第15話 「仕方ない」で割り切る事
「……正直言って、貴様の死に体でどこまでやれるかは知らないが…何故私の前に立つ?死期が早まるだけだ。」
「へっ…こうでもしなきゃ、君は来道さんのほうに横槍するか、カースティスの援軍として行くかのどっちかでしょ?」
「ならなおさら理解できん。死に体の貴様が命を賭けて私のカースティスへの帰路を妨害し、3名のための時間稼ぎ……それは私抜きではカースティスに勝て、その時間を用意する為に3名掛りでも無事に勝てるか判らない私相手に貴様一人で善戦する………か。」
「愚かだ!!」
土埃の一つも立てず幻崎が地面を蹴り、重奏の懐に潜り込みアッパーを放つ。
「鎮魂」は強化系のカテゴリには無く、どれだけ幻崎が手練れであっても殺人拳といえるほどの威力は無い。
だが、
「グッッ!!」
「……もう終わりか?重奏さん。」
右のフックが頬を打ち、痛みをこらえてつかみに持ち込む重奏を
後ろに仰け反った重奏の脇腹を蹴り、更にダメージを蓄積させてゆく。
「はぁ…はぁ…何よ…そんな力あんならカースティスの掃討メンバーに入れたじゃな………ガフッ!!」
「生憎大技使う分の魔力の余裕は無いのでね。同格、格上とも同じ地平で戦えるために近接にはかまけないのさ。」
地面を数メートルゴロゴロと転がり、地面の影を鮮血で赤く染める重奏。
半ば呆れた表情をするものの、カースティスをこれ以上好き勝手させない為に焦る幻崎。
「重ねて…《治れ》!」
(重奏の詠唱は簡単に終わる分、能力を行使する前にそのあらかたを言わなければならないという訳か。……なら今回は。)
脇腹は二の次で、鳩尾を貫かんと再度駆ける幻崎。
だが、
「グッッ!?」
「へへっ!引っかかったね!」
ガードを一切できないまま、幻崎はもろに爆発を受け、魔導課の壁にヒビを入れて力なく地面にへたりこみ、口からは少々吐血し、口を拭う。
…確かに《治れ》と言った。それに、重奏の脇腹の穴は塞がりつつある。
爆発の威力も、先の詠唱時と全く同じだった。
「詠唱詐欺か…?猫女め……」
「何よ?呼ぶならネコ娘でしょ? それに、詠唱詐欺なんてちゃちなものじゃないわ!と。」
確かに詠唱と見せかけた独り言を言い、騙し討ちを行う魔導士もいるのだが、基本的に強者同士の戦いでは意味は少ない。
なぜなら、詠唱した高火力技を正面からぶつけたほうが効果が大きいからだ。
騙し討ちで毒が出るわけではない。エレメント+象形魔法の鎖で縛ろうにも、詠唱もない鎖など同格同士では偽詠唱のリスクとコンマ単位の束縛時間でトントン。
「
「グゥゥゥゥっっ!!?」
重奏の治癒が止まったかと思いきや、また爆発が的確に幻崎の元で爆裂する。
だが、「何度も同じ手は私でなくても通じんぞ!」と言いながら爆風をうまく殺し、壁を蹴りまたもや近接戦へと持ち込もうとする。
しかし……
「言ったでしょ?はい!復唱して!」
「な………まさか―――!」
咄嗟に防御するも間に合わず、左腕付近で爆発が起きてまた吹き飛ぶ幻崎。
その辺の棚に頭からぶつかり、しとしとと流血する。
「クッ……貴様らが勝手に因縁つけてきて、それでここまで強いとはな……正直、魔力の温存ももう我慢ならん。」
「はぁ…はぁ…悪く思わないでね。あなた達流石に悪事を働きすぎてんの。『模倣』と『変装』の魔導士を用意してくれたら、疑いはなくなるのになぁ。」
「…愚かだな。失敗を重ねて『創神計画』を行う第4課も、人間を兵器として扱う第7課も、意味のない正義を行う………いや、魔導課全てか。」
「人を数多神獣に変えて
「なら問おう。佐久務芽生に身の丈にあった絶望を享受させなかったのは誰だ?
