第7話 嫌な噂

 翌日からは、外出は一日おきにしてもらい、看護師にリュの案内を任せて、麻乃は後ろから見守るだけにした。

 ちょうど、隊員たちの様子を知らせに来てくれた杉山すぎやまも、今日は一緒に連れてきた。


 さすがに他の人間がいると、リュも妙なことはできないようで、大人しい。

 時折、こちらに視線を送ってくるけれど、麻乃は全部、無視をした。

 小一時間ほど街なかを散策し、医療所へ戻っていく姿を確認してから、杉山と一緒に軍部へ戻った。


「隊長……あんた、一体なにをしてるんですか……?」


「なに、って、ヤツの見張りだよ。あんたも知ってるでしょ?」


「そうじゃありませんよ。なんだってヤツの外出に、誰も連れていかずに一人で付いていったんですか」


「え……? なんでそのことを知っているのさ?」


 杉山は大げさにため息を漏らすと、あちこちで麻乃が『庸儀の男と二人きりで会っている』と噂になっているという。

 花丘へ行ったときに、姐さんたちの目に留まったんだろう、やっかみも半分、入っているんじゃあないかと杉山は続けた。

 今は襲撃がなくてみんな暇だからなのか、噂はあっという間に広まったらしい。


「まぁ、今日のところは看護師も一緒だったようですけど、噂を聞いて、小坂はともかく、辺見と葛西は相当おかんむりですよ?」


「ホントに? マズイな……まあ、あたしも確かに、少しばかり迂闊だったとは思っているよ」


「明日も行くんですか?」


「いや、今は一日おきにしているから、明日は行かない」


「じゃあ、俺は戻って、今夜にでも誰かを寄こしますよ」


「やめてよ! 辺見たちが来たら、あたし絶対に怒られるじゃん! 杉山が残っててくれればいいよ」


「そうですか? じゃあ、俺はいったん、詰所に連絡を入れてきます」


 部屋を出ていこうと、ドアの前に立った杉山は「怒るといえば……」といって振り返った。

 そのとたん、ノックよりも早くドアがバーンと音を立てて開き、杉山は弾かれるように転がった。

 開けたのは鴇汰で、またもゼーゼーと息を荒げている。


「ちょっと杉山……大丈夫? 鴇汰、そんなに勢いよくドアを開けたら、危ないじゃあないか!」


「杉山、悪い……いるとは思わなくて……」


 鴇汰の手を借りて立ち上がった杉山は、よほど痛かったのか、声も出せずにため息を漏らしている。

 その背中をさすってやりながら、鴇汰は何度か謝ると、麻乃を向いた。


「麻乃! おまえ、あの庸儀の野郎とつき合っているって、ホントか!?」


「……はぁ? あんた、なにを馬鹿なことを言っているのさ?」


「そこらじゅうで、みんな言っているぞ!? どうなってんだよ!? おまえ、本気であの野郎を――」


「くだらないことを言ってるんじゃあないよ。そんなこと、あるわけが……」


 ふと、どうして鴇汰がここにいるのか、と思った。

 今週、鴇汰の部隊は、穂高の部隊と一緒に南浜に詰めているはずだ。


「鴇汰……あんたまさか、そんなことを言うためだけに、ここまで来たんじゃあないよね?」


「そんなこと!? そんなことってなんだよ! 重要なことだろーが!」


「全然重要なんかじゃあないでしょうが。あたしたちにとって、重要なのは持ち回りをきちんとこなすことでしょ?」


 麻乃の指摘に鴇汰は言葉を詰まらせた。

 これ以上、話しが長引くと、またケンカになりそうな気がする。

 今は、それだけは避けたい。これ以上の面倒は手に負えない。


「馬鹿な噂話なんて信じていないで、さっさと南に戻りなよ。穂高にも迷惑がかかるでしょうが」


「馬鹿な噂話って……だいたい、俺はなぁ――」


「いいから。ほら、もう!」


 ドアを開けて部屋の外へ押しやると、廊下を走ってくる穂高の姿がみえた。

 きっと鴇汰が飛び出したのを知って、追いかけてきたんだろう。


「穂高! 鴇汰はここだよ! 悪いけど、連れて帰ってよ」


「ちょっと待てよ! まだ話しは終わってねーじゃんか!」


 穂高になだめられながらも、もがく鴇汰を無理やり部屋から押し出して、ドアを閉めた。

 廊下に響いている鴇汰の声が遠ざかっていき、麻乃はガックリうなだれた。


 なんだか、妙なことになってきた。

 噂はどの程度、広まっているんだろう?

 鴇汰がここまで来たということは、修治の耳にも入っているだろうし、ほかのみんなにも同じことがいえる。


 まさかとは思うけれど、高田の耳にも届いているんだろうか?

 呼び出しがないから大丈夫だとは思うけれど、万が一、知れたらと考えるだけで恐ろしい。


「隊長、俺はとりあえず詰所に連絡してきますね」


「あ、うん、頼むよ。それから、今日はなにも聞けなかったし、あさっての打ち合わせもしたいから、明日の朝、九時にここに来てよ」


「わかりました」


 杉山はまだ背中や腰が痛むのか、さすりながら出ていった。

 椅子に腰をかけて机に突っ伏すと、改めて自分の迂闊さを悔いた。


 事実ではない噂だけれど、否定して回っても、関心を買うだけで噂は収まらない気がする。

 とはいえ、『付き合っている』などと思われるのは、癪に障る。

 そもそもが、好きでもなんでもない男のことだ。


 騒げばもっと面倒なことになりそうな気もした。

 噂話など、みんなすぐに飽きるだろう……。

 そう考えて、麻乃は聞かれれば否定はするけれど、自分からはあえてなにも言わないことを選んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る