第11話 リブラ、やらかしてしまう
シーザー様は少し端にずれると、私の手を引いて自身の隣に座らせた。ベッドに行く気はないらしい。本当は無理やりにでも寝室に引っ張っていきたいところだが、シーザー様にも何か理由がおありなのだろう。
とりあず話だけでも聞こう。
私はしぶしぶ彼の顔を見上げた。
「時が来れば勝手に眠る。だからそう心配してくれなくていい」
「人は睡眠をとらなければ生きていけません。……心配にもなります」
五日間もまともに眠らないで普通に会話出来ている方がおかしいのだ。もしこんな生活を毎日続けていたとしたら、頭も身体も壊れていて不思議ではない。
シーザー様は納得するまで絶対に引かない姿勢の私に苦笑を漏らすと、「モーガンは実に優秀な魔法使いなのだよ」と口を開いた。
「それは……存じておりますが」
「彼がまだ人であった頃、睡眠が面倒になって体調を維持したまま不眠不休で動けるすべを開発したらしい」
「面倒にならないでほしい!」
「ははは。というわけで、身体はモーガンに見てもらっているので心配はないよ。まあ、限度はあるが。確かよく百二十時間はったらっけまっすかぁ……と歌っていたので、それくらいは動けると――」
「働かないでください!! ちゃんと休んで!!」
あの魔法使いにこの主あり。似た者主従だったわけですか。無茶を貫き通してそれが無茶だと気付いていないぞこの人たちは。タチが悪い。
私は「失礼します」と声をかけてシーザー様のお顔に触れた。
腐ってもメイディック家の端くれとして名を連ねていたのだ。人体についての知識は一般人よりもはるかに上である。
べたべだと遠慮なく触れる私に、シーザー様は文句も言わず全て受け入れてくれた。本当、聖人君主すぎるわこの陛下。
まぁ、怒られてもやめる気はなかったのだけれど。
しかしモーガン殿の魔法はどうなっているのか。細かなことは精密検査をしてみないと分からないが、目の隈以外の不調は表面上見られなかった。
万能型の魔法使いと言えど、あまりに万能すぎて薄気味悪いくらいだ。
「納得してくれただろうか?」
「……納得は、しました、けど」
それは身体の不調についてだけだ。
彼はモーガン殿の状況とは根本的に違う。眠らない、ではなく、眠れないと言った。
きっと何か原因があるのだ。
「もっと……もっと陛下のことを教えてください」
「え?」
「身代わりでも、あなたの妻になるのです。あなたの側でサポートするのが私の役目。……そんな無茶ばかり続けて、到底看過できるものではございません!」
「……リブラ君」
ぱちぱちと目を瞬かせるシーザー様。
「従順な妻になれなくて、すみません……」
「いや、そうではない。そうではないから顔を上げてほしい。ただ……――懐かしくてな。こうやって叱られるのは一体いつ、振り――」
肩の力が抜けるようにふっと柔らかく目を細めたシーザー様は、その瞬間糸が切れた操り人形のように私の方に倒れてきた。
「へ、陛下!?」
慌てて肩に手を置くが、鍛え上げられた長身男性の身体を支えるには、私はあまりに非力だった。そのまま押し倒される形でソファに沈む。
やはり何か重篤な問題を抱えていたのか――と、シーザー様の様子を注意深く観察するが。
「……寝、てる?」
首元にかかる規則正しい寝息。
心臓の音は穏やかに規則正しいリズムを刻んでいる。
「時が来たらってこういうこと? これじゃあ眠るじゃなくて気絶じゃない……」
モーガン殿の魔法が切れたからなのか、身体が限界だと悲鳴を上げたからなのか。ともかくシーザー様は気絶するように入眠されたらしい。
これを眠ると言ってしまうにはあまりに乱暴かもしれないが。
私は彼に押しつぶされた状態で、もぞもぞと身体を動かし脱出を図る。しかしどう頑張っても腕を出すだけで精一杯だった。
私自身はちょっと息苦しいのと恥ずかしいのを我慢すれば特に問題はない。シーザー様の身体は温かいし。
けれどシーザー様は違う。起きるまで待っていたら風邪をひいてしまうかもしれない。無理に無理を重ね続けた身体だ。ただの風邪が取り返しのつかない事態になることだって大いにあり得る。
そもそも本当に眠っているだけなのだろうか。
何か重大な病気にかかっている可能性だって捨てきれない。
「ンン――ッ! ……ハァ、駄目ッ。やっぱり私の力じゃびくともしない……!」
はやくモーガン殿に知らせなければいけないのに。どうすればいい。
叫ぼうにも、ここで働く人たちは看病でほぼ出払っている。執務室にくるまで誰とも会わなかった事を考えれば、声の届く範囲に人はいないだろうことは容易に想像がつく。
私が万能型の魔法使いだったら、風魔法で声を届けられたのだが。情けないことに使えるのは役立たずと言われ続けたお掃除魔法だけ。
パッと杖を出して床を叩く。
でも、諦めるにはまだ早いかな。
「……人は集められない、はず、なんだけど」
もし本当に、私が害悪だと認識したものが集められるのなら――過大解釈をすればモーガン殿のあの強引でマイペースな性格を害悪と認定する事も出来る。
そういえば本の中で『モーガン・アンブローズの前ではどれだけ門を厚くしようとすり抜けられるので意味はない』と書かれていたような気がする。
普通の人に使ったら壁に阻まれて辿り着けないだろうが、モーガン殿ならあるいは。
彼の情報は、物語と実際に会話したことで収集に必要な項目は埋まっている。顔も、声も、性格も、生き様も。シーザー様が大好きだって事も分かっている。
「ええい、失敗したら失敗したよ! 今は出来ること全部やってみるしかない!」
杖の先端が光り輝き球体を作り出す。
私は杖を天高く掲げ叫んだ。
「モーガン・アンブローズをここへ!」
穏やかな風が執務室に吹き込んでくる。本来ならばその穏やかさとは裏腹に、強制力のある風に絡め取られ何もかもが膜の中に吸い込まれるのだが――私は杖の先を見た。
球体はふよふよといつも通り浮いている。それだけ。一応風は流れ込んでいるみたいだが、耳を澄ましてもモーガン殿の声は聞こえてこない。
やはり人を収集するなど傲慢だったのだ。
そりゃそうである。仕方がない。失敗は引きずらない。次だ次。ここには私しかいないのだから、私がしっかりしなければ。魔法を解除しようとして、トン、と杖で床を叩く。その瞬間だった。
遠くの方から叫び声のようなものが聞こえてきた。
まさか――。
「あだだだだだだだだ! ちょ、まっ、何!? なんなのこれ! 待って待って、そんなに強く押さえつけたら壁に貼りついちゃうでしょ!? 僕は標本になるつもりはないぞ!? うわーん! 痛い痛い痛い痛いってばー! 僕痛いのダメなんだよぅ! 杖、杖! ――って、うわぁあ!?」
執務室の扉に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、それをすり抜けてモーガン殿が飛び込んできた。
彼は見えないなにかに引きずられるように球体の側まで連れてこられると、そのまま襲いかかってきた球体に飲み込まれた。
仕事は果たしたとばかりにふよふよと浮かぶ球体の中。モーガン殿はぐったりと横になって「なんなの……これ……」と杖を抱き抱えたまま放心していた。
なんというか。
本当にごめんなさい。
緊急事態とはいえ、後で謝り倒さなけれなと思った。
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