言うまでもなく貴様らだろう? だから要らない筈の力をつける必要がある。わざわざ神獣を大量に生産する必要性も無かったのにな。」
「勝手にこの世に産んどいて死ねは無いでしょ!」
「埒が明かないな……私が『千里眼』の予知で
「……まさか―――木更道が―――」
「だから、貴様らにかける時間など無い。さっさとそこから消えてもらおう。」
幻崎はコートの胸ポケットに手を入れ、真四角の魔法紋章が2画付いたキューブを取り出す。
―――その紋章は、霧嶺散華の物と酷似していて、輪郭がぼやけていた…
「自身の魔力の次に温存しておきたかったが………お終いだ。」
「魔法紋章:一画。《
瞬間、魔法紋章の一つが赫く眩い光を放ち、魔法紋章をゲートとして黒い粒が霧と、靄と化し、部屋全体を黒く浸食する。
「………な…これは!」
「貴様だけではない。膨大な量の靄は、外に居る建仁も新島朱音も侵食するだろう。多少粗削りだが…まぁ、制御用の脳がなければこうなるか。」
「ッ……!『重ねて』《落ちろ!》」
「この期に及んでまだ時間稼ぎか?…抵抗する意味も無い。では、さらばだ。地獄で佐久務以外と仲良く過ごして、私が創る平和を見守るがよい。」
靄を地面に押し付け、概念浸食:《虚空幻界》に触れさせることで消すと同時、幻崎を爆発が襲うが、事前に纏っておいた無制限の霧散による自滅を防止用の影で防がれる。
『復って………ゴプッ…!』
もう一回魔法を使うためにジャンプしたのが運の尽き、靄を内部に入れてしまった重奏は、肺をズタボロに貫かれ、痛みで影の上に力なくへばり込む。
明かりが全て消える。
否、黒い靄が光の一切を通さないほど部屋を埋め尽くす。
詰めに詰められ行き場を求める靄は、多くが来道が壊したオートドアから外へ行き、その他は壁や天井を破壊し、外へと出て行った。
「立壁ッ!なぜ第7課と手を組み第2課を消しに来る!こんな時に我らが争ってどうする!」
「え?武器がガキンガキンうるさくて聞こえないぞ………………すまん。ま、ホントは幻崎に用があるんだ。お前らに消しに来たのも半分そうだが…」
「幻崎!?!?」
「そうさ。第2課見てみな………………ああもう。騙し討ちなんかしないからさ。」
「何………は?」
来道が第2課から上る霧をみて、驚愕の表情をする。
「ええ……幻崎め、霧嶺キュンの魔法紋章使ったの?確か中には重奏ちゃんやらいたし…あっちゃぁ…全滅エンド?」
「ああん!?ああん!?幻崎ィィィ!」
『『『『ちょっと!兄貴!ここではそれ押さえて下さい…』』』』
立壁を始めとする襲撃メンツのほとんども、色々な驚愕を見せる。
来道との勝負より魔導第2課へ向かうことを優先する克堂をみて、木更道は落胆し、ため息をつく。
「ハァ……こんな子らの上に立つの、時々ホント嫌になるわ…」
「…!建仁君、何なの、あの黒い靄…」
「は?霧嶺の奴だろ…あれ。マジわかんねー。」
新島朱音の肩に担がれてよろよろと歩を進める建仁は、そう言うと
「………取り敢えず、霧嶺擬きと幻崎の2人を重奏さん一人で相手にしてるってことだろ?あれ。……しゃあない。人数差を埋めてやるか。」
「え……どういう事?」
急に新島から手を下ろし、よろよろと元来た道を戻る。
「確かに幻崎相手はきついがよぉ、俺と同じで佐久務に完敗した霧嶺相手なら何とかなるだろ?多分今は魔法使用不可エリアみたいなもんも無ぇしな。」
「バカ!幻崎相手にして分かったでしょ!仮に霧嶺倒してもどうすんの!本当に死んじゃうよ!!」
「おいおい。知らないのか?どんな時でも日和って逃げる選択肢が最悪なんだぜ?………将来も含めてな。」
「なんで……
「バッ……バカ!そんな悲しい顔すんな!第一、そんな大層なことできねぇってのは佐久務の『道を照らし行く光威』で胸焼かれてヒンヒン泣いてた俺見たらわかるだろ!?………それに、こういう覚悟した時はなんか都合よく『弱体化』や『覚醒』が起こるって相場が決まってるんだよ。」
「じゃあな」と言い残し、言葉が詰まって言い切れない新島を置いてけぼりにして、建仁は先程まで来た道を急いで引き返す。
◇
「こっちです皆さん!僕の空けたこの穴から外へ逃げてください!」
佐久務が大きく手を振り、実験待機室内ですし詰め状態で大勢いる被験未遂者を安全な外へと誘い出す。
カースティスは既に半壊。斎炎も佐久務も鹿納も、誰一人として作戦に支障が出る程の怪我すら未だ負っていない。
………ただ、部屋を全て探したのにも関わらず幻崎が何処にも居ない事が、彼らを焦らせていた。
「あ…ありがとね。」と、老婆が孫らしき子供を横に連れ、空いた穴から最初に外に出た瞬間。
[脱走者検出、脱走者検出。後続制圧用神獣を投入。 脱走者検出、脱走者検出。後続制圧用神獣を投入。]
「なっ…!?」
鳴り響く警音。 天井付近の4辺の壁から狭い通路が開き、その穴から光を求めるように通常より小柄な神獣が5匹、実験待機室へと投入される。
「キャァァァァっ!??」
「どけどけ!どけ!どけよォ!!」
『『『ウァァァァ!!!』』』
神獣が互いに押し合う人ごみにするりと入り、
「………落ち着いて下さい!僕が一匹ずつ何とかします!」
この人込みだ。佐久務は大技は愚か、ナイフに『侵入』を掛けて一匹ずく確実に処理してゆく事しか出来ない。
一匹。また一匹。
人に噛みついている神獣を押さえつけ、脳天に直接ナイフを刺して地道に処理を続ける。
「痛い…………痛いよぉ……」
最初の二匹を探すのは骨が折れそうになる程だったが、残り三匹は迅速に見つけ出し、駆除することができた。
―――もう紛れ込む人も残っていなかったから。
牙に毒が塗り込まれていた神獣は、獲物を死に追い込むのでは無く、一噛みするだけで獲物を逃すようにプログラムされていた。
「……………………きっとあの二人は大丈夫…大丈夫…大丈夫…」
命を扱う魔導課なら、こんなことくらい「仕方ない」って割り切らないとやっていけない。
だが、僕はそう思わなけれなやっていけない。
(俺を恨むなら好きにしろ………空に飛び去って行ったってさ)
ダメだ。
無理だ。
なんで…なんでカースティスはこんなことを平然と出来るの?
