第9話 不穏な影と不憫な酒


~霧嶺散華との決戦から一週間後~



「よ! どうだい、魔道具のほど…いや、覇権を握るほどは。」

「まさかね…本当に魔導管理庁が壊滅するなど、思ってもいなかったことだわ。」

「だが、ここまで来たならば…あとは魔導研究庁と第4課を潰してしまえば私たちが創神計画の舵をとれる。理想の世界まであと少しだ。」


洋式の回転椅子に腰掛け、美しく長い赤髪をたなびかせて立壁就夜に話すのは、魔具研究、管理庁のトップ、木更道 充希 きさらどう みつき

その目は威厳に溢れ、気さくに話す立壁とは完全に対照。

四つの目を模った4画の魔紋持ちにして、概念魔法:千里眼の持ち主。

視力の大幅強化のみならず、噓暴きや未来視の能力まで併せ持つ。


「さて、第4課の研究員役50名…全員「神獣」にしてきたよね?」

「ああ、もちろんさ。1匹も逃さず死んだのも見たさ。」


先の霧嶺戦での大量の神獣は、霧嶺自身が用意したものではなく、魔具研究、管理庁と立壁のマッチポンプが真相だったのだ。


「………噓は無いね。じゃあ、契約成立。が欲しいのでしょ。」

木更道は机の引き出しから、直方体の箱を取り出す。そのケースの内部には素材不明のメビウスの輪が見え、ソケットも備えられていた。

「さすが話の早い!あんたとは良いパートナーになれそうだ!」

「フフフ、噓だね。魔法を使うまでもない。第4課の裏切り者さん。」

「釣れねえねぇちゃんだねぇ!…まあいい。そう言えば…」


「ほう…それはそれは、急いで回収する必要も…また有りか。」


そう言い残し、立壁は猛スピードでどこかへと駆けていった。



「ふう。霧嶺のことは疑問視していたが…まだ真実へは勘づいてすらいないようだな。やれやれ…社畜は大変だなー。 …あーホント、今からでも霧嶺キュン生き返ればいいのになぁ…」



  ◇



「あああああ!!やっと終わった!魔導課って国家資格いるのかよぉ!!しかも携帯電話の契約もめんどくさい!何だよ!魔導課の人は回線を一か月ごとに変えろって!」


最近になってようやく人権などを手にした我らが主人公、佐久務芽生。

書類地獄の連鎖で目も充血して肌はぱっきぱきで地面でうねうね中。


「うぎー!!霧嶺の野郎!死んでもめんどくさいことしやがって!おかげで市民への対応やら要らん書類やらでもう大変!」

「はぁ…お前のスピードが遅いからだ。もう少し流し流しで電話対応しな。」

鹿納土性も斎炎焼佳も、最近の動乱でしっかり疲弊中。


「やっと終わったかぁ佐久務ぅ!いざ勝負勝負ぅ!!!」

「はぁ…今からあの事件の犯人会議しないといけないのだぞ?」

この一週間で足運びと寸勁をきっちり来道さんに鍛えられ、やる気が満ち溢れる建仁晃。また子供組最強の座を取り戻すべく、恥知らずにもうねうね中の佐久務を踏み抜きにかかる―――!



「んぁ?衝撃インパルス、カンガルー」

「インパルー」


「うっぎゃァァァ!!!」

「うへぇ…片付けお願いね。」

蹴り一発であっけなく事務室の壁に叩きつけられ、貼り付けてあった数多の紙とともに力なくダウンしてしまい、敗者の証として面倒を押し付けられる哀れな建仁晃。


「うわー…またやってるよ。」

物音を聞いてなんとなく察した香崎と新島は、建仁にも少しだけ同情しながら呆れ顔をするのであった。


「ややっ!今から丁度佐久務君の戦勝祝いをするし、皆も食堂に来て!」

軽快な重奏詩音に「いや急すぎだろ」とか考える皆だったが……


「酒!酒!面倒事は酒で忘れるのみ!」

「佐久務君!今からあの事件の…

「いいじゃないですかぁ来道さん。たまには休みましょうよぉ。」

「鹿納く―――

「ハイ決定!じゃあ~鍋パにレッツゴー!」

そうして黙っている多数と約一名の反論を強引に押しのけて、みんなで会場となる食堂に行くことにした。






机などが整理された食堂に着いた先に待っていたのは、ホクホクと火の上にに立つ大きな鍋と、「大慶」とラベルの張ってある酒が数本。


「はい!今回は久し振りに自由時間が多かったので、はじめての石狩鍋を作ってみました~!」

「やった!詩音ちゃんの新メニューは何個あってもいいからね!」

( 暇 な ら 書 類 の 一 つ は 手 伝 え よ ! )


