第37話 ユミさん、傭兵軍団全員を移動できますか?


 4人編成の刺客による度重なるポルス軍本陣への襲撃は、予想外の効果を上げていた。惨劇の現場が本陣であるが故、切り殺された者の中に重臣など幹部が多数含まれていたのだ。

 ポルス軍混乱の情報を得たダニエル氏は、即座に城門を開けて攻撃に転じた。


 5千を残して、城兵の1万と傭兵が堰を切ったように討って出たのだ。今回も最前線にいた農民兵は、たちまち戦意を失い潰走を始める。後詰めの貴族隊とぶつかり混乱したところに城兵が殺到する。

 一気に突撃を敢行した為、ポルス軍は火縄銃の2弾目準備が間に合わず、至近距離となりクロスボウさえ用をなさない。この地域でフリントロック式はまだ普及しておらず、火縄式が主流のままであった。しかし、フリントロック式は単純な構造で、射撃時火蓋を開ける必要も無いなど射撃間隔も縮めることが出来る。また火種を使わず、さらに火蓋を閉じたまま射撃体勢にかかることが出来るため、天候の影響が小さいのも大きな長所である。フリントロック式と入れ替わるのは時間の問題であった。だが、いきなり白兵戦が展開されてしまったため銃は無用の長物となる。

 戦場は両側が森林で囲まれているが、7から8キロほどに広がっていた。数の上では優位にあるはずのポルス軍だが、本陣の混乱から指揮系統が機能していないのか、バラバラな行動をする小隊が個別に撃破されていく。数千を超えるポルス軍の兵が討ち取られた

 そして戦況が一変する事態が起きる。ポルス軍の後方から、モルダビア正規軍2万が姿を現したのだった。

 正規軍からは両軍に使者が出され、停戦を勧告して来る。

 戦況を苦慮していたのか、ポルス軍の司令官はダニエル家の謝罪を条件に停戦しても良いと、モルダビア正規軍に返答をしたようだ。


「なに、謝罪だと!」


 飲みかけのワインカップが投げられ、床を赤く染めた。


「首だ、首を差し出せ」


 怒ったダニエル氏は、知行地襲撃実行犯全員の首と引き換えに停戦すると回答。

 双方にらみ合ったまま膠着状態になった。



「ユミさん、本陣の襲撃をどうしたら良いと思いますか?」

「モルダビア正規軍が仲裁に入った手前、今はやらない方が良いでしょう」

「そうですね」

「それよりも結翔さん、お話したい事が有ります」


 ユミさんが少し真剣な顔でおれを見て来た。


「話って、改まって何ですか?」

「私、この時代に残ろうと考えてます」

「えっ」


 おれはユミさんの言っている意味が、すぐには分からなかった。


「残るって、あの、研究所に戻らないって事ですか?」

「はい、実は私、ダニエルさんから求婚されたんです」

「……はあっ……あの……」


 青天の霹靂だった。確かにふたりはいい感じではあったと思うが。まさかそんなところまで進んでいたとは。今は戦争中なんだよ。だけどとにかくこの時代はのんびりしている。戦争と言っても現代の感覚は通用しないのかもしれない。しかし、問題は結婚しただけではないのである。とんでもないハネムーンが控えていた。彼に現代社会を見せてやろうと、ユミさんはダニエル氏を連れて時空移転をしてしまったのだ。

 もうめちゃくちゃだ!

 ユミさんはこれからどうするつもりなんだろう。


「ユミさん、一体何を考えてるんですか?」


 ハネムーンから帰って来たユミさんに聞いてみた。


「結翔さん、驚かせてしまいました?」

「いや、もう、驚くなんてレベルを超えてますよ」


 歴史が変わってしまうなんてもんじゃない。ハチャメチャだ。とは言うけど、おれもあまり人の事は言えない。かなり変えてきたからな。五十歩百歩だ。


「もしかしてダニエルさんを大都会に連れて行ったんですか?」

「その点は大丈夫です。田舎を選んで見せました」

「…………」

「オスマン帝国が無くなっているのには、一番驚いていましたよ」


 未来という世界を、何となくではあるが理解し始めているらしいとの事だった。


「ユート殿」


 後ろからダニエル氏にいきなり声を掛けられた。


「未来の世界ではオスマンが消えたんですな」

「あっ、はい、そうです」

「我々の世界でオスマン帝国は巨人です。そのオスマンが消えてしまったなどという事は、未だに信じられません」


 ユミさんの通訳なしでも、何度もオスマンの名が出て来るので、意味は何とか分かる。未来の社会を見て、それがよほど驚きだったようで、しきりにオスマン、オスマンと言っていた。現代で言えば、アメリカが滅亡して、消えてしまったほどのインパクトではなかったか。

 しかし、いくらのんびりした時代とは言え、城が攻められている最中なのだ。ユミさんとダニエル氏が、有ろう事かハネムーンに行ってしまうというショッキングな出来事の後、おれは何とか気を取り直して、


「ところでユミさん、この紛争を何とかしないといけませんね」

「そうですね、紛争と言うには大きすぎる感じですけど。確かに何とかしなくては……」


 実は、此処ははっきり始末をつけるべく、作戦を考えてあったのだ。


「そこでユミさん、敵の本陣襲撃の件ですが」

「はい」

「もう一度行きませんか」

「えっ」


 今回は傭兵隊長のバルクも同行させる予定だと言った。4人と合わせて5人になる。但し行くだけで刀や剣は抜かない。バルクに様子を見させたらすぐ戻る。


「刀を抜かないって――」

「今の膠着状態を一気に解決しようと思うのです」


 バルク隊長に空間移動を経験させておき、次は傭兵軍団全員を敵本陣まで移動させて急襲し、決着を付けようという作戦だ。短時間で結果が出てしまえば、正規軍もあまり文句は言えまい。長引けば隣のルーマニアとの関係がややこしくなる。それは望まないだろう。


「ユミさん、傭兵軍団全員を移動できますか?」

「やってみなければ分からないですけど……」

「もうここまで来たら歴史も何もない。とことんやってやろうじゃないですか」


 一度に全員が無理なら、何回かに分ければいい。どうせ移動は瞬時にすむ事だ。ダニエル氏には作戦を説明して、了解された。空間移動された隊長バルクは仰天していたが、さすが戦乱を潜り抜けて来た猛者だ。すぐに自分を取り戻した。


「ユート殿、本陣の様子は分かりました、やってやりましょう」

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