学校のマドンナ兼日本一のアイドルの家庭教師と護衛をしている俺、いつの間にかアイドルに外堀を埋められていっている件
泰正稜大
第1話 両手に糞
ーーピピピッピピピッピピピッー
朝のアラームがなると俺はゆっくりと瞳を開けて時間を確認した。朝日の木漏れ日が俺の瞼を刺激する。
スマホの画面を見れば時間は8時。今から支度して学校に行けば朝のホームルームには余裕で間に合う。
そう思って俺はゆっくりと体を起こして寝室から一階に降りた。
「あ、お兄ちゃん!おはよう、朝食できたよ!」
「あぁうん。ありがとう」
妹の
基本的に朝昼晩のご飯は美玲が作ってくれる。俺はそれを食べる係だ。いつも申し訳ないと思いながら食べさせてもらっている。
そうして朝を食べると、
「…お兄ちゃん……」
「ん?あぁ、行ってらっしゃい。今日も頑張れよ」
「うん!」
美玲は家を出る前に俺を後ろから抱きしめてきてその後振り向きざまに手を振ると家を出た。俺たち家族の日課だ。と言っても俺たちは五年前に両親を亡くしているから2人しかいない。
今は俺ーー
「さて、それでは今週の音楽ランキングの発表です!」
テレビをつけてみれば今日も馴染みの女性アナウンサーの声が聞こえた。
「一位はやはりこの曲!ソロアイドルYUYUの『KANATA!!』です!』
なんか昨日も聞いた気がするな。デジャヴか。まあいい。
「俺もそろそろ行くか!」
気だるげそうな趣をそのままに俺はすぐさま着替えて家を出ることにした。
今日からまた新しい青春を謳歌するのだ。
ーーーー
俺は家を出て学校へと歩いていく。家は学校から少し遠いけど歩いて行ける距離だ。
そもそも自転車を持ってないから歩くしかないのだが。
「想真!おはよう!見ろ!今日もこんなにお花が咲いているよ!」
「うおっ何!?びくりするから急に話しかけるな。っていうか花なんてどこにも咲いてないぞ。何のこと言ってるんだ」
「はぁ?咲いてるだろうよここに沢山!」
「…そういうことか。お前女子のこと花っていうのキモイからやめた方がいいぞ」
「あはははは!分かったよマイフレンド!いっぱいおっぱいがあるなあ想真!」
「訂正後の方がアウトだ。もう黙れ」
朝からとんだ変態に出会ったもんだ。こいつの名前は
ーーこいつは毎日誰かに告っては玉砕しそれを日課とする人類の汚点。世界が創り出したこの世の『恥』である。
「おう、どうしたんだ赤村!兄弟も一緒じゃねえか一緒に帰ろうぜ!」
「馬谷…」
そこにもう1人。会いたくも会いたくないような友人が俺たちの輪に入ってきた。名前違うぞ。もう一年以上一緒にいるのに。赤村じゃなくて秋村だ。
秋村は馬谷を見つけると嬉しそうに話しかける。
「おう馬谷!今想真とどんな女が好みか熱心に話し合ってるんだが馬鹿はどう思う?」
話し合ってない。
「おう!俺は醤油が好きだなぁ!やっぱ俺っちいっつも母ちゃんに醤油が合う料理作ってくれって言ってるだろ?そういうのいいと思うんだよな。友情ってやつか?俺っち大切にしてるんだ」
馬鹿かお前。何の話をしてるんだ。だからお前のあだ名馬鹿になるんだよ。あと親の愛情を友情と間違えるな。母ちゃん泣くぞ。
こいつの名は
馬谷はそのバカさから名前の馬と鹿をとって馬鹿になった。
かわいそうだとは思う。だが同時に俺からすればこいつは、あれだ。
ーー人類の失敗作。神が作った猿である。
「朝から男が2人、両手に馬の糞だな」
「失礼すぎね!?俺はお前のこと友達だと思ってるのに!」
「俺っちは糞でも構わないぜ!兄弟と友達になれるならな」
「お前…」
性格がいいというのはやめよう。しつこい男、それが馬谷だ。だが悪い気はしない。そうまでして俺のことを友人だと思ってくれる人はそうはいないだろう。
俺は感動して馬谷と顔を合わせた。馬谷はこちらに笑いかけてきてて、
こいつの笑顔怖すぎだろ!