胸が苦しくならないの?
まったく分かんない。
「………電話か」
ああ。多分香崎だ。テレポートのマーキング発動を要請しに来たんだ。
佐久務は泣きそうになる声を無理やり明るく振り切って、8コールした後、深呼吸して電話に出る。
「………佐久務君。お願い。頼むよ」
「ああ……ちょっと待って、うん」
こんな場所で香崎を呼ぶわけにはいかない。
こんな弱った自分を見せて心配させる訳にはいかない。
香崎を連れてくるエゴを果たすなら、せめて僕が全力であいつを守らなきゃならない。
佐久務は電話しながら、自身の調子を整えつつ香崎を出すに都合の良い場所を探す。
敵陣でそんな流暢な事をしている暇など本来無いのだが、最早カースティスも風前の灯火。戦闘員はもうあらかた逃げ出してしまった。
「どう?そっちの感じは。」
「カースティスは今半壊。だけど、まだ幻崎は見つかっていないんだ。」
「………ごめん。できるだけ早くね。」
「だいじょうぶ。任せとけ」
「………うん!」
明るく振舞おうとするたび、涙があふれてきそうにある。
本当に申し訳ない。僕の都合でカースティス殲滅に間に合わないなんてなりそうだ。
「ダメだ………佐久務君…!…カハッ!ゴボッ!!」
「ハァ……運の良い奴め。ギリギリで棚に上って概念浸食から回避し、呼吸器、眼球、耳にフィルターを作るとはな。お前らは本当に苛立たせてくれる。」
電話の外。
幻崎が血を泉のように吐く重奏の腹を踏みにじる。
防御したとはいえ霧嶺の紋章を消費した一撃が確実に重奏の命を削っていた。
「これ以上は………………子供たちにさせないよ」
「子供だと?あれが子供とでも? 笑止。叡智の兵器だろ?」
「あっがぁぁぁっ……あああっ!!……ハァ…ハァ…………がふっ。」
苛立ちを発散するように、重奏にさらに体重をかけて潰しにかかる幻崎。
最早重奏にはそれをのける力は無い。
「なんで……皆の幸せを奪うの?」
朦朧とする意識で。
香崎への思い入れか、果ては幻崎がここまで至った理由か。
満身創痍の体で、溢れ出る血がスーツの紺色もワイシャツの白も等しく血で染めた自身を見て自身の最期を悟った重奏は、知らぬ間に問いかけていた。
「簡単だ。佐久務さえ手に入れば後は平和と幸せしか存在しない世界を『創世』できるからだ。その為に今まで何もかも捨てて魂の研究を重ねた。」
「…………じゃ…………親……は」
「………最初に使ったさ。選り好のんで被検体を選ぶ訳ではないからな。」
「………………でもな。こんな事でしか俺は堕落しきったこの世界を立て直せない。………それに俺を信じて希望を持っている者もいるんだよ。…ホントは今の佐久務を捕える必要はないが、………俺は……俺は」
幻崎は目をそばめながら言葉を吐く。
そう。
佐久務を救うための犠牲が、カースティスと幻崎、そしてそれに使われる被験者、それに極論だが、今も他国との小競り合いで死んでゆく魔導士たち。
佐久務を救ったのは、目先の利益を求めたら痛い罰を食らう、その体現なのだ。
誰かを救うなんて都合の良い話など転がってくる訳が無い。
そんな理想を空中に描いた様な物は何処まで決意しても確固たる目的とは言えない。
………だから、弱いのだ。
目先の者を守ったり救えるだけ救う佐久務や重奏は、精神をすり減らしてでも『悪人』を殺す決意を固めた斎炎や幻崎にこの通り。
一本筋すら通らない人間が、血涙を流して筋を通す人間に勝てる訳が無い。
「もう…お終いだ。………………楽しかった」
「……そう………なら、……絶対に、この世界を変えてね」
最早自分が勝てる道理など初めから何処にも無かった事を悟った重奏は、最後に香崎を信じて、己を断つ凶刃を受け入れるかの様に力を抜く。
「………《
影の長剣が命を絶つべく振り下ろされるその瞬間、
「………逃げ……」
「力の差を教えたはずだが?」
幻崎がまた冷徹な声に戻し、話しかける先は、
「おい!!香崎!!お前まで辛気臭い理想ばっか語りやがって!………またそんなの考えずにお前が生きれる様にする為に、俺がお前をぶちのめす!!」
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