第7話 噛み合わない
それからすぐのことだった。
南浜に庸儀からの襲撃があり、撤退したあと遺体の処理をしていたところ、生き残りが発見された。
「残されていたのは庸儀の兵で、性別は男。年齢は二十代から三十代でしょうか。まだ意識は失ったままで、右足を骨折、ほかには切り傷がいくつかありました」
「医療所へは、野本の部隊から数人を見張りに立てています。なにかあれば、すぐに連絡がくるかと」
会議では、怪我の治療を終えた神田と徳丸が、そう報告をしていた。
これまでも、そう多くはないけれど、取り残された兵がいたこともあったと聞いている。
実際、鴇汰はまだ、そんな場面に遭遇したことはない。
過去の例だと、治療したあとに薬で眠らせ、大陸各国の近海からボートで流して帰すらしい。
今度もきっと、そうなるだろう。
稀に泉翔にそのまま残り、暮らしている人もいるらしいけれど、これも多くはないようだ。
なんにせよ、鴇汰には直接関わりはないんだから、普段通り、襲撃に備えていればいい。
早いところ治療を済ませて、帰ってもらえばいいだけの話だ。
そう思っていたのに――。
ある休みの週、宿舎の部屋で昼飯を一緒に食べていた穂高が、聞き捨てならないことを言った。
「え? なにそれ? マジかよ?」
「たぶん。うちのやつらが聞いてきた話だけど――」
穂高の聞いてきた話だと、上層たちが話しながら歩いていたのを、出かけようとしていた隊員が聞きかじってきたそうだ。
取り残された庸儀の兵の世話を、麻乃がすることになったという。
「なんで麻乃が――」
「あっ! おい! 鴇汰! ちょっと待てって!」
穂高が止めるのも聞かず、宿舎を飛び出して軍部に向かった。
今日、麻乃の部隊のやつらの車が止まっていたから、絶対にいるはずだ。
全力で走り、軍部にある麻乃の個室のドアを開けた。
「鴇汰? そんなに慌ててどうしたっていうのさ?」
驚いた顔の麻乃と、小坂や川上が机を囲んでいた。
息が上がって言葉を発せずにいた鴇汰に、水でも飲むかと聞いてくる。
「平気。それより……おまえ、あの野郎の世話をするってホントか?」
「世話……っていうか、変な動きをしたり、逃げたりしないように、っていう見張りでしょ?」
世話じゃあなくて見張りだと、麻乃はあっけらかんとした様子でいう。
「見張り……? けど、なんだって麻乃が、その見張りをするんだよ?」
「さぁ? 上層は特に理由は言わなかったけど……」
「それをするなら、庸儀戦に出ていた神田さんか、トクさんじゃねーのかよ?」
生き残りを見つけたときに、南浜で防衛に当たった、三番部隊の神田か、一番部隊の徳丸が担当するべきなんじゃないだろうか?
まったく関わりのなかった麻乃が、なんだって庸儀の男の見張りをしなきゃあならないのか。
鴇汰と麻乃のやり取りを、黙ってみている小坂と辺見、川上も、きっと同じような疑問を持っているんだろう。
だからなのか、なにか話し合いをしていたところを、鴇汰が邪魔しているにも関わらず、口を挟んでこない。
「それをあたしに言われても……二人とも、大きくはないといっても怪我を負っているし、巧たくみさんは三人目の出産だし……ほかにいないからじゃあないの?」
「それにしたって……見張りってんなら、上層でも神官でもよさそうなもんじゃんか!」
「だから、それをあたしに言わせる?」
麻乃は、すでに現役を退いて長い上層と、身を守る程度の腕前の神官じゃあ、やられる姿しか想像できないという。
そういわれてしまうと確かにその通りで、鴇汰は反論できずに言葉に詰まった。
チラリと川上に目を向けると、川上は小さく肩をすくめた。
「それにさ、あたしにだって持ち回りがあるんだし、ずっと見張っているわけじゃあないよ」
「だったら……まあ……けど、おまえ、本当に気をつけろよ?」
徳丸たちの報告では、庸儀の兵は二十代から三十代だと言っていた。
そのくらいの年齢なら、麻乃に興味を持たないとも限らない。
「気をつけろって……あたしがそう簡単にやられるわけがないじゃあないか」
相変わらず的外れなことを言う。
腕前に関してなら、麻乃のことは心配なんてしやしないのに。
「そうじゃあねーよ! 相手、男なんだし……」
「男が相手だからって、後れを取るようなことはないってば」
だからそういう気をつけろじゃあないっていうのに……。
鴇汰は噛み合わないやり取りに苛立ち、頭を掻きむしった。
「とにかく気をつけろ」
それだけを伝えて、麻乃の部屋をあとにした。
それにしても――。
梁瀬が麻乃を『鈍そうだから』と言っていたけれど、本当にその通りだ。
鴇汰が心配なのは、相手が麻乃に変なちょっかいを出さないかどうか、それだけだ。
もしも……麻乃におかしな真似をするようなら、ただじゃあ置かない。
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