余命宣告されて嫁さんが子供を連れて家を出ていったおっさんだけど、異世界で体治す方法を探し出してついでに成り上がります!

園業公起

嫁に逃げられたおっさん異世界でエルフを拾う。

第1話 嫁さんに逃げられたおっさん、異世界に行く

 人生に躓いたとき、俺たちはどうやって失ったものを取り戻せばいいんだろう?










 俺の左隣に座る妻が俺の手をぎゅっと握っている。普段なら握り返せるのに、俺にはその気力はなかった。


「残念ですが、度会譜希ワタライホマレさんはもって余命一年ほどです」


 医師は俺のことをお気の毒そうに見ながら続ける。


「全身に広がる腫瘍は外科的手法で取り除けないほどに各臓器に密接に絡みついています。むしろこの段階で生き延びていること自体が奇跡です。抗がん剤や放射線治療などで進行を送らせてやっと一年もたせられる。そんな状況だとご理解ください」


 そんなの自分には関係ないと思っていた。いままで全部うまくやってきたはずだ。悪いことだってしなかった。いい仕事に恵まれて、良き妻を得て、子供もできて。そんな幸せな俺の人生はこの瞬間に粉々に砕けてしまったのだ。


「そんなぁ!なんとかならないんですかぁ!」


 妻はボロボロと泣いて医者に縋る。だが医者は首を振った。


「残りの時間を悔いなく大切にお過ごしください。医師としてはこれ以上のことは残念ながらできません」


 目の前がグラグラ揺れるような気持ち悪い感覚だった。いつ診察室を出て家に帰ったのか覚えていない。


「おかえりなさーい!」


 家に帰った俺と妻をまだ幼い息子が出迎えてくれた。妻は息子を抱き上げてぎゅっと抱きしめる。


譜希ほまれ、アルシノエさん、どうだったんだい?」


 リビングの方から心配そうな俺の両親が出てきた。今日一日息子を預かってもらっていた。俺は首を振った。それで両親も悟ったらしい。


「パパ、どうかしたの?」


 むすこは俺の方に手を伸ばす。俺はその手を掴んでいう。


「なんでもない。なんでもないよ。そろそろご飯にしよう。おじいちゃんたちも来てるし、美味しいものをいっぱい食べよう。光希こうき、何が食べたい?」


「ママのハンバーグ!」


 息子は無邪気にそう言う。まだ何も知らない。いいや知らせたくない。この子が大人になるところを俺は見られない。人生で初めて絶望という言葉の意味を本当の意味で知った。









 俺の両親が帰り、息子も眠った後、俺と妻は何も言葉を交わすことが出来なかった。俺はリビングのテーブルに家の権利書やら生命保険やら貯金やらの関係書類を広げて確認していた。そうでもしないと気がまぎれなかった。


「幸いというか、真面目に生きてたかいがあるね。俺が死んでも生命保険でお金がいっぱい下りるし、家のローンも死亡でチャラになるから二人が住むところも困らない」


「やめて」


「でも大事なことだよ。ちゃんと準備しておかないと」


「あなたがいなくなることの準備をなんでしなきゃいけないの?!ううっ。あああっ!」


 妻は両手で顔を抑えて泣き出す。こんな時にどうすればいいのか全然わからない。いや。きっと誰もわかんないまま死んでいくんだろう。そう思うととても寂しい気持ちになった。俺は妻を抱きしめる。柔らかくて暖かい感触が寂しさを少しは和らげてくれるような気がした。


「いや。いや!いなくならないで!ホマレがいなくなるなんていや!」


 だけどもうそれはどうしようもないこと。俺には返せる言葉がない。暗い部屋でも彼女の銀髪は光ってみた。蒼い瞳は寂し気に濡れている。妻は俺の唇を奪ってくる。深く激しく絡めてくる。死の宣告を食らったのに、体は目の前の女を求めてる。不思議だ。そのうち死ぬのに、まだ生きてるんだ俺。














 朝になり目を覚ます。昨日の夜のことを思い出す。美しい妻と散々に交わって幸せだった。だけどそれも限りあることだと思うと、酷く寂しい感情に変わる。ベットから起き上がると。すでに妻がベットにいないことに気がついた。俺は適当に部屋着に着替えて寝室を出る。


「あれ?なんでこんなに静かなんだ?」


 息子はまだまだやんちゃ盛りだ。いつも賑やかに騒ぐ。家の中が静かになることなんてない。まだ息子は寝ているのだろうか?いやもう起きているはずの時間だ。俺は一回のリビングに降りる。やっぱり人がいる気配がしない。


