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―――――
男「いよう、今日は高級チーズ買ってきたよ」
少女「わお」
男「おれも半分食べるからね」
少女「ありがと」
少女「……うん、おいしい」モチャモチャ
男「チーズ専門店ってのがあるんだな。知らなかった」モチャモチャ
少女「高かったの?」
男「うん、普通に生活してたら買わないレベル」
少女「いいの?」
男「昨日いいもの見せてくれたお礼だから」
男「君は神様?」
少女「さあ、どうだろうね」
男「おれが食べ物をあげなかったら、どうなってたの?」
少女「路地裏をうろうろして、食べ物を漁ってたよ」
男「猫みたいに?」
少女「猫みたいに」
少女「あ、でもこの姿じゃやらないよ」
男「そりゃそうか」
少女「さ、願い事、どうするの」
男「そうだなー」
少女「お金持ちにもしてあげられるよ」
男「でも、そういう願い事をした人って、たいてい不幸になるよね」
少女「あー、うん、まあね」
男「高校出たらすぐ働いて、妹を食わしていくつもりなんだけど」
少女「へえ」
男「一気に金持ちになったって、どうせ使い道がわからず散財するか金銭感覚が狂うだけだよ」
少女「そうね、そういう人、多いわね」
男「だからお金はいいや」
少女「そう」
少女「働くあてはあるの?」
男「今バイトしてるとこがさ、雇ってくれそうなんだ」
少女「大変じゃない?」
男「そりゃあ大変だろうね」
男「でも、こんな世の中だし、就職先が一応あるってだけでも感謝しなきゃ」
少女「そういうもんかしら」
男「どの道大学に行く余裕なんてないし」
少女「……」
男「だから、願い事は」
少女「?」
男「オーロラが見たい」
少女「あんた、マジで言ってるの」
男「うん」
少女「呆れた……」
少女「昨日の今日で今度はオーロラねえ」
男「はは、変かな」
少女「大金持ちになれば、いくらでも見に行けるじゃない」
男「そりゃそうかも知れないけど」
少女「はあ」
男「死ぬまでに一回見てみたかったんだ」
少女「はは」
男「ダメかな」
少女「いいよ」
少女「……」ブツブツ
少女「そんな願いじゃ私も消化不良だから、ちょっとサービス」
男「うん?」
少女「ほら、できたよ」
ふわぁー
ブゥン……プツンプツン……
男「うおお、きれい!!」
少女「こんな街中で見たって、きれいに見えないからね」
少女「街中停電のおまけつき」
男「それ、いいのか」
男「しかしすっげえ……」
少女「さ、行くよ」
男「行くってどこに」
少女「しっぽに掴まって」
男「こう?」ギュ
少女「よっ」
ビュン
男「うおおい!!」
少女「しっかり掴まってなよー」
男「高い!! 怖い!! 空怖い!!」
スタン
少女「ほら、ここならもっときれい」
男「ここ、どこ?」ゼエゼエ
少女「この街で一番高いビルの上」
男「あーあー」
少女「どう、きれいでしょ」
男「ああ、この景色一生忘れないよ」
少女「高いところ、苦手だった?」
男「まあね」
男「でも、上だけ眺めてる分には平気」
少女「そっか」
男「これも、明日までしか見れないのか」
少女「ううん」
少女「せっかくだから、いつでも見れるようにしておいた」
男「マジで」
少女「まあ、毎日は無理だけど、それなりに条件がそろえば見るのは難しくないよ」
男「条件って?」
少女「気温とか、湿度とか、天候とか」
男「でも寒くないぜ」
少女「寒くなくても見えるようにしておいたの」
男「よくわからんが、そういうふうに変えたってことか、オーロラを」
少女「そういうこと」
男「難しくないのか」
男「ちょっと呪文呟いただけじゃん」
少女「そんなの、簡単に変えれるよ」
男「そうなのか……」
少女「そのかわり、ちょっと日本の天候が狂っちゃったけどね」
男「どれくらい?」
少女「雲の上に雨が降るくらい」
男「それ変じゃない?」
男「ていうかヤバいんじゃない?」
少女「まあ、気にすんな」
男「農家の人困るじゃん」
男「ダム干からびるじゃん」
少女「難しいんだよ、戻すの」
