半身を失った僕は吸血姫の伴侶となる

白鷺雨月

第1話 死を決意した僕は吸血姫に告白する

 2022年9月にH県の中核都市である雪白市を大地震が襲った。瀬戸内海に面する地方都市が大災害にみまわれた。

 マグニチュード7.5を超えるその地震は雪白市に壊滅的なダメージを与えた。しかもなぜだかわからないが、異空間とつながり、ファンタジーゲームで見るような怪物や魔物があらわれ、生き残った人間を襲いはじめた。

 多くの人間がなくなった。

 その魔物たちの侵入をおそれた政府は雪白市を完全に封鎖した。


 僕たちは国に見捨てられた。


 荒れ果てた街を僕は歩いている。

 あの大地震から一年が過ぎた。

 僕はどうにか生き残ったが体の半分を失っていた。左目は潰れ、左手は魔物に食われ、左足は骨折がうまく治らずにろくに動かない。

 僕は生きているが、体の半分を失っていた。

 どのみちこのままでは死ぬと思った僕はある人物に会うことにした。


 その人物は異世界からこの街にやってきた七人の魔王の一人であった。

 彼女はいわゆる吸血鬼であった。人の血を糧にしていきるあの伝説の怪物だ。

 時空震とよばれるその大地震が起きた日、時空の歪みからあらわれたその吸血鬼を見て、僕は恋に落ちたのだ。

 その吸血鬼はとんでもなく美しかったのだ。

 白い髪に赤い瞳をしている。その美貌は人のそれとはあきらかに違った。僕はこれほど美しいと思う人物は初めてだった。一瞬にして心を奪われ、恋に落ちた。その人物は僕たちをたんなる食料程度にしか思っていないのにだ。狼に恋する羊のようなものだ。

 溢れ出す魔物から逃げながら、僕はその女性の美貌を記憶に刻んだ。いつか彼女と話したい。それは命がけの行為になることはわかっていたが、僕は彼女に会いたかった。

 どうせだれかに食われるのなら、彼女がいいとさえ僕は考えるようになっていた。


 その吸血鬼は週に一度、人間を狩る。

 だいたいの狩り場を情報屋からつかんだ僕はその場所に向かった。

「坊主達者でな」

 サングラスの情報屋は僕にそういった。

 そこは狩猟場であり食料採取場であった。

 その吸血鬼を探すため数日彷徨い歩き、僕はようやく見つけた。


「ふー随分人間が減ったのう……」

 やや高い女性の声がする。

 背の高い女性だ。白いドレスを着ている。そして特徴的な白髪はあの吸血鬼だ。その人間離れした美貌を見て、僕は確信を強めた。

 その吸血鬼はくるりと周囲を見渡す。

 足を引きずる僕と目があった。

 その吸血鬼は唇の端だけを見て、少しだけ笑った。

 それはきっと獲物を見つけた肉食獣の笑みであった。


 きがつくとその吸血鬼は眼の前にいた。

 一瞬にして僕に接近した。

 異世界からの来訪者はいろいろな特殊能力を持っている。僕たち人間がかなうはずがない。


 吸血鬼は僕の首に手をかける。赤い爪が頸動脈にささる。

 すっと血が流れる。

 その僕の血をうまそうに吸血鬼は舐めた。

「お主、ぼろろだが血は美味いのう」

 目の前に恋い焦がれた美しい怪物がいる。この人に食われるのなら、いいだろう。どうせ生きていても別の怪物に食べられて終わるだけだ。

 どうせなら絶世の美女に食われる終わり方も悪くない。

 だけど言いたいことだけ言って、死のう。


「お願いだ……」

 僕は吐き出すように声を出す。

「なんじゃ、この世羅せらに命乞いなぞむだじゃぞ」

 今にも吸血鬼世羅は僕の首筋に牙を突き刺そうとしている。

「一言だけ、一言だけ言わせてほしい」

 もうろうとする意識で僕は言う。

「いいじゃろう、わらわは慈悲深いのじゃ。最後の言葉、聞いてやろう」

 そう耳もとで世羅は囁く。


「あんたのことが……」

「なんじゃ、わらわがどうした」

「あんたのことが、げほっげほっ……」

 まずい、意識がとぎれそうだ。それに肺が痛む。この一年で僕の体はぼろぼろなのだ。よくここまで生きたと我ながら思う。

「ほれ言うてみい、わらわは気は長いがそれでも限界があるぞ人間よ」

「僕はあんたのことが好きだ。めちゃくちゃ好きだ」

 咳き込みながら僕は一気に言った。

 

はー言ってやったぞ。一世一代の告白だ。どんなに美しくても、相手は異世界から渡来した怪物だというのにだ。だが、これでいい。僕は思いを伝えたのだ。これでこいつに食われて死んでも本望だ。


「えっ嘘。それ本当なの?」

 世羅は僕の首を持ちぶんぶんと振り回す。

 やばい、血を吸われて死ぬんじゃなくくて絞められて死にそうだ。

「あっああ。あんたのことが好きだ」

 文字通り虫の息で僕は言う。

「へえっそうなんだ。わらわのことが好きなんだ。いやあ、こっち来てよかったわ。わらわに彼氏ができるなんて。ボッチ生活千年と十八年、ようやく彼氏ができるのか。じゃああんた殺すの辞める。彼氏になってくれるんだよね?」

 あれっなんか様子がおかしい。

 僕は柔らかいものに包まれている。

 なんと僕は吸血鬼世羅に抱きしめられていた。

 これはどういう展開なのだ。

 もしかして死なずに済むのか。

「なあダーリン、あんたの名前を教えてくれよ」

 ぎゅっと世羅は僕を強く抱きしめる。

 やわらかい胸が僕の顔にあたる。吸血鬼だけあってその肌はものすごく冷たい。

 しかし、いきなりダーリン呼びとはどういうことだ。

「ねえ、ダーリン。名前教えてよ」

「僕の名前は納谷なや界人かいとだ……」

 僕はそう名乗り、意識を失った。

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