第38話 感電した者
ダニエル氏は「知行地襲撃実行犯全員の首と引き換えに停戦する」との立場を変えていない。つまりいつでも戦闘を再開するというメッセージを発している。
今回の敵本陣襲撃の秘密兵器はスナイパーテーザー銃だ。
テーザー銃とスタンガンの進歩した型で、高圧ボルトの電流を弾丸のように発射できる。この電気銃はスナイパーと名が付くだけに、従来のスタンガンや電極の繋がったテーザー銃と違い、10から20メートルも離れた敵にヒットさせられる。両手で持つ大型だが、1回の充電で数回から、短くショックを与えるだけの撃ち方だったら10回ほども撃てる。予備のバッテリーも軍団各人に複数持たせる。
これを2百名の傭兵に渡す。もちろん早めに与えて、扱い方をマスターさせておく。残りの兵は剣だが、なるべく殺傷はさせないない予定だ。
「ユミさん有難うございます」
「数が多いので、集めるのに時間が掛かりました」
「これだけあれば大丈夫でしょう」
「ダニエルさんも合図が出次第攻撃に移って下さい」
「分かりました。ただし、必要が無ければ出撃を控えます」
4人と傭兵軍団全員の空間移動が成功したので、手分けして直ちに予定の行動に出た。
次々とスナイパーテーザー銃が発射される。敵兵は呻き声を出す者から、無言で硬直して倒れる者、苦悶の表情でのたうつ者と様々だ。
感電など知識も経験もない中世ヨーロッパの者には、何が起こったのか分からず、とんでもない混乱ぶりとなった。そして今回の襲撃の目的は司令官の身柄を確保する事。これは至上命令で、その為には無駄な殺傷を極力避けるように指示してある。
思いもよらない、悪魔の手にでもつかまれたような感電というショック。その恐怖を経験した者は皆傭兵軍団の指示に従い、剣を投げ出し降伏した。そしてついに司令官の身柄が拘束され、クルムさんの前に引き出される。クルムさんは司令官の縄を解かせると、
「私はクルム・ゲ・ベイといいます。司令官殿のお名前をお聞きします」
「ボフダン・リニツキーです」
「では、司令官殿には全軍に対して、直ちに降伏して投降するよう命令を出して頂きたい」
「…………」
司令官は名前だけを言い、後はクルムさんの要求を無視した。
「出して頂けないのであれば、仕方ありません」
クルムさんはスナイパーテーザー銃を持って来させると、
「覚悟して下さい」
狙いを司令官に向ける――
「あっ、いや、分かりました!」
既に感電は経験しているのか、狼狽した司令官はすぐ命令を出す事に同意した。
ところが投降命令は出されたが、なかなか徹底しない。
短時間での戦況推移もあって、本陣の状況がよく分からない。周囲の貴族陣営は混乱していたのだ。
「何故降伏するんだ?」
「まだ戦闘は続いているんだろう」
「投降とはなんだ」
しかし何度も指令が届くほどに、少しづつ状況が分かってきたようだ。
「本陣が占拠されたらしい」
「将軍たちも皆降伏したようだ」
貴族部隊の指導者たちが本陣に集められ、拘束されると、次第に投降を申し出る部隊が現れて、ついに全部隊が投降。銃器だけは全て没収されて、兵士は皆無事に帰された。知行地襲撃実行犯全員の首と引き換えに停戦する、との主張を続けていたダニエルさんは少し不満げであったが、何とか納得してくれた。
解放されて帰還したポルス家の司令官は即座に解任される。報告で戦況は不可思議な出来事ばかりだが、さすがにすぐの反撃は無理と思いとどまったようだ。それでもポルス家当主の怒りは収まらないと噂されている。
もちろんこの状況は、本国のルーマニアに報告される事となった。
暫く平和が続いたカヤンで、ユミさんがとんでもない事を言い出した。
「私、ダニエルさんともう一度旅行に行こうと思ってます」
「はっ、まさか」
「ええ、現代に、暫くの間……」
それはちょっとまずい。
「あの、ユミさんそれはちょっと――」
「ダニエルさんは良い人なんですよ」
「いや、ダニエルさんは良い人とか、そんな問題じゃ――」
「結翔さんは反対ですか?」
ここははっきり言うべきだろう。
「ユミさん歴史を考えて下さい」
「…………」
「もうめちゃくちゃになってしまうじゃないですか」
おれも確かに歴史を変えてしまった。それは言い訳出来ない事実だ。
だけどダニエル氏と出会ってからのユミさんは、まるで別人のようだ。企業家なら全体の情報を俯瞰して収集し、総合的に物事を考え判断しなくてはいけないだろう。ところがダニエル氏の何処が気に入ったのか、周りが一切目に入らなくなってしまった。とても大企業を率いている経営者とは思えない。これでは完璧絵に描いたような夢見る少女ではないか。
はっきり言って浮かれてる。熱病にでもかかったみたいだ。
「ダニエルさんと一緒に現代に行って、何をするんですか?」
「それは……、えっと……、あの、いろいろな所に行って……」
だめだこりゃ。
おれは安兵衛やカヤンの人達に別れの挨拶をして、一足先に帰る。
研究所ではおかんむり状態のピークである結菜さんのご機嫌を取って、まだ向こうは危険だからと納得して頂くのに苦労する。
その後おれと結菜さんが日本に帰った後、結局ユミさんとダニエル氏は、ふたりそろってパリ見物に行ったとか……
しらんわ、もう。
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