男「変えるのは簡単なのに?」
少女「変えたくて変えたわけじゃないもん」
男「ううむ」
男「他には?」
少女「四季がちょっと……」
男「変になったんか」
少女「うん」
男「……」
少女「ああ、気にしなくていいよ」
少女「ゆっくり直しておくからさ、しばらくの我慢」
男「はあ」
少女「最後の願い事は、また考えといて」
男「……うん」
―――――
男「……おう」
少女「あら久しぶり……って、どうしたの、その顔!!」
男「親父に殴られた」
少女「どうして」
男「稼ぎが少ない、だの、飯がまずい、だの」
少女「ひどい」
男「はっは、最低な親父だよ」
少女「待って、治してあげる」
シュウウウウン
男「……そんなこともできるのか」
少女「これは特別にノーカウントにしてあげよう」
男「ごめんな、来れなくて」
少女「いいのいいの、適当にゴミ箱とか漁ってたしね」
男「ここ数日、あいつらの虫の居所が悪くてさ」
少女「ふうん」
男「妹が、危なかったんだ」
少女「虐待?」
男「まあ、そんな感じ」
少女「通報したら?」
男「いや、そんなことしても、無駄だよ」
少女「無駄ってこと、ないでしょうに」
男「アル中でギャンブル依存症で最低なやつらだけどさ、頭が悪いわけじゃないんだ」
少女「でも……」
男「余所にはわからないようにしてるし、何より妹になにかあったら……」
少女「妹さんを連れて逃げたり」
男「そのつもりだったけど、でも無理だよ」
男「少なくとも、金は向こうが握ってる」
男「それを手に入れなければ、どうにもなんないよ」
少女「そっか」
男「もう、嫌になっちまったよ」
少女「願い事、使う?」
男「うん……」
少女「どんな願いにする?」
男「最初は、さ」
少女「ん?」
男「あいつらを殺してくれって、願おうとしたんだ」
少女「最初って?」
男「君が『願いをかなえてあげる』とか言い出したとき」
少女「ふうん」
男「そしてそれが叶うと思えば、なんだか優越感に浸れて、さ」
少女「いつでもお前らなんて殺せるんだぞ、って?」
男「そうそう、まさにそんな感じ」
少女「そっか」
男「妹を連れて逃げることだって、叶うと思った」
少女「じゃあどうして最初にそれを願わなかったの?」
男「……」
少女「?」
男「わからない」
男「でもなぜか、最初にそれを考えたとき、最後の願いにしようと思ったんだ」
少女「一応忠告しておきますけど」
男「……うん」
男「やっぱり人を殺す願いは、無理だったかな」
少女「ううん、叶えることができるよ」
男「……」
男「……」
男「そっか」
少女「叶えられない、っていうのを、どこかで期待してたでしょう」
男「……はは、なんでもお見通しなんだな」
少女「叶えられるよ」
少女「だけど、他人の死を願うと、業を背負うよ」
男「業、ね」
男「ていうか他人じゃなく、肉親だけど」
少女「自分以外の人間っていう意味よ」
少女「今後のあなたの人生が幸せになるとは限らないわ」
男「まあ、そりゃそうか」
少女「どうする?」
男「……」
少女「怖気づくなら人の死は願わない方が」
男「いや、待って」
少女「ん」
男「心の汚れている人間を、この世から消し去ってくれ」
少女「……」
少女「それが願い?」
男「うん」
少女「本当にそれでいいわけ?」
男「うん」
少女「……」
男「それなら、他人の死を願うわけじゃなく、世の中のためを願うってことになるだろ」
男「で、それが自分の利益にもなる」
少女「……わかった」
少女「確かにこの世は、少し汚れ過ぎたわね」
男「じゃあ、よろしく」
少女「ん」
……
男「……」
少女「今晩は、またオーロラが見えるわね」
男「……」
少女「大人しそうな子だったのに、最後にとんでもない願いを言ってくれちゃって」
男「……」
少女「一晩かけて、ゆっくり消えるから、最後の夜空を楽しんでね」
男「……」
少女「にゃーん」
★おしまい★
【SS】終末の大通りを黒猫が歩く モルフェ @HAM_HAM_FeZ
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