私の絵から大魔法!? 〜魔法適正がないはずの空っぽ公爵令嬢、嫁ぎ先で未知の魔法を連発し、世界とか救ったり〜
斎藤
プロローグ
「ほんとに結婚式しないんスかね」
「金と時間の無駄らしいぞ」
門兵が二人、ぼーっと空を眺めながら話していた。
「父親よく許しましたね」
「その父親が一メルも出さないし式にも出ないと言い切ったらしい」
「一人娘じゃなかったでしたっけ」
「なんでもものすごい魔力を持ってるけど魔法が一つも使えないとかなんとかで」
「そらダメですねえ」
二人が話していると、脇戸が向こうからごんごんと叩かれた。顔を引き締め、左側に立っていた門兵が周囲を警戒してから「いいぞ」と声をかけると、交代の若い門兵が片手を上げつつ戸をくぐる。
「お疲れっす」
「お疲れ」
「なあお前、奥様って見た?」
交代していく左側の門兵を見送るより先に、右の門兵が交代の若手に話しかける。若手の門兵は待機の構えを取りながら、あぁ、と頷いた。
「可愛いらしいっすね」
「まじかよ」
「そらそうでしょ。美しくないと高位の方には嫁げないですよ」
お母様似らしいですよ。と若い門兵は答えた。
「でもあれですよ。相当頭がアレらしいです」
「マジで?」
「生まれてこの方ずっと塔に幽閉されて生きてきたから、夢見がち通り越して見えちゃダメな世界が見えてるとか、ここにいるけど本人の頭の中で妖精さんとお花畑で住んじゃってるみたいな感じに言ってましたよ」
「言ってたって誰が」
「ついてきたメイド」
「あの送り届けて辞めていったメイド!?」
馬車に詰め込まれていた荷物を下ろすと、そのまま辞めていったと噂のメイドだ。ちなみにそのメイド以外に、実家から連れてきた人間は一人もいなかったらしい。
「まだ街にいますよ」
「何。手だしたの」
若い門兵は答える代わりにニヤリと笑って敬礼した。交代に入りそびれた先輩門兵がその膝をガンと蹴る。
「大丈夫かねえ、旦那様」
どうやらかなりアレな伴侶を迎え入れてしまった自分達の主人を思い浮かべつつ、門兵たちは空を見上げる。
と、そこに黒い点が見えた。今までやる気のかけらも見えない様子だった門兵たちの顔つきが変わる。
「伝令」
「行きます」
今交代しにきたばかりの若い門兵が全力で走り去る。重い鎧をまとっていてもなお常人よりはるかに早いスピードで。
しかしそれより黒い点が迫る速度の方が早かった。今空には小石を巻いたように複数の点が散っており、大きくなってきている。
最初の点だった黒い姿は、もはやはっきりと魔物の輪郭を読み取れるほどになっていた。
避難を指示する鐘があらゆる塔から鳴り響く。
隣の人の話し声も聞こえないほどの喧騒を、さらに魔物の雄叫びが掻き消した。
=====
「好きに生きろ。屋敷からは出るな」
部屋に入ってきた、自分の夫らしき男性は、それだけ言うと慌ただしく部屋から出ていった。
十日前のことだ。
「カルティナ様」
メイドのトピカに声をかけられ振り向くと、トピカが二つのドレスを持って立っていた。紫色のドレスと赤いドレスだ。どちらも強そうでとてもかっこいい。トピカが持つとどちらも短いドレスのように勘違いしそうになるが、きっと自分が着たら裾を引きずってしまうのだろうなと思った。
トピカは無言で待っている。どちらかを選べと言っているのだ。トピカは口から出す言葉が少ない。分からないときはとにかく右を選ぶことにしているので、右の紫色のドレスを指差した。トピカは無言で頷いて、着替えを手伝ってくれた。髪も、頭が首から取れてしまいそうになるけれどもきっちりと結い上げてくれる。
「本日はいかがなさいますか」
「わかりません」
答えると、トピカは頷いてドアのそばに立った。これで一日はほとんど終わりだ。まだ朝だけれど、他にやることもないし他に話すこともない。これが一日で起こることの、だいたい全部だ。お風呂の日でもないし、礼儀作法の日でもない。というより、この部屋に来てから礼儀作法の日も読み書きの日もなかった。塔に暮らしていた頃よりずっと予定が少ない。会話は多くなったけど。
何も指示されないので、窓際に置かれた椅子に座って、何か言われるのを待つ。例えば食事の時間ですよとか、お手洗いに行かれませんかとか。
「……好きに生きろって、どういう意味なんだろ」
夫、という存在がどういうものなのか、カルティナは知らない。この間はじめて父親という人を見たのだ。男の人というのは大きいものなのだなと思った。おそらく人間は大きいと男で小さいと女なのだと思う。確かそういう生き物がいるのだ。大きくなるとオス。大きくなれないとメス。でも男とオスの違いが、ちょっとよく分からない。おそらくカルティナは小さいのでメスか女かのどっちかだ。トピカは……分からない。大きさで判断するとオスのメイドだ。でも感覚ではオスじゃないと思う。理由は綺麗だからだ。顔が二色でとても綺麗だ。礼儀作法では、綺麗だと褒める相手は女で、素敵だと褒める相手は男だった。つまり、トピカは綺麗なので女のはずなのだ。
そういう意味では、旦那様——たった一瞬顔を合わせて声をかけられた夫、は、女だということになる。トピカも綺麗だが、旦那様はそれを上回る美しさだったからだ。でも夫というのは男がなるものだ。だから旦那様が女だとおかしなことになる。
「よく分かんない」
窓際で椅子に座りながら、カルティナは空を見上げる。
そこは連日変わらず、黒い点が飛び交い、煙が立ち昇って黒く汚れていた。
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