第5話 外泊

 家に戻った穂高は、まず母にクロムが出かけていて、今夜は鴇汰が一人になることを伝え、泊まりに行きたいと訴えた。

 母もその辺りの事情は聞いているからか、母から父に話をしてくれた。


「本当は鴇汰くんには、うちにきて泊まってもらったほうがいいんだろうが……」


 良く知らない家に招かれて、戸惑うことになってもかわいそうだからと、泊まりに行っていいといってもらえた。

 ただ、夜更かしをしないことと、戸締りと火の元はしっかり確認すること、など、いくつかの約束を必ず守るように言われた。


 家を出るときには、母に夕飯のおかずを大量に持たされた。

 保存できるものだから、というけれど……。


「それじゃあ、行ってきます!」


 姉たちが「穂高だけ友だちの家に泊りに行くなんてずるい!」と、両親に文句を言っているのが聞こえた。

 もたもたしていると、変なとばっちりを受けそうで、全力で走って鴇汰の家の呼び鈴を押した。


「あれ……ホントに来たんだ?」


「うん、父さんも母さんも、いいって言ってくれたから」


 母に持たされたおかずを渡すと、鴇汰は嬉しそうな顔で受け取ってくれて、穂高まで嬉しくなった。


「戸締りと、火の元だけは忘れずにするようにって。あと、夜更かしするなって言われた」


「大丈夫。そういうの、叔父さんにもちゃんと言われてるから。穂高、明日も道場だろ? 夜は早めに寝るけど、寝坊しないようにしないといけないな」


「もう習慣になってるから寝坊なんてしないけどね」


 鴇汰がご飯を炊いているあいだに、穂高は家から持ってきたおかずを出して並べた。

 家事に慣れているのか、鴇汰は洗濯ものを畳んでしまったり、お風呂を沸かしたりと手際よく動いている。


「なんかすごいね」


「なにが?」


「俺も家で手伝いとかするけど……そんなにいろいろやれないもん」


 鴇汰は照れくさいのか、前髪をかきあげて頭を掻いた。


「うちさ……ホントに叔父さんが家にいないことが多いから……」


「そっか……」


 ほんの少し寂しそうにもみえる。

 そんなに留守が多いなら、一人でいるより道場に通ったほうが、絶対に寂しくないと思う。


「ねえ、やっぱりさ、うちの道場に一緒に通わないかい?」


「え?」


「道場。同じ歳の仲間だってたくさんできるし、自分が強くなっていくのって面白いよ?」


 鴇汰は炊けたご飯をよそってテーブルに並べると、穂高の誘いには答えずに「食べよう」といった。

 答えないのは、やっぱり道場に通う気はないからだろうか?


「……おいしい。穂高が持ってきたこれ、全部おいしいなぁ」


 穂高が持ってきたおかずを食べながら、鴇汰はときどきなにか考えるように首をひねっている。

 いつも食べているから、穂高にとっては慣れた味だけど、鴇汰は違うんだろうか?


「俺さ、料理を作る仕事につきたいんだよ。料理作るのに、鍛えるのって必要?」


「そうなの? う~ん……料理を作るのには必要ないだろうけど……でも泉翔じゃ……」


「じゃあ、道場、行かなくてもよくない?」


 食べながら鴇汰はそういう。

 確かにそうなんだけれど、泉翔ではいざというときに自分の身を守ることができるようにと、鍛えている。

 穂高はなるべく丁寧に、その説明をした。


「けどさ、そのいざってときのために、蓮華とか戦士とかがいるって聞いてるけど?」


「そうだけど、万が一の場合もあるでしょ?」


「そりゃあそうだろうけど、今まではなにもなかったんだろ?」


 確かにこれまで、島の内部まで敵兵が入ったことはない。


「そしたら別に、鍛える必要もないって俺は思うけど」


 うぐぐ……と答えにつまる。

 鴇汰のいっていることも間違っていないと思うんだけど……。

 単純に、穂高は鴇汰と一緒に道場に通いたい。

 技の稽古をしたり、演習に出たときに一緒に同じ敵を倒したり、たくさんの話をしながら毎日を過ごしたい。


 ただ、鴇汰はなりたいものが決まっているからか、道場に通おうと思う気持ちがまるでない。

 あまり無理に誘って嫌われたら元も子もないか。

 また日を改めてこの話をしてみることにした。


「そういえばさ、クロムさんって、こんなふうに家にいないことが多いの?」


「ん……短いときは三日くらいで、長いときは一週間とか十日とか」


「そんなに? 中央や南区で仕事があるとか?」


「……そんなところかな」


 鴇汰は穂高に目も向けずに、最後のおかずに手を伸ばして頬張ると、「ごちそうさま」といってすぐに食器を片づけ始めた。

 穂高も急いでご飯を平らげ、食器の片づけを手伝う。

 鴇汰が手早く洗った食器を、穂高が拭きあげて棚にしまった。


 無言の時間が続くのは、道場へ誘いすぎたのが原因なのか、それともクロムがいない寂しさを感じているからなのか。

 どっちにしても、なんとなく声をかけ辛くて穂高も黙ったままでいた。

 時計はそろそろ二十時になるところだ。


「そろそろ寝ないとだよな」


「そうだね」


 鴇汰は客間に案内してくれた。

 押し入れから出した布団を敷くと、穂高にシーツを手渡して「これつけておいて」という。

 ひょっとして、穂高はこの客間で一人で寝かされて、鴇汰は自分の部屋で寝るんだろうか?


 それじゃあ、泊まりに来た意味がない。

 手にしたシーツを布団にかぶせていると、鴇汰が布団を抱えて戻ってきた。

 ここで眠るつもりだとわかってホッとする。


 鴇汰は真っ暗だと眠れないからといって、小さな灯りを一つだけ残した。

 並べた布団で横になり、互いに「おやすみ」といって目を閉じた。

 他所の家だからなかなか寝付けない。


「穂高、まだ起きてる?」


 鴇汰が不意に問いかけてきた。

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