夏、君を待つ

なべねこ

第1話

「来栖、今年の夏はどこに行くんだ?」

「去年と同じだよ。ボクを待ってくれてる人がいるからね」

 尋ねてきた者はポカンと頭の上にはてなを浮かべていた。そりゃ、わかんないよね。だってこれは。

「だってこれは、ボクらの約束だから」


 今日から一週間、ボクはここで夏を過ごす。暑すぎて死にそうなので、まずは公園で水をもらおう。

「ぷはー。うまーい!」

 この国の水はおいしいんだなぁ。ベンチに座って休憩したい。ベンチがあるほうに目を向けると、高校生だろうか、真夏なのに涼しげな顔で本を読んでいる青年がいる。結構かっこいいじゃん。

「ねー、そこの君、何してるの?」

 青年は顔を上げた。

「見ての通り、本、読んでるんすけど。ってか、誰すか」

「えっと、ボクは来栖。今日から一週間だけ、ここらへんで暮らすんだぁ。で、何の本読んでるの? 君の名前は? 趣味は?」

「あの、顔近いんすけど」

 はっ。やってしまった。同僚にもよく、過剰なスキンシップは嫌われるぞって言われてるんだよね。気をつけよ……。

「ごめんごめん、ついうっかり……」

「はぁ」

「で、ボクの質問にも答えてくれる?」

 このままだと忘れられちゃいそう。

「えーっと、俺は玲央です。この本は、なんか外国語のタイトルなんで、ちょっと読めないんすけどおもしろいですよ……あとなんでしたっけ」

 ちょっと待って。読んでる本のタイトルくらい調べろよっ。そう言いたいけど、今は黙っとこ。

「趣味だね」

「ああ、趣味は……特にはない、です」

 なんと突っ込みどころ満載の自己紹介。

「高校生なの?」

「まあ、いちおーは。学校には行ってないので」

「え、そうなの? なんで?」

 ふっと玲央は息を吐いた。

「つまんないからですよ。勉強はある程度できるし、テストだけちゃんと受ければいいので」

 頭いいのかな。うらやましい。ん、ちょい待ち。

「勉強ある程度できるのに、本のタイトルは読めないの?」

「ああ、これ英語の本じゃないんすよ」

 といいますと……?

「ドイツ語かなんかのタイトルなんで」

 あ、なるほど。ボクとは住む世界が違うなぁ。本なんてボク読めない、眠くなっちゃうから。

「なるほどね。玲央さ、君かっこいいから彼女の一人や二人くらいはいるんじゃないの?」

「まぁ、モテなくはないですね。でも、知らない人が声かけてくるとかいうの、怖いじゃないですか。俺は向こうのこと何にも知らないし。だから彼女なんていませんし、作ったこともないですよ」

 なんか闇が垣間見えた気がする。たしかに、知らない人が話しかけてくるのは怖い。ボクでもさすがに知らない人には声かけたことなんてないし。

「ずっと気になってたんすけど、何者ですか?」

 玲央はボクの目を見ながら言った。

「ボク? あ、この髪の毛か。確かに人間っぽくはないよね、青いし」

「あと、目の色……」

 すごい。目までこんなに短い時間で気付く人は初めてだ。

 そう、ボクの目は金色で、髪の毛は薄めの青。

「えへへっ。こんなに気付いてくれる人は初めてでうれしいな」

これは生まれつきだし、ボクは違和感とかないけど、黒髪黒目の人から見たらびっくりするよね。

「結局人間なんですか?」

「どう思う? 玲央、当ててみてよ」

「え……人間、じゃ、ないと思います」

「ご明察」

 なんか当たっちゃってつまんない。でも当たったから、僕もしっかり自己紹介しないとね。

「ボクの名前は、さっきも言ったけど来栖。でもって人間じゃない。ボクは遠い遠い雪国から来た、この国でいう精霊みたいなやつだよ。この国に避暑する人がいるように、ボクも寒さから逃げてきたってわけ」

「なるほど。避寒みたいな感じですか」

 ボクは頷いた。

「それにしては一週間っていうのは短くないですか?」

「体感が違うんだよね。ここでいう一週間は、ボクの国でいう一か月だから」

「不思議、ですね」

 この短時間でボクのことは気づくのに、玲央はすごく反応が薄い。

「それでね玲央、いつもはボク、仕事ですっごーく疲れてるんだけど、せっかく来たからには遊びたいんだよね。なんかおすすめの場所に連れてってよ」

 玲央が口をぽかんと開けてこっちを見てるのは、すごくおもしろかった。

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