第47話 王妃さまスーパーマーケットに行く
やっと着て行く服が決まる。有名なインスタグラマーと、結菜さんが最近使っている通販会社とのコラボ製品で、価格は7千円とちょっとだったそうだ。
「王妃さま、このワンピースはウエストアップでくびれ効果が抜群です。ポケットも付いているし、高級感のある生地で出来てます。スカートはすそのふんわり感がいいでしょ」
黄色と黒のワンピースを持っていたが、王妃さまは意外にも黒を選んだ。
「この服にアクセサリーを合わせる場合は、ゴールドかシルバーがゴージャスなコーディネートになります。だけど今からスーパーに行くんだから、カジュアルにさらっと着るのがおすすめですね」
結菜さんも自分の服を着だして、
「結翔さん、王妃さまの服、ファスナーを上げて差し上げて」
「えっ、あっ、あの、王妃さま、向こうを向いて、は、失礼か」
おれは何とか王妃さまに身体の向きを変えてもらい、背中のファスナーを上げようとするが、長い髪が邪魔をして出来ない。
「あの、えっと、恐れ入ります王妃さま、髪を持ち上げて頂けますか?」
気が付いた結菜さんが声を掛けると、王妃さまは両手で髪をかき上げてくれた。
黒いワンピースに包まれて現れた背中と白いうなじに、ドキッとしてしまう。
「メルシー」
おれがファスナーを上げ終わると王妃さまは振り向き、そう言って微笑んでくれた。
そしてドレスはウエストが高い位置にあるので脚長効果もあり、おなか周りがゴムなのだが窮屈ということもないと、この服に王妃さまはご満悦の御様子だ。
そして、3人はスニーカーを履いて、近所のスーパーに行く事になった。
ところがドアを開けて出たところに、隣のおしゃべりおばさんが居るではないか。
やな予感。
「あら、お出かけですか?」
「ええ、ちょっとそこまで」
結菜さんが答えると、
「ソコ、マデ」
王妃さまも答えた。
「あの、王妃さま」
「えっ!」
やばい。
「今あなた王妃さまって言った?」
「い、いや、そんな事言ってませんよ」
「いいえ、確かに王妃さまって言ったでしょう」
前回ひょんな事から現代にやってきてしまった安兵衛は、腰に刀を差していておれを殿と呼んでしまい、それを聞いて大騒ぎをしたおばさんだ。その時彼女は刀を持って歩いている人が居ると、警察まで呼んでしまった。
「もしかして、またチンドン屋なんて言うんじゃないでしょうね」
「いや、違いますよ」
おれはふたりを急がせてすぐその場を去った。
確かにあの時は、とっさに刀を腰に差す安兵衛をチンドン屋だと言ってしまったのだ。王妃さまをチンドン屋扱いにするわけにはいかない。
「王妃さま、外に出た時は別の呼び方にしても良いでしょうか?」
「…………」
結菜さんも同意した。人前で「王妃さま」と呼ぶのはちょっと問題だ。
「では王妃さま、これからは「マリーさん」ってお呼びしてもいいですか?」
「マリーサン?」
王妃さまが面白そうに笑った。
スーパーマーケットに入ると、やはり王妃さまはかなり目立った存在だ。黒いシンプルなドレスなんだが、肌が白いから美しさが際立っている。さらにその優雅な立ち振る舞いや歩き方が、まるで絵画から抜け出た貴婦人といった雰囲気。何人もの買い物客が、そっと振り返って見ているのが分かる。
「マリーさん、今夜は何が食べたいですか?」
と聞いても、王妃さまは何を選んでいいのかさっぱり分からない様子だ。
「魚は多分だめだろう」
「そうね」
「じゃあやっぱり肉か」
結局おれと結菜さんで適当に考える事にした。後はフルーツを見繕って、食後のスイーツを買おうとケーキの売り場に行く。
「――――!」
色とりどりのケーキがガラスケースの中に並んでいるのを見て、王妃さまが目を見張った。そうでしょうと、おれは少し鼻が高かった。奮発していろいろな種類のケーキを買う。
アパートに帰ってくると、まずシャワーを浴びて、その後でカレーを作る事にした。
「結翔さん、向こうを向いていて」
またか。
結菜さんと王妃さまが交代でシャワーを浴びるからと、後ろを向かされた。シャワーを浴びた後は、結菜さんから借りたジャージーとTシャツ姿になった王妃さまは、かなりリラックスムードだ。髪を乾かすドライヤーの使い方を教わっている。
だけどその王妃さまのぴっちりとしたTシャツ姿が……
ちょっと刺激が強すぎる。おれはなるべく見ないようにして、玉ねぎを刻み始めた。