世界一怖いお化け屋敷のお化けばりに怖い顔にすぐに俺は顔を逸らした。やっぱり友人ではない。こいつはただの、知り合いだ。
ーーーー
そんなことがあって学校へと着いた。この学校ーー青春高等学校はどこにでもある普通の高校だ。学力は偏差値60くらいだとインターネットが書かれているが実際は55もない。
勉強に進学校並の力を入れている訳ではないが、部活も両立している平凡な学校である。
入り口をすぎてすぐの事。今日は二年になって初日の登校日ということもあり、玄関前に席が張られていた。
「想真と同じになりますように!想真と同じになりますように!想真と同じになりますように!想真と想真と想真と想真と想真と想真とーー」
その呪詛みたいなのを今すぐやめろ。俺を呪いたいのか?
「……」
「ど、どうした?なんでお前は泣いてるんだ」
右の秋村とは別に左手の糞ーーじゃない、馬谷は号泣していた。
「ひっくひっくひっくーー」
「おい泣くなよ。ハンカチだ」
「き、兄弟!俺っち、俺っち!ブシュー」
「人のハンカチで鼻を噛むな」
こいつ鳴き声自分で口にするタイプか。うるさいなこいつの鳴き声。
早く泣き止んでくれ。
てか、
「なぜお前は泣いてるんだ?」
「だってよぉ!俺っちやっと兄弟と同じクラスになっだがらぁ〜!」
「……」
悲報だな。最悪だ、まさか6クラスあるのに同じクラスになるとは。
馬谷は身長が高いおかげでいち早く確認できたようだ。
「……想真…」
「…ん?今度はどうした?」
「両手に糞だな!これからよろしく頼むぜ!」
「…終わったな俺の学校生活」
「どうしたんだ?」
「何でもない」
秋村はその甘い顔をキラキラさせながら俺に向かって死刑宣告をしてきた。どうやら俺の今学期は中々に
友人がいるという事実だけ見ればいい事だったんだがな。
ーーーー
朝のホームルームが始まって教師が教室に入ってきた。先生に「席についてー!」と陽気な注意が入るまで謎に喋り続ける現象に是非動物園という名前をつけたい。
「想真、隣だな!」
「兄弟、俺っちは前になったぜ!覚えてくれよな」
「……あぁ。よろしく」
どうしてよりにもよって俺の近くがこいつらなんだ。
神は俺のことを嫌っているらしい。俺は神なんて信じていないが。
「それじゃあまずはクラスで自己紹介を始める!名前、趣味、得意不得意なんでもいい。各々教卓に出て自己紹介を始めてくれ!」
そういうと生徒間でざわざわと声にならない声が聞こえてきた。みんな自己紹介が嫌なようだ。俺もこの行事は嫌いだから気持ちはわかる。
それは計らずとも人の第一印象が決まってしまう行事である。話したことすらないにも関わらず強制的に第一印象が決まる。
恒例の行事とはいえみんな身構えてしまうのも無理はない。
「まずは藍原妃」
「はい」
藍原妃か。どこかで聞いたことがあるが思い出せない。
「
「…そうか」
ナレーションをありがとう秋村。
おかげで知りたい情報の120%を知れることができた。
秋村の情報を聞き終わると藍原は自己紹介を始めた。
「
「み、みんな拍手!」
藍原の自己紹介が終わると気を遣った先生が拍手を要求した。
なんだその小学生が考えた理想のお嬢様みたいな自己紹介は。初手からぶっ込みすぎだ。後の生徒のことを考えてくれ。
俺がそう思っていると次の人に順番が回ってくる。
「えっと。ぼ、僕の名前は
教室から静かな拍手が巻き起こった。
これは藍原が悪い。お前は悪くないぞ上原。
前の人と同じように自己紹介しようと意識した結果内容まで邪魔されたみたいだ。
なんだか可哀想だな。彼の高校生活はこれで幕を下ろしてしまった。
それから各々自己紹介が続いていった。かなり変わった自己紹介をしている生徒ばかりで正直すでにこのクラスで生活できるのか不安になる。
そんな中、
「それじゃあ次は秋村」
「了解」
「……」
秋村か。返事がキメ顔付きの「了解」の時点でお察しだな。一体どんな自己紹介をする気なんだ。案外普通か?