「アルシノエ?光希?どこ?」


 リビングに二人はいなかった。今日は休日だ。家のどこかにきっといるはず。俺は家の中で二人を必死に探す。だけど何処にもいなかった。


「コンビニか?スーパーか?どこに行ったんだ?」


 俺は妻に電話をかける。だけど電話は発信音だけを鳴らし続けて、妻が出ることはなかった。


「なんだ?なにかあったのか?」


 俺はひどい不安に襲われてリビングをうろうろする。するとテーブルに一通の細長い封筒が置かれていることに気がついた。それを開けて、中に入っている紙を開く。するとそこには。


『家を出ます。私たちを探さないでください。アルシノエ』


 そう書かれた手紙が入っていた。


「ええっ…何だよそれ…嘘だろ…」


 妻が息子をつれて家を出て行ってしまった。


「あっ…そっか…俺、捨てられたんだ…」


 病気になってもう死ぬ俺を見限って妻は俺を捨てた。そして子供を連れて出て行ってしまった。情けない夫を捨てるなんてよく聞く話だ。でもこのタイミングはいくらなんでもあんまりだよぅ。


「ううっ…アルシノエ…光希…ううう、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 死ぬ前に大事なものを失ってしまった。俺に残されたのは病に侵されたポンコツの体だけ。もう何もできない。俺の人生はこの瞬間意味を失った。









 余命宣告を食らっても妻子に捨てられても、普段のルーチンは簡単には変えられない。月曜日になって、俺は勤務先の大学へ行って学生どもに講義し、自分の研究室の学生たちを指導し、自分の研究を進めて、あっという間に勤務時間を終えた。いつもならウキウキ気分で家に帰る。そのはずだが、妻も子も家にはいない。だから俺には居場所がどこにもなかった。だからだろうか自然と飲み屋が俺の居場所になってしまった。酒を飲んでいるうちは嫌なことを忘れられる。そんな生活をしていて金曜日をあっという間に迎えた。俺は歌舞伎町のバーで飲んでいた。


「もっと滑らかでもキツいやつくれよ」


 バーテンダーにそう頼んで、カクテルが来るのをぼーっと待っていた時だった。俺の隣の席に女が座った。


「あたしにもこの人と同じやつをちょうだい」


 となりに座ったのはド派手な格好の女だった。ピンクのフリルシャツに黒のスカート、ニーソにヒール。そして髪の毛が一番ヤバい。ちょうど頭の半分が金髪で残り半分が黒髪。地雷系ってやつだろうか?だけど顔はとても綺麗で美しい。


「誰だか知らないけど、隣座るのやめてくれないか?俺は一人で飲みたいんだ」


「そう?でも誰かと一緒に飲む方がずっと楽しくないかしら?」


 なんか食い下がってくる。美人局の類だろうと思った。だから皮肉を投げかけてやる。


「パパ探したいなら、トー横にでも行け。俺は既婚者なんでね。女には困ってないんだ」


「あら?この間奥さんに逃げられたって聞いてるけど?あたしの勘違いだったのかしら?」


 俺は女の方に振り向いた。なぜならば妻が家を出ていったことはまだ誰にも話していないからだ。


「おい。何で知ってる?お前誰だ?」


「あら?ひどいわね。あたしのこと忘れちゃた?これでも思い出せない?」


 地雷系女が俺の方へと顔を近づけてくる。今にも唇が触れそうなくらいの距離。女の瞳は赤かった。珍しい色。コンタクトかと思ったが不自然さがない。だけどそれで思い出した。


「お前、調月なのか?」


「ええ、久しぶり。でもどうせならそこは下の名前の枢って言ってほしかったわね」


 目の前の女は知り合いだった。調月枢。同じ大学に通っていた同期生。学部は違ったが。


「何の用だよ」


「あら冷たいわね。元カノと運命の再会をしたんだから、少しは郷愁に浸ったりしてみたらどうなの?」


「むしろアラフォーのお前がそこら辺のガキどもと同じようなファッションをしていることが衝撃過ぎるよ」


 元カノとの再会よりも、同い年の女が年甲斐もない恰好をしている方が動揺する。でもおかしい。調月の見た目は明らかに若い。若作りとか化粧ではなく、実際に肉体年齢が若いようにしか見えない。


