第2話 我、外に出る

「おーーい。誰かいないかー? 我だぞー。封印されてた我起きたぞー。どのくらい封印されてたか知らんが我起きたのー」


 恐らく今自分がいるのは魔王城の一角だろう、と目星を付けた魔王は記憶を頼りに全ての部屋を開けて回った。


 謁見の間、会議室、資料室、給仕室、厨房、鍛錬所、トイレの個室からゴミ箱、バケツの中から戸棚の中までありとあらゆる場所、どこの部屋を訪れても魔物っこ一人いなかった。


 あるのは家具や武器防具、保持魔法をかけられた腐る事の無い食材達に、同じく保持魔法をかけられた枯れる事の無い草花達だけだった。


「っかしーなぁー。あれか? 我が封印された時に魔王城の魔物達みんな殲滅された? いやでもまさかぁ……我ほどじゃないけど国一個落とせるくらいの実力者も結構いたんだけどなぁ……」


 時刻は夕刻に差し掛かり、彼方に見える山々の稜線に太陽がゆるゆると溶けていく。

 魔王は眼下にある花壇を見つめ、ため息を一つ吐き出した。


 紫に黒の縞模様が入った毒々しい花を一つ摘んで記憶を辿る。

 この花の名は【バジリスクの魔花】と言われるもので、この花の灰を浴びればバジリスクの魔眼のようにように石化してしまうという効力を持つ。


 魔王配下である機動工作部隊の統括である、カローンが植えたものだ。

 花を愛でるのが好きな女だったと魔王は記憶していた。


 魔王城に花など不要だと言ってもカローンは譲らなかった。

『世界の安寧を導く混沌の魔王様が座するこの魔王城に、彩りを加える事も必要だ』と言うのが彼女の持論であった。


 彼女は魔王軍や使用人から有志を募り、城内場外全ての花壇や木々、観葉植物の全てにおいて彼女の指示のもと試行錯誤がなされた。

 これらはある意味彼女達の結晶であり、去ってしまった彼女達の置き土産とも言えた。


「誰もいないかぁ……なんでだ? 」


 魔王城の城門へ歩みを進める魔王。

 その動きに合わせて城門も静かに開いていく。


 魔王軍には巨人族の兵士や陸系ドラゴン、ゴーレムなども所属しているため城門や扉は総じて巨大なものになっていた。


 城門には傷一つ無く、周囲も綺麗に整地されている。

 花壇等もそうだったが、ここまでの様子を鑑みるに何者かに襲撃を受けて撤退を余儀なくされ魔王城を放棄した、などという事はなさそうだった。


 そもそも魔王城に辿り着くには、毒の沼地を超え、茨の平野を進み、腐敗の森を掻き分け、瘴気の洞窟を抜け、煉獄火山を踏破しなければならない。

 魔王の記憶の中には、それを成し遂げ魔王軍全軍を撤退させるような軍勢は存在しない。


 しいて言うならせいぜい神に祝福された勇者達が一握り、と言ったところだ。


「むぅ……我の復活に誰も気付かず祝われないのも何だか寂しいものがある……仕方ない、出るか……むぅん!!!」


 魔王の背中に生えた六翼の翼が広げられ、力強くはためく。

 純白の羽毛に包まれた翼、翼竜を思わせる真紅の翼、甲殻虫を思わせる漆黒の鋼の様な羽。


 種族ごちゃ混ぜの翼が魔王の身体をゆっくりと持ち上げていく。

 城の前の情景は、魔王城とおよそ似つかわしくない風光明媚なものが広がっていた。


 色とりどりの花畑が視界一面に広がり、花畑を横断する数本の小川は陽光を反射し煌びやかに輝いている。

 本来であればこの花畑には多数のモンスターや動物が生息し、エンシェントフローラドラゴンの加護の元伸び伸びとみな走り回っているはずだった。


 しかしやはりこの花畑にも生命活動の欠片も感じられず、丘のような巨体のエンシェントフローラドラゴンの姿もまた、無かった。


 「では、行ってくる。留守を頼むぞ……と言っても誰もおらんのだがな」


 城の上空まで高度を上げた魔王はそう呟き、一気に加速して彼方へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る