喜ぶ鹿納一人にイラつきの隠せない他数名。

ま、食堂のばあさんのよりも重奏詩音の料理は数倍美味いから文句は言えないのだが。



「まさにまさにまさに今ぁ!!一番にいただきまぁす!」

席に着いた瞬間、脊髄反射で酒を飲もうとする佐久務に、


「はーっ、待て待て。私が音頭を取るまで待てよ。」

まさに豪迅雷の二つ名の如く口を迅速に抑える来道。


「コホン。はい、えー、今回は佐久務君の戦勝記念ということで、第二課の班長たる私が、僭越ながらも乾杯の音頭を取ろうと思う。」

真摯な視線を佐久務に向け、人差し指を口に付け語り始める。


「佐久務君。君は今回の戦闘でよく頑張ったな。君の始まった人生、まだ数日しか経っていない中、よくあれほどの確固たる決意を胸を張って言えたな。よく霧嶺散華相手にサシで勝つことが出来たな。だから、あらかじめ君に伝えておく。…人間一人の届く手はとても矮小たる物だ。だからって何処までも伸ばそうと思っても、その無理はいつか自分うでを壊す。」


…それは、命を扱う者の先輩魔導課班長の来道としての言葉。


「だから、皆が集まるんだ。互いに手を取りあいながらなら、届く物もおのずと増える。そして、手が届いた物から、人生を学び、世界を知り、人を知る。そこで知り合った人がまた君の手を取り、どこまでも続いてゆく道となる。」


…それは、嘗て命を扱う者の後輩かつての来道であった身としての言葉。

それに、まだ若い佐久務芽生への示しと戒めの言葉。


「正直言うのも何なんだが、私たちがいなかったら君は吹っ切れていなかっただろ?」

佐久務はコクっと頷き、返す。


「ハハハ、失敗してからではなく気づいてよかったさ。ま、肝心の霧嶺自身は謎を残したままだがな…」

「霧嶺散華…あいつは確かに私たちの前で死んでいた。だが―――


老害を殺す魔法サケト○ーク!」

「ガポポポポ!!」

…さっきの空気は何処へやら。要らんことまで喋ろうとした来道は重奏にイッキさせられて気を失った。


「さて!改めて!佐久務君の戦勝祝い!いただきまーす!!」

泡を吹く老人には目もくれず、皆で鍋と酒を囲みながらはしゃぐ。


「おおっ!うまっ!ホクホクの柔らか鮭いいね!」

「黒コショウがいい感じにピリッと来るな。疲れ切った俺達には丁度いい。」


「ちょっ!?野菜ってこんなに甘いの!?ほらほら!香崎君も!」

「僕は野菜より豆腐派かな。スープと一緒に行くのが良いよ。」

「フッフ~♪みんな喜んでくれて何より!」

今回の料理もかなり良い反応を聞け得意げになる重奏だったが、佐久務の反応を見るために向いた瞬間、絶句する。



「んぁぁ~?あの鍋ン中のサケ溜り飲んでええかぁ?」

「え…ちょっ!?」


たったおちょこ一杯でべろべろに酔うある意味幸せ者の佐久務。

酒を抱えながらウーウー唸って鍋に入ろうとするのを、大人組が必死に止めるのでもうハチャメチャ。


(フフフ…勝った!)

