第6話 内緒の話し

「うん。起きてる」


 穂高が答えるも、鴇汰は黙ったままだ。

 今のはひょっとして、寝言だったんだろうか?


「あのな……俺さ……穂高と知り合ってもうすぐ一年じゃん?」


「うん」


「俺さ、穂高とはずっと友だちでいられたらいいな、って思ってて」


「うん」


「だから嘘をついたり隠しごとをしたり、なるべくしたくない」


「……うん」


 鴇汰をみると、頭の下で手を組んで天井を見つめたまま動かない。

 なにか大切なことを話そうとしているのがわかって、穂高は体を横向きにして鴇汰が話し始めるのを待った。


「俺の叔父さん、留守のときは大陸に行っているんだ」


「……うん……ん? えっ? 大陸!?」


 薄暗い部屋の中、ほんの少しきていた眠気が吹き飛んで、思わず飛び起きた。


「たっ大陸って……ロマジェリカに行っているの!? っていうか、どうやって!?」


 大声をあげたせいで鴇汰も起きだし、唇に人差し指をあててシーっといった。


「おっきな声を出すなよ……ロマジェリカじゃないよ。ジャセンベルとヘイトだって」


 それだって大問題なんじゃないか?

 まさか、クロムさんは本当は敵国の諜報なんじゃ……。


「ビックリするよな。そうだよな、普通。でも諜報員とかじゃないんだ」


「でも……泉翔からジャセンベルやヘイトにどうやって行くのさ? 船は出ていないよね?」


「うん。叔父さん、術師なんだよ。それで……よくわからないけど術を使っていくらしいんだ」


 東区でも術師は何人かいるし、道場での稽古中、かすり傷程度なら血止めをしてもらうこともある。

 でも、術を使ってどこかに行くなんて、聞いたことがない。


「大陸に……なにをしに行くの?」


「なんかな、古い友だちに会いにいくって言うんだ。その相手も術師らしいんだけど……」


「友だちに?」


「そう。その人ももちろん、諜報員じゃないよ。なにか話を聞きにいっているみたいで……」


 鴇汰の話では、クロムはそうやって大陸でなにか術の勉強をしているらしい。

 毎回、大陸から戻ると、なぜか神殿にいくという。


「神殿にいくってことは、巫女さまたちはクロムさんが大陸にいってるのを知ってるってこと?」


「そうだと思う。シタラさま……だっけ? その人のところに行くって、ときどき迎えの人がうちにも来る」


 大陸の諜報じゃあなくて、泉翔の諜報をしていて、大陸から情報を取ってきているんだろうか?

 いくら考えても、穂高にはなにもわからない。

 ただ、クロムが大陸にいっているという事実があるだけだ。


 どうして鴇汰は、こんな大切なことを自分に話したんだろう?

 そう思って、最初に鴇汰がずっと友だちでいられたら、とか、嘘や隠しごとをしたくないといったのを思い出す。

 それだけのために、話してくれたのか。


 道場に行かないのも、やりたい仕事があるからだけじゃなくて、クロムが頻繁に大陸に行っているのが知られたとき、場合によっては泉翔にいられなくなるかもしれないから、そういった。


「この話しさ……ほかの人には……家の人にも、言わないでほしいんだけど……」


「言うわけないだろ! だってこの話し、別に鴇汰のせいでもなんでもないじゃないか!」


 ベラベラ喋ると思われているんだとしたら心外だ。

 だいいち、そう思うなら、なんで穂高に聞かせたんだ。

 穂高が怒ったことで、鴇汰も起きあがり、ごめんといった。


「だから、道場に行く行かないも別の話しだと思う。しつこいと思うかもしれないけど、俺は鴇汰に来てほしい」


「穂高、ホントにしつこい」


 鴇汰は笑いながら、また布団にもぐり込んだ。

 穂高も横になる。


「急に変な話ししてホントにごめんな」


「ううん」


「明日、早いんだし、もう寝よう。おやすみ」


「おやすみ」


 寝入りばなに聞かされるには十分に衝撃的な話しだったけれど、難しい話だったからか、考えているうちに自然に眠ってしまった。

 いい匂いがして、目が覚める。

 いつの間にか朝だ。


 鴇汰の布団はもうあげられていて、穂高もシーツを外して布団をあげると、客間をでて台所へいった。

 鴇汰はもう着替えも済ませて朝ご飯の仕度をしていた。


「おはよう。ちゃんと眠れた?」


「おはよ……すごく眠れたみたい。スッキリしてる」


「だろうな。俺が起きてもピクリとも動かなかったもん」


 テーブルには母が持たせてくれたおかずの残りが並べられている。

 鴇汰はみそ汁を並べながら「シーツは洗濯機のところに置いといて」といった。

 言われるままに、シーツを置いて戻ってくると、もうご飯も並べられていた。

 二人で食べながら、鴇汰はしきりに母の料理を褒める。


「今度、おばさんに味付けどうしてるのか聞きにいってもいい?」


「いいと思うけど……仕事、いつ休みか聞いておく」


 食べたあとの食器を二人で片づけ、穂高は道場へ向かう準備をした。

 鴇汰はこれから、また家の掃除や洗濯をするという。


「夜には叔父さん戻ってくるから、散らかしておけないしな」


 鴇汰はそう言って笑うけれど、きっと家事自体が好きなんだろう。

 それにどうやら奇麗好きのようだ。


 夕べ聞いた話だけじゃあなく、もっとたくさんの話をしたいと思った。

 それにはもっと、一緒に過ごす時間がほしい。

 そう思いながら、穂高は鴇汰と別れて道場へ向かった。

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