第6話 穂高の機転

 それから鴇汰は、麻乃と少しずつ距離を縮めていった。

 最初のうちは、どうにもつかめなかった距離感が、少しずつわかるようになっている。

 さすがにまだ、手料理を食べてもらえるような機会に恵まれないし、修治や七番のヤツらに先を越されることも多い。

 それでも、話す機会は増えたと思う。


 去年は少しのことでもすぐに突っかかっていって、嫌な思いもたくさんさせたと思う。

 それなのに麻乃は、ずっと変わらない態度で鴇汰に接してくれる。


 一度、いつも絡んでいたことを謝ったことがあった。

 全然、気にしていないよ、といってほほ笑まれたときは、倒れるかと思うほど嬉しかった。


 麻乃の一挙一動に、一喜一憂している自分に気づき、死ぬほど恥ずかしく思ったりもした。

 それでも、以前よりも毎日に充実感を得ている。

 修治のことが気に入らないのは、相変わらずだけれど。


 今年の豊穣の儀は、巧が休みで去年と違った。

 蓮華になったばかりのときは、もう豊穣の儀は終わっていて、去年、初めて出たのが巧と一緒のジャセンベルだった。

 今年のシタラの占筮は、巧が休みに入るから、鴇汰は神田とジャセンベルで、穂高は徳丸とロマジェリカに、麻乃と修治はヘイト、梁瀬は一人で庸儀に決まった。


 ひょっとしたら、麻乃と組むことになるかも、と一瞬でも期待したのが間違いだった。

 勝手に期待しただけなのに、ガッカリ感が異常に湧いた。

 それでも、年長者の神田と一緒だったのは心強かったし、巧がいないから苗木の植林も数が少なくて済んだ。


 豊穣の儀が終わると、鴇汰と穂高が蓮華になって、ちょうど二年目に入った。

 ある会議のあと、持ち回りの西詰所へ移動しようと、穂高と車に乗り込もうとしたところで、麻乃に声をかけられた。


「鴇汰、穂高、これから西詰所?」


「ああ。麻乃は……北だろ?」


「うん。でもちょっと今日は、家に戻らないといけなくて。一緒に乗せていってくれない?」


「そりゃあ構わねーけど……帰りはどうすんだよ?」


「帰りは明日、うちのやつらが迎えに来てくれるから」


「ふうん……鴇汰、乗せていくのは、別に構わないよな?」


 穂高はそういいながら、後部席へ乗り込んだ。


「麻乃は前に乗って。鴇汰、早く車、出せよ」


「あ……ああ」


「ありがとう。手間をかけさせて悪いね」


 麻乃が助手席に乗り込んだのを確認して、車を出した。

 穂高はきっと、気を利かせて後部席に乗ったんだろうけれど、麻乃を隣にして、鴇汰は言葉も出ない。


「麻乃、家に戻るって、なにかあったのかい?」


「あ、うん、あたし蓮華になってしばらくは、西区の家に住んでいたんだけど……」


 移動に手間がかかるから、翌年に宿舎へ引っ越してきたそうだ。

 まだ自宅にいろいろなものが残っていて、それを取りに行くという。


「荷物を持ち帰るんじゃあ、戻るのも大変なんじゃあねーの?」


「うん、だから明日はみんながトラックで来てくれるんだよね」


 七番のやつらがくるのなら、鴇汰には出る幕がない、か……。

 手伝って送るくらいなら、鴇汰にもできたはずなのに。

 けれどきっと、鴇汰がそう申し出ても、麻乃は持ち回りをちゃんとこなせ、というだろう。


「明日となると、今夜は西区に泊まるんだ?」


「そう。自宅でも寝泊まりできるようにはしてあるからね」


「だったら、今夜の夕飯、俺たちと一緒に食べないか? 鴇汰がうまい飯、作るんだよ。な? 鴇汰」


 唐突に穂高が話を振ってきた。

 ミラーで見ると、穂高が盛んに麻乃を誘うようにジェスチャーをしている。

 とはいえ、どう誘えばいいのかわからない。


「あ……ああ、着いたら柳堀で買いものをしてくるつもり」


「そうなの? 鴇汰、料理するんだ?」


「そうなんだよ。鴇汰のやつ、ホントにうまい料理作るからさ、今夜、西詰所にきなよ」


 穂高が懸命に誘ってくれている。

 麻乃は前を向いたまま少し考えるような間を置いてから、鴇汰のほうを向いた。


「あたしが行っても大丈夫なの?」


「そりゃあもちろん。大丈夫に決まってるだろ」


「じゃあ……お言葉に甘えて、お邪魔させてもらおうかな?」


 急な展開に舞い上がる気持ちが抑えきれず、顔も耳も熱い。

 運転していなければ、飛び上がっていたかもしれない。


 穂高が機転を利かせてくれたおかげで、麻乃を誘うことができた。

 意識はもう、夕飯の献立のことだけに向いていて、なにを買いに行こうか考えている。


「それじゃあ、十八時に詰所の宿舎に来てくれよ。二階の一番奥を使っているから」


「わかった。じゃあ、またあとでね」


 麻乃を自宅前におろし、約束を交わしてから別れた。

 時間はまだ昼前で、そのまま柳堀へ向かって、先に昼飯と買いものをすることにする。


 柳堀でも、相変わらず誘いの声がかかるけれど、それはいつものようにキッパリと断った。

 食い下がられたときには「好きな人がいるから」と伝えて再度、断る。


「なかなか誘いは減らないみたいだね」


「そうなんだよな。でも、最近は少しずつ減ってきたかな」


「まさか『好きな人がいるから』なんて断っているとは思わなかったよ」


「なんとなく、本当のことをいったほうが、うまく断れる気がして」


「うん、そうだな。そのほうがいいと思う」


 二人で食堂で飯を済ませ、穂高にも荷物を持たせて食材を買い込んだ。

 麻乃が好きなものを聞いておかなかったのは、失敗だった。

 今夜、食事のときにでも聞いてみよう。

 それが次に繋がれば、また少し、近づけるような気がした。

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