上田穂高

第1話 相談

 コツコツとドアをノックする。

 中から『どうぞ』と聞こえてから、ノブを回した。


「あれ? 穂高ほだか? どうしたの?」


「うん、麻乃あさのにちょっと聞きたいことがあってさ」


「聞きたいこと? なにかあった?」


 麻乃に勧められて、椅子に腰をおろす。

 なにかあったと聞かれたけれど、なにかあったのは、麻乃のほうだ。

 先週、南浜みなみはま庸儀ようぎ戦のときに、捕らえられていた庸儀の負傷兵に逃げられてしまった。


 ちょうど穂高と鴇汰ときたが防衛に出ていたときで、麻乃は負傷兵を追って南浜まできたけれど、すんでのところで間に合わなかったらしい。

 撤退していく敵艦を波打ち際で見つめていた麻乃の手には、なぜか筒が握られていた。

 それには、負傷兵が麻乃の部屋から持ち出した、泉翔の地図が入っていたと、あとから鴇汰に聞いた。


 敵兵を逃がしたこと、奪い返したけれど一度は地図を盗まれたこと。

 この二つの出来事のせいで、麻乃は一カ月ものあいだ、謹慎を言い渡されていた。

 鴇汰が上層に烈火のごとく詰め寄っていたけれど、当の麻乃が謹慎を受け入れていたから、決定が覆ることはなかった。


「うちの隊員たちの訓練メニューなんだけど、このあいだ、麻乃のところも訓練しただろう? うちのメニュー、ちょっと見てほしくてさ」


 穂高が手にしたノートを机に置くと、麻乃はそれを取って中を確認した。


「うん……これ、八番の吹田すいた鹿野かのも、内容を認識しているよね?」


「もちろん。一応、一緒に考えたんだ。けど……なにか足りない気がするんだよ」


 麻乃は黙ったままうなずくと、ノートに書かれた訓練メニューをじっくり読んでいる。

 普段はどこか頼りなさげにもみえるけれど、こんなときは、妙にしっかりしてみえるのが不思議だ。


「……うん。これで特に問題はないと思うけど、これって引きあげの隊員もいるんだよね?」


「そうなんだよな……怪我で引退したやつらがいるから……」


「だったら、日数もそれなりに取るでしょ? あたしは演習も五日程度、やったらいいと思うよ」


「やっぱり演習かぁ……日数は取るんだけど、手間が掛かるから悩んでいたんだよな」


「実戦の感覚も掴みやすいし、緊張感も覚えるからいいと思うよ? 準備くらいなら、あたしも手伝えるしさ」


 本当は、麻乃と七番の隊員たちが入ってくれるとありがたいところだけれど、謹慎中に演習なんて、上層部に知られたら、また麻乃が小言を喰らうことになってしまう。

 麻乃の謹慎明けまで待つには、少しばかり時間がありすぎるか……。


「うん、そうしたら、吹田たちと相談して演習も組み入れることにしてみるよ」


「そうしなよ。絶対に、やっておいて損はないからさ」


 ゴンゴンと強いノックとともに、ドアが開き、女性が一人、入ってきた。


「麻乃? いる? あ……ごめん、来客中だった?」


比佐子ひさこ? どうかした?」


「ん……ちょっと……麻乃に相談が……」


 比佐子と呼ばれた女性は、穂高にチラッと視線を向けると、言いにくそうにモゴモゴしている。

 あぁ、これは穂高がいると話しにくいんだな、と思った。


「俺、ちょっと席を外すよ。麻乃、悪いんだけど、あとでもう少し話を聞いてもらっていいかな?」


「うん。じゃあ、あとでそっちに行くよ。個室にいるでしょ?」


「うん。それじゃあ、あとで」


 麻乃の部屋をあとにして、穂高は自分の個室に戻った。

 軍部の入り口に近いところから、番号順で割り振られているから、穂高の個室は一番奥で、麻乃の隣だ。

 さっき麻乃と話したことを反芻しながら、メニューのどこに演習を組み入れるのがいいのか、考えていた。


「そういえば……麻乃と修治しゅうじさんは、いつもまず演習から始めるって言っていたな……」


 二人が言うには、そのほうが隊員たちが苦手としている動きがわかり、あとのメニューが組みやすいらしい。

 そういわれると、確かにそうなんだけれど……。


「準備がなぁ……大変なんだよな……」


 鴇汰も引きあげで訓練をするはずだ。

 休みはだいたい、一緒なんだから、麻乃と修治のように、穂高も鴇汰と一緒にやったほうがいいんだろうか?

 一人で考えていても、うまくまとまらない。


「しまったな……吹田と鹿野も一緒に連れてくればよかった」


 ノートを前に考えふけっていると、隣から揉めているような声が響いてきた。

 なにを言っているのかまで、わからないけれど、怒声なのはわかる。


「麻乃? なにか揉めているのか?」


 外の様子を見てみようと、ドアノブに手を掛けたとき、麻乃の部屋のドアが勢いよく開いた音が聞こえた。


「もういい! あんたには頼まない!」


「比佐子! ちょっと待ちなよ!」


 二人の声と、廊下を駆けていく足音だ。

 思い切ってドアを開けてみると、部屋の前にたたずむ麻乃の姿があった。


「麻乃、なにかあったのかい?」


「穂高……悪いんだけど、ちょっとつき合ってくれる?」


「え? どこに?」


「いいから! 早くしないと、見失っちゃう!」


 麻乃は穂高の手首を掴むと、軍部の出口に向かって走った。

 なにがなにやら、サッパリわからないけれど、急いでいるということはわかる。

 とりあえず、麻乃について走った。

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