第10話死闘

周囲をざっと見渡す。

その闘技場コロシアムの広さはおおよそではあるが、野球場ほどだと思われる。

石の椅子が並ぶ観客席には誰もいない。


闘技場コロシアムのほぼ中央に獣王バルザックが人を見下した笑みを浮かべ、こちらを見ている。

獣王バルザックの背後に女性が九人いる。

その中の一人に滝沢詩音が救出したい人物である咲がいる。


「きゃつはあの見た目で魔術が得意なのじゃ」

世羅の言葉から推測するとこの空間は獣王バルザックの魔力によって造られたものであろう。これだけのものをいとも簡単に造り上げるのはやはり魔王である証拠といえよう。


「さあゲームの始まりだ!!」

声高らかに舞台俳優のように獣王バルザックは宣言する。

僕たちを案内したあの金髪グラマーが前方に歩みを進める。

両手を地面につけ、女豹のポーズをとる。スタイルがグラマーなのでなかなかエロい。

いや、敵であろう者にエロい気分になっている場合ではない。

「ぎゃおおおっ!!」

金髪グラマーが雄叫びをあげる。みるみるうちに彼女の体が変化する。

ものの数秒で豹になってしまった。

金髪グラマーは文字通り女豹となったのだ。


「いや、あんなのになりたくない!!」

咲が叫ぶが体が勝手に変化している。彼女は銀狼になってしまった。

他の女たちもそれぞれ獣に変化する。

虎に獅子、剣虎、大鷲、大猿、ばかでかい角を持つ山羊に月の輪熊と多種多様だ。


「こいつは盛大なおもてなしだな」

左眼寺が減らず口を叩く。


「来る!!」

滝沢詩音は短く言い、迎撃体勢をとる。

すぐそこまで女豹が迫っていた。

その凶悪な牙で滝沢詩音を噛み砕こうとする。

すかさず抜刀し、滝沢詩音はその攻撃を防ぐ。ガツンッという鈍い音がする。鉄と牙がぶつかりあう音だ。

滝沢詩音は日本刀で攻撃を防ぎ、さらに女豹の腹めがけて蹴りを放つ。

蹴りの衝撃で女豹は数メートル後方に吹き飛ぶ。

マルコキアスによって強化された滝沢詩音の攻撃力はかなりのものだ。

その攻撃を簡単に防ぐ獣王バルザックのレベルの高さが容易に推測される。

滝沢詩音が弱いのではない。

獣王バルザックが強すぎるのだ。


次に月の輪熊が世羅めがけて襲いかかる。

その鉄のような爪で世羅を切り裂こうというのだ。

「ふんっ小賢しい」

面倒くさそうに手を空にかざす。

世羅の白い手がぱっと一瞬輝く。

気がつくと世羅は長槍を握っていた。

その長槍は見るもの全てに恐怖を覚えさすような禍々しいものであった。色は赤黒く、何百年もかけて血をにじませたのではないかと想像させた。

串刺し公の槍ヴラドスピアよ、我が敵を滅ぼせ」

二メートルはあるその長槍を世羅はいとも簡単にくるりと回す。

月の輪熊の必殺の攻撃を軽いステップでよけ、串刺し公の槍ヴラドスピアを突き刺す。

月の輪熊の顎から脳天を長槍が突き抜ける。

鮮血がシャワーのように吹き出し、月の輪熊は後ろに倒れる。


絶命した月の輪熊はもとの人間に戻った。


やつらは殺せばもとの人間に戻る。でも、それでは滝沢詩音の友人である咲は救えない。殺してしまってはもとこもない。

いったいどうすればいいのだ。

僕たちの中でまともに戦えるのは世羅と滝沢詩音だけだ。世羅の力ならばこの獣の兵団を葬りさるのは容易いだろう。

だけど、それでは咲は救えない。

救う手だてはないのだろうか?


よう、兄弟、お悩みのようだな。


こんなときに何だっていうんだ。サタンの声が頭の中に響く。


まあそんな邪険に扱わないでくれ。ちょっと力を貸してやるぜ。


サタンの言葉の後、左目に激痛が走る。

思わずうっとうなり、左目をおさえる。痛みはすぐにおさまる。

あれっ視界がおかしい。

僕たちを包囲し、食い殺そうとしている獣たちの体の一部分が光っている。

それに獣の体の下に赤と青のゲージが上下に並んでいる。

まるでVRゲームの画面のようだ。


赤が体力ゲージ、青が魔力ゲージだ。

試しにバルザックの野郎を見てみろ。

サタンが脳内で言う。


僕は左目に意識を集中させ、バルザックを見る。両方のゲージが飛び抜けて高い。両方とも高いが青の魔力ゲージの方が高い。


こいつがアンドロマリウスの能力蛇眼スネイクアイだ。敵のステータスを見抜く能力だ。


ご丁寧にサタンが説明してくれる。


なんとなくだがわかったような気がする。

あの獣たちの光っているところに魔力が集中しているような気がする。ということはそこだけを破壊すれば元に戻せるのではないか。


ダメ元でやってみる価値はある。


僕は銀狼を見る。

銀狼の額の所が淡く光っている。

「世羅、銀狼の額だけを攻撃できないか。殺さないように頼む」

僕は世羅に言う。

世羅は大鷲の翼を切り裂いていた。

大鷲は人間に戻る。そこには両腕を切断され、出血多量で死んだ女性が寝転がっていた。

「無茶を言う」

次に来る剣虎の牙を紙一重に世羅はよける。

「世羅ならできるよね」

「その言い方はずるいよ、ダーリン」

くるりと串刺し公の槍ヴラドスピアを回転させる。


銀狼は目を充血させ、世羅に襲いかかる。鋭い牙で切り裂こうとする。おそらく人間だったときの自我がなくなっている。

目の前の敵を殺すことだけを命令されているのだろう。

世羅は地面を蹴り、銀狼の背に飛び乗る。

長槍の切っ先で世羅は器用に額部分だけを切りとる。光る石は銀狼から離れて、地面を転がる。


銀狼はあの痩せた女性に戻る。

「ほれ、こいつを頼む」

軽々と咲の首をつかむと世羅は投げて寄越す。

「おいおい、乱暴だな」

左眼寺が咲の痩せた体を受けとめる。


よし、やったぞ。咲を助け出した。


僕は残る敵の光る部分を世羅に切りとるように頼む。

「もう、普通に殺すだけの方が楽なのに」

ぷっとふくれる世羅の手を握る。

「世羅、頼むよ。世羅にしかできないんだ」

「もう、またダーリンはずるい」

世羅は残りの敵の光る部分をすべて切り取り、もとの女性に戻した。

人間に戻った女性たちは意識を失い、地面に転がっている。


「ほう、魔力中枢だけ破壊するか。思ったよりやるな」

まだまだ余裕の笑いを浮かべてバルザックは言う。


「ならこれはどうだ!!」

獣王バルザックは指を何度も上下左右にもふる。

奴は何をしているんだ。


「しまった!!」

世羅が珍しく慌てる。

地面に転がっていた光る石が世羅を取り囲んでいた。ひかりの魔方陣が展開され、世羅を閉じ込めてしまった。

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