鬼ごっこ

はるむら さき

はじまり、はじまり。

それはいつのことなのか。

神代の昔か、遠く彼方の知らぬ世か。

桃から生まれた少年と。

泣き腫らした目も、真っ赤に染まった赤鬼が、偶然そこらで出会ってしまった。

これは彼らの物語。



桃から生まれた桃太郎。

語り継がれる話はいつも、勧善懲悪、英雄譚。

皆さま御存知と承知の上で、改めましてと語りますれば。

桃太郎さん、桃太郎さん。犬、雉、猿のお供を引き連れ、船こぎ攻めいる鬼ヶ島。

えいやと刀を振り下ろし、鬼の大将、打ち倒す。よう、あなたこそ、それでこそ、天下無敵の桃太郎。

鬼の奪った財宝持って、生まれ育ったわが村へ、大手を振って、わが英雄。

帰ってきました、おじいさんにおばあさん。やれ嬉しいな。みんな笑顔で幸せに、暮らしましたよ、めでたし、めでたし。



なんて、ここまでのこれは光のあたる表側。ここから先の事実はもっと悲劇的。


いくら桃から生まれ出て、人ならざる早さですくすく育ち、村の誰より強い力を持つとはいえども、桃太郎。

所詮は人の子。まだ、子ども。

さえずる小鳥の一羽さえ、殺したこともないままに、鬼ヶ島へと乗り込んで、ただ、めでたしで、話がすんなり、済むはずは無し。

闘う相手は、身の丈、力、知力に武力。すべてにおいて、桃太郎より、倍、その倍の強さを持った、魔性の鬼ども。

犬、雉、猿の三匹が、たとえただその辺の畜生ではなく、慈悲深き神の御使いだとて、同じこと。

勇み攻めいる鬼ヶ島にて、多勢に無勢で、負け戦。

それでも、お供の三匹が、命を賭してやっとこさ、鬼の頭の首を取る。

これで、勝ったと思いきや、主の首を晒せども、手下の鬼の勢い止まらず。

「よくも主を」と、いっそう猛り、桃太郎へと襲いかかる。

目の前で、振り上げられた金棒を避ける気力も、もはやなく。これまでかと諦めて、目をつぶったその瞬間。

先に息絶えた、犬、雉、猿の魂と、彼らをこの地に使わした、慈悲深き神の助けによって、桃太郎。

なんとか配下の鬼どもも、すべて残らず打ち倒す。

命からがら生き残り、満身創痍で船を漕ぎ、村へとやっとたどり着く。

手に財宝は持たずとも、村の脅威を退けて、さぞ喜ばれると思いきや、その姿を見た村人は、あっと驚き武器を手に取り、わが英雄を追いたてた。

殺気立った人びとのその中心で、泣きながら、まるで地獄の閻魔のごとく、その目を口を吊り上げて、泣き叫ぶのは誰であろう、育ての親のおじいさんにおばあさん。

「出ていけ、鬼め! たったひとり勇敢に、お前たちへと闘い挑んだ、私たちの息子をかえせ、かえせよ!」

着物も刀もぼろぼろで、背中に背負った日本一の御旗さえ、もう無いとはいえ、育ての親のお二人が、まさか自分を見間違うはずもあるまいに。

なんとか気力をふりしぼり、二人にむかって「わたくしです。桃太郎はここにいます」と声をあげるも、言葉にならず。

闘い疲れたその声は、悲惨なまでに枯れ果てて、まるで、獣の唸り声。

悲しいかな、彼の必死の弁明が、村人たちを戦かせ、さらに恐怖を掻き立てる。

「この鬼め!村から出ていけ、桃太郎をかえせ、かえせよ!」

わけが分からず、桃太郎。満身創痍のその身をひきずり、泣きながら、守った村から逃げ出した。

やっとのことで、逃げ隠れ。

たどり着いた山奥の泉に映るその顔に、はっと驚き、青ざめる。どうしたことだ、いったいこれは…。

水に映るその顔は、およそ人には似つかない。

その口に、ぎらりと尖った、犬のような鋭い牙。その瞳に、雉のようにギョロギョロ動く黄色い目玉。その顔は、猿のように毛に覆われて赤い色。

まさに先頃、命を賭して闘った、鬼たちとなんと不思議に瓜二つ。


種を明かせば、あの慈悲深き神様が、村の敵の鬼どもを討ち滅ぼすため、犬、雉、猿の魂を力として、桃太郎に授けたのだった。

その代わりとして、わが英雄。誰よりも、強き鬼へと成り果てた。

見れば、あれだけ流した血も傷も、みるみるうちに消えてゆく。

けれども、神の力でさえ、癒えない傷が心にひとつ。

桃から生まれた桃太郎。皆と違うと言われつつ、村で人に育てられた。

人と違うというのなら、この力には意味がある。己にそう言い聞かせ、独り鬼へと立ち向かい、なんとか見事、勝利して、命からがら帰ってくれば、その姿はもう、人でなく。

言葉さえも失って、発する音は獣の唸り。

この世にたった二人だけ。自分を想って育ててくれた、おじいさんにおばあさん。彼、彼女にさえ嫌われて。あなた方の桃太郎とは、けっして、気づいてもらえまい。


己の抱える悲しみに、耐えることなど出来はせず。

桃から生まれた桃太郎。

いくら鬼を倒そうと、いくら鬼になろうとも、所詮は人の子、まだ、子ども。

流す涙を止められはしない。

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