「で、妻に逃げられた男のところにどうしてその元カノさんがやってくるんですかねぇ?怪しすぎてしかたがない」


「そうね。まずはこの機にあたしたちやり直さない?」


「余命一年なのに、誰かと付き合えるわけないだろ」


 どうせこれは調月の冗談だろう。むかしからこういう変なジョークを飛ばすようなところがあった。だけど看取ってくれるというならば魅力的に思える提案だった。


「あら残念。じゃあもっといい話をしてあげる。あなたの病気直す方法があると言ったらどうする?」


 俺は目を見開く。あり得ない話だ。余命告知だって何名もの医師が関わって総合的に判断しているのだ。この世に俺の病気を治すすべはない。


「この世界に俺を治す方法なんてないんだよ。ふざけたこと言うな」


「ええそうね。この世界にはない。でも他の世界ならどう?」


「他の世界?」


「異世界のことくらいあんたでも知ってるでしょ?」


「ああ常識だろ。20年くらい前に発見された次元を隔て存在する別の世界。異世界エスペランサ。ダンジョン攻略だの開拓スローライフだのの動画なら俺だってたまに見てるぞ」


 近年この地球とは別の世界が発見されて行き来が出来るようになった。地球は人口問題、資源エネルギー問題の解決のために異世界を『開拓』することを決めた。


「でも異世界で見つかった薬とかならこっちの世界にもすぐに流通するだろ。でもそんな薬がこっちに届いてないってことはないんじゃないの?」


「いいえ。異世界エスペランサはとても広大よ。こちらにまだ流通していないアイテムなんてごまんとあるわ。実はあなたと同じ症例を回復させた霊薬の存在がエスペランサの国連拓務庁の研究機関のデータベースにあったわ」


「なに?ほんとうなのか?」


 異世界エスペランサの開拓は国連が主導している。その下部機関である拓務庁というところが開拓事業の監督を行っているそうだ。


「ええ。データベースには記録が残ってた。でも肝心の霊薬のサンプルはどこぞの誰かに強奪されてしまったみたいね」


「成分分析のレポートや関連論文はないのか?」


 俺は物理化学を専攻する科学者だ。純粋にその薬の成分に興味を持った。


「残念ながらないわ。だから実験室で精製は無理ね。その霊薬は異世界エスペランサにいるどこかの先住民族の伝統の秘薬だったみたいね。研究が行われる前に、研究所からどこかの勢力が強奪していって研究はとん挫したわ」


「じゃあ意味ないじゃないか。変に期待もたせやがって」


「でも異世界にはあなたの体を治す方法は確かにある。それが事実よ」


 調月は艶美な笑みを浮かべて俺にしなだれかかってくる。


「まだ余命が一年残ってるんでしょう?ならその間に体を治す術を異世界で探せばいいのよ」


「いや。いくらなんでもそれは」


「なに?あなたに失うものって何かあるの?もう仕事くらいしか残ってないでしょ?でもそれだって奥さんに逃げられて情熱もなくなった。なら異世界で一発逆転のギャンブルに出る方がよほど健全ではなくて?ここで酒におぼれるよりもずっといいわ」


 調月の目は真剣だった。彼女は俺の頬を撫でる。


「あたしもまだあんたに死んでほしくないの。ねぇもしかして奥さんに逃げられて誰も自分が死んでも悲しまないって思ってる?ならそれは間違いよ。あんたが死んだらあたしがビービー泣いてあげる」


 バーテンダーがカクテルを俺たちの前に置く。調月はそれを手に取った。


「それともあんたは戦うことから逃げて死んで、あたしを泣かすのを良しとする?あたし、そんな情けないおとこと付き合った覚えはないわね」


 これは本当に希望なんだろうか?調月は適当なことを言って俺から財産をかすめ取ろうとしているとか?でもそんなことして何になるというのか。それにもう絶望に浸るのも飽き飽きしていたところだ。偽りかもしれなくても希望に乗り換えてみたい。


「わかった。俺は異世界に行く。体を治す方法を手に入れるために!」


「そうよ!そうでなくちゃ!」


 俺たちはカクテルで乾杯する。


「いいわね。あたしは拓務庁の研究機関で働いているからサポートはいくらでもしてあげる。逃げた奥さんに健康になったあなたを魅せつけて思い切りざまぁしてあげましょうよ!ふふふ」


 調月は今後のことを楽しそうにぺちゃくちゃ喋る。こうして俺の異世界行きが決定したのである。


















***作者のひとり言***



一本道のRPGもいいけど、オープンワールドで採集とかクエストとかこなしてキャラを育てたり、世界の秘密を調査する系のゲームとかに憧れを感じています。


本作はそういうオープンワールドで様々な勢力がガチンコバトルしながら、冒険と開拓を行っているそんなお話になる予定です。


読んでいただければ幸いです。



てか嫁さんに逃げられるの…つら…。

元カノも地雷系なの…つら…。


まともなヒロインだしてあげなきゃ(使命感)




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