裏よみうりランド

 先週、5年ぶり4回目の結婚記念日を迎えた。

 妻が「何か童心に帰って楽しいことをしたいのであ〜る」と王様のような口調で言ったので、まともな大人ならワクワクしないでおなじみ、遊園地に行ってみることにした。


 ディズニーや花やしきは一発目にしては敷居が高いかもしれないということで、私の運転でよみうりランドへ向かうことに。

 ちなみに、我が家の自家用車はヨネスケがCMを務めるマツオの「トナリノ」である。CMではヨネスケによる「コレデ、バンメシ、クイホーダイ」というキャッチコピーが、どうして片言でなければならないのだとネットで炎上したのが記憶に新しい。


 久々に過ごす夫婦水入らずの時間でお互いに青筋を立てながら歯に衣着せぬ物言いを続けること數十分、到着したよみうりランドは残念ながら閉園日だった。

 仕方ないので妥協案として用意してあった「江戸子どもゴリラ博物館」に行くため「トナリノ」のカーナビを操作していると、運転席側の窓をコココココーコーコーコーと誰かに叩かれた。

 そのリズムが「三井のリハウス」のリズムと同じだと思いながら顔をあげると、窓を叩いていたのは「小僧」だった。誰、とかではない。「小僧」なのである。「小僧」以上でも、「小僧」以下でもない。ただただ「小僧」でしかない存在だった。

 私が不意に窓を開けると、小僧は驚いて「んっ」と小さい声を出した。

「どうしたんです」

 私より先に妻が声を掛けた。すると小僧は、

「今日はよみうりランドやってないよ。けどね、裏よみうりランドならやってるんだ。裏よみうりランドはね、誰も知らない。けど、僕についてくれば分かるよ」

 小僧からは少しだけ酢飯のような臭いがした。


 私は「トナリノ」を近くのパーキングに停め(20分220円で上限金額なし。こんなあこぎな商売がいつまでも続くと思うな)、小僧について行くことにした。小僧は私たちが後を追っていることを知りながら、少しだけ歩くのが早かった。

「厭な子だ、親はこの子の将来を憂いているに違いない」

 妻が鬼神の如き目でそう呟いたのに対し、私はただ頷くことしか出来なかった。


 5分ほど歩くと、マッキーで「裏よみうりランド」と書かれている空のペットボトルが2メートルほど高さのある塀の上に置かれていた。

「この塀を越えた先だよ」

 小僧がベリーロールで塀をひょいと乗り越えてゆく。

「疲れた、見てきて」

 と妻。小僧は大人の運動能力を過信しすぎだと思いつつ、なんとか塀を乗り越えた先には、とても長いのにずっとまっすぐのレールが敷かれたしょうもないジェットコースターがあった。それは奥の奥、かなり奥まで続いているようで、ゴール地点はもはや目視できないほど奥だった。

「このジェットコースターはすごいんだよ」

 小僧が幕の内弁当を模した乗り物に乗り、シートベルトを締めた。途端、チロチロチロチロと汚らしい発車音が鳴り響く。

 すると、幕の内弁当は前には進まず、びゅんっと音を立てて宙に浮かび、ものすごい勢いで大気圏を突破して塵と化した。レールはなんのためにあるのか、私にはわからなかった。


 塀の向こうから妻の「裏よみうりランド」という呟きが聞こえてきた。

 どうしてそのタイミングで呟いたのか、今でも理由を訊けていない。

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東京滑景 @6nennsei

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