何かを確信した建仁晃は、

「おい!佐久務ぅ!どっちが早くイッキし終えるか勝負だぁ!」

バカみたいな闘争心を燃やして宣戦布告する。

「かぁ?飲み勝負ぅ?しゅごーなめんなよ?」

トマト佐久務も脳みそが壊れてストッパーが効かない。


佐久務は抱えていた酒瓶を、建仁はテーブルの酒瓶を直に飲み干そうとした時。


「ダメです!」

「なんでだよ!」

「建仁君は19でしょ!」


あっけなく新島朱音にストップをかけられ、奥では佐久務がドヤりながらラッパ飲みをしてさらに劣等感を募らせる。


「はぁ…晃君はあと何か月だい?少しくらいはいいじゃんかぁ。」

「そうだそうだ!19も20も変わんねえだろ!」


顔真っ赤の鹿納も肩を持つが、それでもやっぱり駄目なものはダメ。

でも、それでおめおめと食い下がる建仁晃ではない。


「え…早!」 「頂き!」

大人げなく魔法を使い新島の手を振りのけるとともに同時に酒瓶を握り、いざイッキ合戦に参らんとした時。


「20未満なのにさけぇ?かあぃい奴め。悪ぅい子にはちゅぅしてやる!」

何故か酒を浴びてぐしょ濡れの佐久務に頬をつままれ、まるで非常用の吐瀉物としゃぶつ袋同然の扱いでゲロを押し付けられ昇天。哀れ。


「はぁ~。ホント酒癖やばいわー。」

「いやこれやっぱ飲酒禁止にしたら…?」



「がぁぁっっ!!お開きだ!没収没収!!」

「なぁあっ!起き上がるの早っ!」


イッキで気を失っていたはずの来道だが、彼は無意識のうちに雷魔法で自身の臓器を活性化させて酔いをある程度回復させていた。

そして、勢いのままに酒も鍋も飲み干してしまい、強制的にパーティを終わらせようとする。

だが、第2課のメンバーにも対抗手段が無い訳でもない。



「行け!佐久務君![ゲロキス!]」



  ◇



陽の光一つ入らない閉鎖空間。所々にパイプが張り巡らされていて、正に絵にかいたような研究所。

白衣の研究員が様々な物体を持ち運び右往左往しながら忙しそうに実験を行う。

今日もそこでは人間が神獣に変化し、失敗作は廃棄されている。

その実験の経過を数段上から見下ろす人物。立壁就夜。

そしてその横で鎮座するロングコート姿の男へと声をかける。


「霧嶺散華の魂は解析終了しているのか?」

「ああ。とっくに魔法も摘出は完了している。お陰で神獣のシステムも液体から霧状に変化させることが出来、効率化と兵器化を両方推し進めることが出来た。」


二人の視線は、「適応型」の出現法則解明の為に棺の中に押し込められ抵抗虚しく強制的に神獣にさせられる人間に向く。


「適応型は魂の接続を切って保存しているのか?」

「ああ。今は5体しかいないがな。」

そう答えを聞くと、立壁は先ほど入手した物体を男に渡す。


「あんたの欲しかった[融合]の魔道具だ。…だが、それは複製品で一回ぽっきりだからな。また欲しいなら俺に言え。。」

「信用はしていないようだな。ふん。創神計画の…いや、という貴様の理解不明な条件をこちらは飲んでいるのだぞ?」


「おいおい、俺ばっかが貢献しているのが今の現状だろ?も俺が発見し、教えてやったのだがな…もし信用が欲しいのならお前の手駒を融合させるかして佐久務芽生を捕まえてからじゃないと無理な話だ。」


「………お前の正体、佐久務芽生以上にイレギュラーなのは知っている…」

「なら?」


「お互いに隠し事をしている者同士だ。それに…これ以上深く入るのはお互いの身を滅ぼすだけでは足らん。日ノ本も滅ぶぞ…?」

「ハッハッハ!突拍子も無いことを言う!ま、第4課に隠れてこそこそ研究を行うのに[]とか大層な事を抜かす者だから当然か!」


「精々握れもしない舵を追い求めてな。お前に明日は来ないだろうが。」

そう言い残し、研究員と壁との狭い隙間を丁寧に抜けて立壁はどこかへと去る。





「ワタシは大義の為、これから起こる戦争と失われる人間の未来を最適な方向に導く為、僅かな人間の命など躊躇い無くベットする。それがワタシの決意だ。」


男は、自分を鼓舞する為に己が信念を反芻する。

―――退、揺れるその思いを固めるために。



「下らん。[大義]などの言葉に罪を擦り付ける時点でお前の決意など噓っぱちだ。」

立壁は一瞬歩を止めるものの、そう言い放ち去った。

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