「俺の名前は秋村連!知ってる人も多いかも知れないが以前は一組だった。趣味は読書とバスケ、嫌いなものはイケメンかな!なんてね!好きな食べ物はプロテインとか?なんてね!みんなと仲良くできたら嬉しいな!」
うざい。すごくうざい。「なんてね」なんて普段使ってないだろお前。
だがクラスのウケは思いのほかよかったらしい。秋村の自己紹介が終わると男子からは笑いと拍手が、女子からも上々な反応をもらっていた。
だが、
捏造も甚だにしろ。お前の趣味は女漁り、好きな食べ物は女だろ。何もかもが嘘だらけじゃないか。顔がいいからと許されていいのかこれは。
「ーーーー」
…だがまあこいつにしては案外まともな方だな。もっと俺にとって面倒な自己紹介をすると思ったんだが。
このくらいなら俺と秋村の関係性も疑われない。まだマシだ。
「あ!因みに今は伏見想真って名前で通ってるからみんな。よろしく頼むよ!」
「おまっ…」
席に座る前にそんなことを言い終えた秋村は全てをやり切った顔で俺に向かってウィンクしてきた。
最後に爆弾ぶち込んできやがったこいつ!
最悪だ。これだから一緒のクラスになりたくなかったんだ。
俺は気だるげな感情を抱えたまま深呼吸をした。
落ち着け。他の人の自己紹介が残ってる。まだ慌てることはない。どうせみんな俺のことなんてどうでもいいと思っているはずだ。
俺の気持ちとは裏腹に自己紹介は続行していった。そして、
「ーー。えっと次は…馬谷鹿井」
「お、俺っちの自己紹介か」
次はこいつか。こいつの後が俺なのは少し気がかりだが大丈夫なんだろうな。
まあ馬鹿なだけだ。気にする必要はないだろう。
俺が密かに安堵していると馬谷は一度教卓に立って、しかしすぐにこっちに戻ってきた。
忘れ物か。
いや自己紹介に物使う人は見たことないな。
馬谷は俺の目の前に来て止まった。俺は上を向いて馬谷を見る。
すると、
「えー俺っち馬谷鹿井!去年は高校一年生だった!今年で17歳!坊主で男!今日は歩いてこの学園にきたんだ!よろしく頼むぜ?」
「「「「………」」」」
「……」
お前なんで俺に自己紹介してんだよ!この馬鹿!!一回教卓行ったのなんだったんだ。自己紹介はみんなに向けてやるんだ常識を壊すな。
それに内容馬鹿丸出しじゃないか。全部どうでもいい。
一体何しにきたんだこいつ…
教室からクスクスと笑い声が聞こえてきた。笑い事じゃない。冗談じゃないぞこれは。
俺の自己紹介こいつの次だ。
本当に最悪だ。
こいつらのせいで俺の第一印象が捻じ曲げられてしまった。
「ふふっ面白い自己紹介だ。ユーモアがあっていいな。中々考えられている。次は伏見想真」
「はい」
考えられている、か。余りにも馬鹿すぎて全部策略だと思われているようだ。バカと天才は紙一重というはこういうのからきてるんだろうな。
「ねえ伏見って?」「さっき秋村君が言ってた人だよね」「どんな自己紹介するのかな」「普通の自己紹介じゃない?」「どうかなー」
秋村の地雷を踏みながら俺は教卓に歩いて言った。今日は朝だけでも散々だ。まだホームルームだというのにすでに俺の印象は滅茶苦茶な場所からのスタートになってしまった。
だがすでに終わったことだ。
俺も普通に自己紹介をすることにしよう。
「俺の名前は伏見想真。趣味は退学することです。嫌いなことは俺という存在のアンチテーゼ。大切な人は妹。万が一触れたら報告して下さい、叱ります。いつも両手に馬の糞を持ち歩いています。これからよろしくお願いします」
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