意外にもカレーライスは好評だった。バナナやマンゴーなどフルーツも満足して頂けた。最後はコーヒーと紅茶を飲みながらのケーキだ。コーヒーも紅茶も17世紀のフランスでは宮廷で飲まれ始めている。
「――――!」
王妃さまは目を丸くしてご満悦。こんなにおいしいお菓子は初めてだと、買って来たケーキは全て平らげてしまった。
夜はベットがひとつしかないので、結菜さんと王妃さまがそこに寝て、おれはソファーで横になる事にした。
翌朝だった、
「いててっ」
身体が痛い。変な体形で寝苦しく、なかなか寝付かれなかった。それでもベットの王妃さまに気兼ねをして、起きてはいけないと、じっと我慢をしていたのだ。見るともうふたりは先に起きていたようだ。
「ユイナさん、ボンジュールは日本の言葉で何と言うのですか?」
結菜さんから言葉を教わった王妃さまが、おれの側に来た。
「ユイトサン、オ、ハ、ヨウ……」
勿論おれはすぐ反応する。
「あっ、王妃さま、おはようございます」
おれのすぐ傍にきた王妃さまは、良い香りがした。
朝食はトーストと目玉焼きにサラダ、後はミルクだ。
王妃さまは目玉焼きを面白がっていた。
ところが、そんな楽しい時間を過ごしていた3人なんだが、とんでもない情報が飛び込んで来た。
「結翔さん、ちょっと此処に来て」
結菜さんがパソコンの前でおれを呼んだ。
「なに?」
「いいから、ちょっと」
傍に行くと、
「これを読んでみて」
それはユミさんからのメールだった。このような情報を時空移転出来るのは便利だ。しかも自動翻訳がされている。だが、メールを読んだおれは思わず声を上げてしまった。
「嘘だ!」
そんなわけは無いだろうと。
「どうしよう」
「王妃さまに話さなくっては」
「だけど――」
「いずれ分かる事だから、仕方ないわよ」
メールの内容は、フランス革命の経過を知らせて来たものだった。王妃が逃亡してしまった事を知り、怒った革命派暴徒達は裁判もせずにルイ16世を処刑してしまったと言うのだ。
「王妃さま実は……」
王が処刑されたというショッキングな話に、呆然とする王妃さまは、しばらく声が出なかった。
「ユイナさん、ユイトさん、私はオーストリアに帰らなくてはなりません」
「王妃さま……」
その後ユミさんに頼んで、王妃さまをオーストリアに時空移転させてもらう事になる。王妃さまの滞在がこんなに短いものになるとは思ってなかったおれは、正直言ってショックだった。たった一晩だが、この上なくエキサイティングで楽しい時間だったのだから。
やがてオーストリアに帰られた王妃さまから、お礼の品と手紙がユミさんを通して送られて来た。結菜さんに翻訳してもらう。
「私の親愛なるユイナさん、ユイトさんへ。
おふたりと出会い、私の中で何かが変わりました。あのお住まいに行った事が本当なのか、今でも信じられない気持ちです。そして滞在中もとても楽しい時間を過ごさせて頂き有難う。ユイナさんから頂いた黒いドレスは、こちらでも大変な評判ですよ。それからカレーライスの味が忘れられません。あっ、お料理はユイトさんも手伝って頂いたのですよね。美味しかったです。それからお菓子の味は、今でも思い出します。
今オーストリアは強国に囲まれて、少し難しい状況にあります。母の身体の調子が良くないので、これからは私が何とかしないといけないかもしれません。母がせっかくフランスとの仲を取り持ってくれたのに、こんなことになってしまい、残念です。場合によってはフランスと戦火を交える事も考えられる状況です。と言うのも、外国の事情に詳しい者の話によると、そのフランスではナポレオン・ボナパルトという者がヨーロッパの全域を視野に入れた戦略を練っているのだとか。オーストリアも軍備を増強しなければなりません。
それから最後に、この手紙と一緒に、お礼の品をユミさんに頼んで送って頂きました。お気に召して頂けると嬉しいです。おふたりのご健康をお祈りいたします。
マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリッシュ」
お礼の品物とは、結菜さんにはゴールドとシルバーのネックレスで、おれにも同じくゴールドとシルバーのブレスレットの4点だった。
「わあっ綺麗、わあっ重たい!」
結菜さんが大興奮したのは、言うまでもなかった。
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