第11話 願いを叶えて 1
「無茶を言うものではない」
戻ってきた神は、こめかみを押さえながら碧玉に言った。
「割れた物を元に戻すことなどやってはならないのだ」
彼が出かけた先でどんな話をしたのかは分からない。訊いていいのかどうかも分からず、碧玉もあえて問わなかった。代わりに彼女は今日の出来事を報告していた。
廟の中を掃除したこと。男の子がやって来て、願い事を告げたこと。
「でも」
碧玉は思わず唇を尖らせていた。
「それじゃああの子の願いは叶わないってことですか」
「叶えられない願いは叶わないものだ」
「叶えられないってことは、叶えられるってことですよね」
「……そなた、細かいところに気づくのだな」
青年はため息をついた。それ以上何も言わなかったが、碧玉は確信する。
「やっぱり直せるんですね。そうですよね神様ですもんね!」
「できるかどうかと、やるかどうかは話は別だ」
ぱあっと明るい顔になった碧玉と違って、三秋の顔は晴れない。
「一度でもそんなことをすれば、人間の願いは止まらなくなる。あれを直してくれ、これを戻してくれ――最後には何を言い出すか分かるか?」
「いえ」
「死んだ人間を生き返らせろだ」
それはできない。彼はそう言ってかぶりを振る。
「神に向いていない私でも分かる。それは許されないことだ。世界には曲げてはならない摂理というものがあるのだ、そなたも分かってくれ」
言い含められるように告げられて、碧玉は最初言い返せなかった。
死んだ人を生き返らせろ――。そんなことは願わない、とは言えない。自分も両親を亡くした時はそう思った。そのためなら何でもすると思った。何でもできるとさえ思っていた。
きっとその思いは危険だ。
「……じゃあ……」
一瞬浮ついた気持ちはもう地面に落ちていた。碧玉はうなだれたまま問いかける。
「あの子の持ってきた花瓶は、どうすれば……」
「当面はそのままにしておけばいい」
三秋の言葉はそっけなかった。
「一度は見に来るだろうし、割れたままであればあきらめもつく」
「せっかくお参りに来てくれたのに」
「他の願い事なら考えないでもなかったのだが」
痩躯はひょいと肩を竦めた。
「こればかりは仕方がない。もっと簡単で単純な願いであればよかったのだ、恋人が欲しいとか、失せ物を見つけて欲しいとか……。今回は運が悪かった、諦めよう」
それより、と彼は荷物を取り出す。朝は手ぶらで出かけたので、これは出かけた先で仕入れたもののはずだ。
「他の廟に行ったのだが、妻を迎えたと言ったら色々土産を持たせてくれた。だからこれはそなたのものだ、好きにするがいい」
「……」
「人間のそなたのことを気遣ってくれた。食料は当面困ることはあるまい。反物もある、夏と冬の拵えに当てればいいだろう。――どうした?」
「……わたし、あの子のこと知っているんです」
昔実家があった場所にいた職人の子供だ。くるくるとよく動き回る利発な子供だ。
「あの子は頭のいい子なんです。割れた物を直してくれなんて、そんなことを言うような子じゃないんです」
碧玉の両親と同じように、父親を流行り病で亡くしてしまった。その後、出入りしていた店の主に見初められて、母親は子供連れで嫁いでいった。
新しい家で、真っ直ぐに育っていると聞いていた。
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