第45話 お前達は何者だ!


 やって来たバルク隊長が声を掛けてくる。


「ユート殿」

「バルクさん、来てくれたんですね

「戦さの消えた世界に、俺たち傭兵の居場所は無いのです」


 革の甲冑を身に着けたバルクは、おれの前でそう言って豪快に笑った。

 確かにルーマニアとモルダビアとの国境では、何も起こらなくなってしまっていた。双方共に本格的な戦闘は望んでいなかったようだ。ルーマニア軍も、モルダビア内でのルーマニア系貴族の要請から仕方なく出て来たのだった。



「まず王妃さまを紹介します」


 おれはクルムさんとバルクに、結菜さんを介して王妃さまを紹介してもらった後、現在の状況を説明する。


「クルムさん、バルクさん、この先に革命軍が待ち伏せしているようです」

「そんな奴らは蹴とばして見せましょう」


 すぐに行動しようと、バルクが声を上げる。だがおれは出来るだけ損害を出さない方法で敵陣を突破すべく、ある作戦を提案した。


「王妃さま逃亡の情報は既に革命軍に伝わっていると思われます。いずれ奴らは雲霞のごとく集まって来るでしょうから、今が最小限のリスクで突破できるラストチャンスです」


ここはこのようにしてくださいと、作戦を話した。


「ではそのように」


 傭兵軍団はゆっくり行進させる事にした。

 おれと安兵衛、クルムさんが先頭を行き、その後ろをバルク隊長が率いる軍団で、最後尾から結菜さんと王妃が目立たないように続く。




「あれは」


 村人の様子から得た感は当たっていた。革命派と思われる一群が、比較的広い場所で武器を手に待ち構えている。傭兵軍団は打ち合わせ通り、堂々と進んで行く。革命軍は明らかに戸惑っているようだ。それはそうだろう。これまで全く見た事のない集団がゆっくりと近づいて来たからだ。


「何だあの連中は!」

「あんな王党派が居たか?」

「いや、フランスの軍ではないぞ」

「スイスの傭兵でもないな」


 通常の戦闘ならば、銃の射程距離に入った時点で始まる。だが、革命軍は訳の分からない内に、傭兵軍団の接近を許してしまった。武器も構えない軍団が、特別戦闘態勢を取っている様には見えなかったからだ。

 声の届く距離まで近づくと、革命派のリーダーらしい男が甲高い声を張り上げた。


「待て、お前達は何者だ?」


 この状況だ、そう言っているのだろう。


「時空を超えて、遥か彼方の国からやって来た者だ」


 この際かまう事は無い、日本語で押し通す。


「…………」

「通らせてもらうぞ」


 さらに進み近づいて行くと、明らかに動揺している様に見える男が、


「い、いや、待て、何人もここを通す訳にはいかん」

「そうか」


 もちろんニュアンスがそう感じさせるだけで、言葉が通じている分けではない。このやり取りは全て気合いで進めているのだ。おれはバルクの方を振り返り、合図を送る。

 バルクは片手を上げると横に伸ばした――

 後ろに伸びていた軍団の列がゆっくり前に進み、横一列になった。革命軍は何が起こっているのか分からずに、ただ呆然と見ているだけだ。

 バルクがおれを見た。

 おれがうなずくと、再びバルクの手が上がり、軍団の全員が剣を抜く――

 ここまでくると、やっと事態を把握したのか、リーダーの男は顔を真っ赤にして叫んだ。


「撃て、撃て!」


 だがその命令は明らかに手遅れだった。なにしろこの時代の銃は発砲までに時間がかかる。17世紀の初頭に完成されたフリントロック式マスケットは、銃口から装薬と弾丸を詰めると撃鉄を少し起こして、ハーフコック・ポジションにする。その状態でフリズン(火蓋兼当たり金)を開け、火皿に点火薬を入れた後にフリズンを閉じ撃鉄をさらに起こしてコック・ポジションにする。これで発砲準備は完了、引き金を引く事が出来る。それでもなれた者なら1分間に3発は撃てたという。


 バルク隊長の図太い声が響いた。


「野郎ども、突撃だ!」


 革命軍は銃をまともに構える暇もなく、惨劇が始まってしまう。革命派の軍は統率の取れた正式な軍隊ではない。退役軍人から商人、農民などと様々な者達の寄せ集めなのだ。数では優っていても、戦さのプロである傭兵軍団に敵うわけがない。前列の者達が次々と斬られ、あっという間に散り散りになってしまった。



 フランス革命は王制に対する、日々のパンも無い貧困にあえぐ庶民の革命だという見方で、多分合っているでしょう。その点を見れば革命軍に正義があるようにも見えます。ところが王制を倒した後は、革命を共に戦った者同士が派閥争いから血で血を洗う抗争を始め、ギロチンはマリー・アントワネットの後、恐怖政治の為にとんでもない数の革命家や市民の首を落とした。

 逮捕拘束された者は約50万人、処刑されたものは約1万6千人、裁判なしで殺された者の数を含めれば約4万人にのぼると言われている。「民衆の革命政府の原動力は徳と恐怖である。徳なき恐怖は有害であり、恐怖なき徳は無力である」という言葉が革命政府を擁護した。果たしてどちらが正義なのか、などという議論が成り立つのか。どの時代でも、歴史には生き残るための戦いがあるだけなのだ。


「王妃さま、今のうちに急いで行きましょう」


 王妃と結菜さん、おれと安兵衛は馬に鞭を当て駆けだす。


「国境までは後半日くらいのようです」


 皆先を急ぐ事にしたが、傭兵の半数で王妃の周囲を囲み、しんがりをバルクと残りの兵に任せる。


 革命軍の姿が見えなくなると、並足にスピードを落とした。まだ国境までは遠いから、馬を疲れさせるわけにはいかない。

 しばらくすると王妃が結菜さんの側に馬を寄せて来る。


「ユイナさん」

「はい」

「あの方も貴女の国からいらしたのですか?」

「あの方?」


 ややうつ向き加減の王妃が、


「腰に変わった剣を差していらっしゃる――」

「あっ、安兵衛さんのことですね」

「ヤスベ……」


 王妃が結菜さんを見る。


「安兵衛さんは日本の剣豪です。強いんですよ」

「…………」


 馬の背で揺られる王妃は、黙って先を行く安兵衛の後ろ姿を見つめていた。

 この時、安兵衛は既に壮年であったが、マリー・アントワネットはまだ20歳だった。



 史実ではマリー・アントワネットとルイ16世との夫婦仲はあまり良くなかったと語られている。互いに好意は有ったようなのだが、気持ちが上手く疎通できていなかった。フランス革命間際までは距離をとりがちで、ふたりの部屋を繋ぐ隠し通路があったものの、使われることはほとんどなかったという。


 オーストリアはプロイセンの脅威から、フランスとの同盟関係を深めようとしていた。その一環として、ハプスブルク帝国の実質的な女帝として知られるマリア・テレジアは、自分の娘とルイ・オーギュスト(のちのルイ16世)との政略結婚を画策した。そして始まったフランス革命の前倒しであった。

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