第2話目が覚めたら五体満足

はっと目を覚ますと視界に入ったのは僕が知る限りもっとも美しい女性の顔であった。

それは吸血鬼、いや吸血姫の世羅のものだった。見とれるほど美しい顔が僕の眼前にある。距離はおおよそ三十センチメートルほど。ふっと甘い吐息が鼻腔をくすぐる。


僕が目を覚ましたのを確認すると美しい顔に笑みを浮かべる。


「ダーリンおはよう」

冷たい指で僕の髪を彼女は撫でる。


僕は起き上がり、周囲をみる。

どうやらどこかのホテルの一室のようだ。

大きなベッドに僕は寝かされていたようだ。

部屋はかなり広い。恐らくだけどスイートルームに違いない。

電気がついていないのにかなり部屋は明るい。あの地震以来、電気はとまっているのでこれだけの光を見るのは久しぶりだ。


どうやら部屋のあちこちにLEDのランタンが置かれているから、このように明るいようだ。


僕はまぶしい光に目を細めながら、違和感に気づいた。


「あれっ、左目が見える」

そうだ、前のようにちゃんと見える。やはり両目で見ると視界が広くていい。

違和感はまだある。

僕は無くして久しいものを見た。

それは左腕であった。

この左腕は異次元の波から現れた狼の怪物に食いちぎられたはずなのに。

試しに指を開いたり閉じたりする。

僕の意思通りに左手はスムーズに動く。


「ダーリンの体治してあげたよ」

そう言うと世羅は僕の体を抱きしめる。やはり彼女は人間ではない。その体は冷たい。でも柔らかくて心地よい。


「うーんまだ熱あるみたいね。損傷した体を急に治したからかな」

世羅は僕の体をべたべたとさわる。

こんなに女の子にべたべたと触られるのは初めてだ。

二十六歳の僕は生まれてこの方彼女なんていた試しはない。年齢と彼女がいない歴が同じなのだ。こんなに触られると興奮してくる。

もしかするとそれで体が熱くなっているのかもしれない。


「ちょっとした魔術で治してあげたよ」

えへんっと世羅は豊かな胸をはる。


「ねえ、褒めてよダーリン」

そう言うと自らの白い頭を僕の膝の上に置く。

これは膝枕に近い。

あの恐ろしい吸血姫がどうしてこのような行動をするのか疑問だった。

「褒めっててば!!」

ちょっと怒り出した。


正解はなんなんだ。

もし間違えれば死ぬのか。

生殺与奪の権利は間違いなく彼女にある。


僕はためらいながら世羅の形のいい頭を撫でた。白髪の触り心地は最高に良い。キューティクルが素晴らしい。

「えへへっ」

と満面の笑みを世羅は浮かべる。


よかった。どうやら正解なようだ。


「ねえ、さっき言っていた私のこと好きって本当なの?」

世羅は訊く。


それは間違いなく本当だ。僕はどうせ死ぬなら彼女に食べられたいと思ったほどに好きなのだ。


「ええ、世羅さん。あなたのことがすきです」

「じゃあ、世羅って呼んで」

「は、はい。せ、世羅……」

あの恐ろしい吸血姫を呼び捨てにするなんて命がいくつあっても足らないと思われたが、ここで呼ばなければやはり死ぬかもしれない。

どうせ死ぬのなら、呼び捨てにしてやろう。


「でへへっ」

見たことのないでれでれとした顔で世羅は笑う。

よし、これも正解だったようだ。

もしかして、ベタなバカップルみたいなことをしたら世羅は喜ぶのか。


しかしどうしたら左目と左手を回復させたのだろうか。もしかして、と思い左足をみてみるとどうやらそこも治っている。

僕は五体満足の姿に戻っていた。


異世界からやってきた吸血姫にはこんなことぐらいは朝飯前なのか。


「元気になってよかったわ、ダーリン。ねえ、お腹空いてるでしょ。何か食べる?」

世羅は立ち上がり、クローゼットから何かを探している。


その間に僕はこの部屋の様子を観察する。

両目で見えるのは視界が広くていい。隅々まできっちりと見ることができる。

部屋はけっこう散らかっている。

床やサイドテーブルに本やDVDがあちこちに散らばっている。乾電池やモバイルバッテリーも転がっている。それに携帯ゲーム機もいくつかある。

これは立派なオタク部屋ではないのか。

床に落ちている本をよく見るとアニメ雑誌やコミックなどであった。


どういうことだ?

異世界からやってきた絶世の美しさを誇る吸血姫がオタクだというのか。

もしオタクだとしたら、僕と気が合いそうだ。僕も休日のほとんどはゲームをしたり、アニメを見てすごす真性のオタクだ。

僕は雪白市にあるアニメショップに買い物に来て、あの時空震に巻き込まれた。

妹と母親は別の街にいる。

いつかまた会いたい。

どうやら死なずにすんだのだから。


「あった、あった。これ食べる」

世羅が手渡したのは非常食の乾パンだった。

僕はそれを受け取り、缶を開ける。角砂糖と乾パンがぎっしりと入っていた。

角砂糖を舐める。

久しぶりの甘さに涙が出そうだ。


「はい、これもどうぞ」

今度はミネラルウォーターのペッドボトルを手渡された。蓋を開け、ごくごくと飲む。そう言えば喉がかわいていたのだ。


「あ、あの……」

「何、ダーリン?」

「ありがとう」

僕は礼を言う。体を治してくれただけでなく、食料も与えてくれた。僕は素直に感謝の言葉を言う。

「当たり前じゃない。ダーリンは私の伴侶になるんでしょ。ならこれぐらいは当然よ」

ふふっと世羅は微笑む。


伴侶ってなんだろうか。話が勝手に進んでいるような気がする。

「あの……世羅ってこの封鎖都市を支配する七人の魔王の一人なんだよな」

僕は聞いてみた。

彼女の言動は思っていたイメージとはかけはなれている。


「うん、まあ一応ね。他の六人はわらわには手を出せないぐらいには強いかな。でも支配地域は一番狭いの。このホテルとその周辺ぐらいかな。それに配下は一人もいないから。わらわはボッチだったから」

豊かな胸を抑えて世羅は僕に抱きつく。

「でも、もうボッチじゃないもん。世羅にはダーリンができたからね」

世羅は僕の顔を自分の柔らかな胸に押し当てる。息苦しいが気持ちいいものだった。


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