日が過ぎたある日の夜――。

 比佐子は夢で穂高に会った。

 なにかを一生懸命に話しているけれど、声が聞き取れず、痺れを切らして叫んだ自分の声で、目が覚めた。


「嫌な夢。夢の中でまで、なんであいつに悩まされなきゃならないのよ……」


 時計を見ると、もうリハビリの時間が近づいていて、比佐子は慌てて着替えを済ませ、宿舎を出た。

 ふと軍部のほうへ視線を移すと、今日は会議があるのか、蓮華たちが集まっている。

 その中に麻乃の姿も見え、比佐子は声を掛けた。


「麻乃!」


 呼びかけて駆け寄り、ほかの蓮華たちにも挨拶をした。

 良く見ると、穂高と鴇汰がいない。


「ねぇ、長田隊長と上田隊長がいないみたいだけど?」


「ん……ちょっとね」


 改めて周囲を見回して、二人の姿が見えないのを確認してから聞いてみた。

 麻乃は比佐子を見ようともせず、黙ったまま修治を見あげている。


「安部隊長? 私、なにか聞いちゃいけないことを聞いちゃいましたか?」


「いや……そうじゃあない」


「じゃあ、なんなんですか?」


「先週、北浜に襲撃があった。ジャセンベル軍だ。その時に穂高が怪我を負って、北区の医療所でまだ目を覚まさないらしい」


「……え?」


「鴇汰がついているんだけど……今日も、様子を見てから来るって、さっき連絡があった」


 比佐子のいる六番は、ジャセンベル軍と当たることがほとんどないけれど、かなり力があって荒々しい戦いかたをすると聞いている。

 そんな相手にやられたということは――。


 ゾワッとする感覚が背筋を走り、今朝見た夢が蘇ってくる。

 亡くなった隊員たちが夢に現れる話は有名だ。


「あ……安部隊長、すぐ戻るんで、車……! 車貸してください!」


 返事も待たず、比佐子は修治の車へ乗り込むと、そのまま北区へと走り出した。

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