第29話 世界の歪み
「それで太陽について話してくれる?」
「よかろう。でも、まずはおぬしらがどこまで知っているかを聞きたいのう」
「えっと、この世界には太陽と月が存在しているはずっていうのと、太陽はオーケアヌス族が伝えたこと。太陽は北極星を目指せば辿り着けるはずということかな」
「ふむぅ……」
ルフの言葉に老人は考えるような仕草をする。暫く考えたのちに何かを決意したような目つきになった。その視線にルフに緊張が走る。
「確かに太陽と月は存在するのう。だが、それは外の世界じゃ」
「外の世界? 外ってどういうこと?」
老人の言い分が理解ができず、聞き返すルフに、やはりかとばかりに落胆する老人にルフ達は疑問を抱いてしまう。
「そうか、やはりか。信じられないかもしれないが、聞いてくれぬか。わしらが今外と思っているのは、地下なのじゃ。わしらはずっと地下に住んでいるのじゃ」
「えっ?」
老人が言った言葉が信じられず、五人は固まってしまう。自分達が住んでいる世界が地下だなんて誰が考えられるだろうか。いや、そもそも地下だなんて信じたくはない。それでも老人は話を続ける。
「おぬしらが、どうやって太陽を知ったかは分からぬが、何故空にあるはずの太陽や月がないのか不思議に思わぬかったか? 何故空が暗いのか。あの星もただの電球に過ぎぬ。全てはオーケアヌス族が仕組んだ事なのじゃ」
星と思っていたものがノワル村で見た電球で、空が暗い理由が地下だからとするならば、太陽も月も見つからない理由が分かる。だが、受け入れられるかは別だった。だって、いきなり自分の住む世界は地下であり、外ではないなんて言われても理解が出来なかった。少なくともルフは、信じたくなかった。
「オーケアヌス族はわしらが生まれる前の種族で、わしらに似た姿をしていたという。やつらはケラー教にいるわしらよりも優れた技術を持ち合わせており、地上を支配していたとされておる。やつらは自分達の起源を知りたかった。幾度の実験で生み出した改造生物。それをマニュス族。つまり、わしらの先祖を生み出したのじゃ」
「ま、待ちなさいよ! つまりアタシ達は改造生物ってこと?」
「そうじゃ。わしらは改造人間だったのじゃ」
「そんなの信じれるわけ……」
「落ち着いてベルちゃん。ここで狼狽えても話は終わらないでしょう?お爺ちゃんのが本当かは、今の私達には分からない。後から話聞かせて? 私はベルちゃんと一緒に外にいるわ」
衝撃の事実に近いことを言われたベルは反論をしかけたが、ソフィアが落ち着こうと優しく頭を撫でる。ソフィア気遣いに少し落ち着いたのか黙ったベルを見て、肩を抱きしめ外に出ていく。残ったルフ、アラン、ローとなった。ローは世界の秘密を知ったことに対して何か思うところがあったのか、ルフの袖を握りしめながら話を静かに聞いている。アランは帽子を深く被り、表情が見えない。ルフはというと、恐怖を抱いていた。この真実が本当ならば、自分達はオーケアヌス族に作られた紛い物の子孫であり、外だと信じていた世界は鳥かごの中でしかなかったのだ。世界がいきなり牙を向けてきた感覚に襲われながらも、老人に質問をする。
「あの、もしここが地下だとして脱出出来る方法はない?」
「あるとも。その方法がおぬしら聞いた北極星を目指す話に繋がる。北極星の真下にはエレベーターという乗り物がある。それは地下と地上を繋げており、オーケアヌス族もそれで移動をしていたらしい。……じゃが、おぬしは行かぬ方がいいのう」
「なんで?」
北極星を目指す理由が繋がった。老人のいう通りならば、エレベーターという乗り物があるはずだ。しかし、そうなると老人が言っていたことが、全て真実となってしまう。嘘であって欲しい気持ちと、本当であって欲しい気持ちが混ざりあって溶けていく。そんなルフ達に更なる事実の刃が襲う。
「おぬしらイグニス教じゃろう。神の箱ことアポストルスに入っているはずじゃ」
「そうだね。七歳には入らなきゃだから」
「アポストルスはオーケアヌス族のテュシアーという実験の一つに用された機械の一つじゃ。マニュス族の遺伝子と獣の遺伝子を組み合わせることにより、身体の本来の力を目覚めさせて、おぬしらが呼んでいるモイラを引き出す。じゃが、これにはある弱点が備わっていた。……受けた者は太陽の光を浴びると死ぬのじゃ」
「……はっ?」
老人は言いにくそうにしながらも、力強く言い切った言葉にルフの後頭部は、衝撃を受けた。自分達がイグニス神から貰ったものは、オーケアヌス族が作った機械であったでも信じがたいのに、目指している太陽の光を浴びると死んでしまうなんてどんな悲劇だ。自分達は何の為に旅を続けて来たのか。ぐちゃりと柔らかいものが潰れる音が脳に響き渡る。
「……確かに神の箱にはオーケアヌス語でアポストルスと書いてあった」
今まで黙っていたアランが静かに告げた。ルフはその言葉に老人が言っていることは真実なのだと教えられる。ぎゅっと拳を強く握るルフを見て、心配そうにローが見る。ローも不安だろうと思い、喉元までこみ上げてくる激流のような感情を飲み干しながらルフは拳の力を解く。
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