第20話 戦闘


 秀矩の指揮する兵を乗せた交易船4隻は、堺の港を出ると長い航海を経てシャムに着いた。途中ザーディン(現在のベトナムホーチミン市)の港で水と食料を調達する。その際シャムの情報を得ようとしたが、うまくいかなかった。

 シャムの南岸では南北に流れるチャオプラヤ川の河口付近に停泊する。茶色く濁ってうねる河の流れは速い。巨大な水草が次々と流れて来る大河である。首都のアユタヤはここから百キロほど上流にある。帆船で遡る事は困難だろうし、急いで進軍する必要はない。秀矩は夜明けを待って命令を下した。


「兵を下ろせ」


 そこは遠浅の海岸であったが、船に大砲は積んでなかったので、上陸にもさほど問題は無い。湿地や灌木など進軍の困難が予想されるシャムの地では、機関銃のような軽装備が好ましいと判断したのだ。

 火縄機関銃は90丁、新式火縄銃50丁で、侍の数は約5百人。軍隊としては非常に小規模な編成であった。

 だが、日本とは明らかに違う高温と湿気で、足場も悪く不慣れなジャングルを行くようだ。やはり大砲を持って来なかったのは正解だった。


「殿」

「どうした」

「斥候のような者達がおります」


 早速現れたシャムの軍人らしい者達が10人ほどでこちらの様子を伺っている。見知らぬ交易船が4隻も同時に停泊したのだ。昨夜のうちにも連絡が行ったのだろう。


「パイン殿、話をしに行きましょう」

「分かりました」


 既に日本の軍がシャムに来るとの情報が伝わっていたに違いない。ここはパインの協力がぜひとも必要だった。パインの通訳で、日本人を守るため止むを得ず進軍すると、こちらの意図を話し理解を得ようとしたが拒絶された。やがて散発的に小競り合いが始まる。


「連射はするな。しっかり狙って撃て」


 出来る事なら平和裏に解決したかったが、発砲を始めてしまった以上は仕方がない。少人数の敵はすぐ引き返して行った。


「前進するぞ」


 九鬼氏に率いられた百人ほどの水夫だけはそのまま船に留まる。部隊は北上して三日目、アユタヤまで後50キロくらいと思われる比較的開けた地点で止まった。

 ついに敵の大軍団が現れたのだ。新式らしい火縄銃を持ったポルトガル人傭兵隊が3百人は超えるだろう。後はシャムの弓兵と象兵が無数に並んでいる。

 日本の軍は4百から5百人くらいで大したことは無いと、そう判断したに違いない。シャム側は、いきなり全軍を投入する全面決戦を挑んで来たようだ。一気に片を付けようという気配である。


「幸長」

「はっ」


 幸長は既に高齢となっていたが、本人の強い希望で参陣する事になった。砲術家稲富一夢に師事したほど鉄砲にのめり込み、名手だったとも言われている。その生涯は火縄銃と共にあった。


「今度は容赦するな。撃ちまくれ」

「分かりました」


 敵をひきつけると、幸長の号令が下った。


「撃て!」


 横1列に並んだ火縄機関銃と新式火縄銃の轟音が響く。幸長の厳しい訓練を受けて来た鉄砲隊だ。1分間に6千から7千発もの銃弾が発射された。

 銃座で支えられた機関銃は新式火縄銃よりも射程距離が長く、口径が大きいから弾丸も威力のあるものだ。ポルトガル人傭兵の甲冑など簡単に貫いてしまった。ましてやシャム兵は金属製の甲冑など身に着けていない。次々を倒れていく。矢を射る暇もなく、引き返そうとして象も暴れ大混乱になった。前面に居たポルトガル人の傭兵は、始めて見る機関銃の威力に驚いて、退却しよとしたが全滅。シャム兵も半数は倒れ、ちりじりになって逃げて行った。



 山田長政はスペイン艦隊の二度に渡るアユタヤ侵攻を退けた功績で、アユタヤー王朝の国王ソンタムの信任を得ていたが、そのソンタム王の死後は王の遺言に従い、従兄弟のシーウォーラウォンと共にチェーター親王を王に即位させた。しかし、チェーター王はシーウォーラウォンに不審を抱き排除しようとして失敗し、シーウォーラウォンに処刑されてしまう。

 その後、チェーターティラートの弟のアーティッタヤウォン王が即位したが、あまりに幼すぎるので、官吏らはシーウォーラウォンに王位につくように願った。長政はこれに断固反対したために、宮廷内でシーウォーラウォン一派の反感を買った。結局シーウォーラウォンは摂政となり政治の実権を完全に掌握し、目障りになった長政を左遷してしまう。その後シーウォーラウォンが幼いアーティッタウォン王を廃位させ、自らが王座に座ったのである。

 そして長政を毒殺して、さらに日本人の復讐を怖れ、日本人町の焼き打ちを命じている。日本人の中には、なんとかカンボジアにまで逃れた者もいるという。

 その廃位させられていたアーティッタウォンの忠実な臣下が、秀矩の陣営にやって来た。秀矩の前に出ると、腰を落としてシャムの挨拶をする。


「日本の王に拝謁いたします」

「どうかお立ち下さい」


 その家臣は、病死した先王から続く苦難の道を語り、お味方になって頂きたいと話した。


「分かりました。お手伝いしましょう」

「有難う御座います」


 家臣は同志の者たちを集めて反撃のチャンスを窺いますと言い残し下がって行った。

 日差しは強くなり、焼けるような暑さの中を行軍して行く。シャムは1年を通して気候は三つあり、いずれもその暑さを表す次のような言葉がある。暑い、すごく暑い、めちゃくちゃ暑い、これしかないと。

 秀矩の軍が都に迫ると反撃は強まったが、弓が主力のシャム軍は、やはりここでも機関銃の敵ではなかった。さらにアーティッタウォンを慕う者達の反乱が起こり、ついに敵は壊滅させられた。

 秀矩達が見守る中で即位した新王アーティッタウォンは、逃げていた日本人達を呼び戻して、2年足らずで日本人町は再建された。日本とシャムとの間には友好条約が締結され。交易が盛んになって行くことになる。ただし、逆転してしまった明国人と日本人との経済界の勢力図は元に戻らなかった。






 ティグリス川西岸に建設されたバグダードの城壁は円城であり、四方に門を有していた。円城都市は、城壁が最小限でありながら、防禦に際しては死角がないところに利点があった。


「ヤスべ」

「はい」

「そなたならこの城をどう攻める?」


 一介の剣術家である安兵衛は、城をどう攻めるかと聞かれて、答える事が出来なかった。素直に分からないと返事をするしかない。だが、次の瞬間、安兵衛は自らの意に反して答えていた。


「1点を集中して攻撃するのが、よろしいかと存じます」

「…………」


 ムラト4世は安兵衛の顔を見て、その先を言えと促している表情だ。


「力攻めなら無駄な攻撃を控え、城壁の1点に集中して砲弾を浴びせ突破致します」

「よし、よく申した!」


 運ばれて来た大砲の全てが城壁の1点に向けられ、砲撃の合図を待っている。


「撃て!」


 轟音が轟き、城壁に巨大な砲弾が炸裂。その日のうちに城壁が崩れてぽっかり穴が開いてしまった。次は機関銃の出番だ。


「撃て!」


 数十丁の機関銃が、敵の弾が届かない高い櫓の上から狙い撃ちの連射だ。城内の兵は全く応戦する事が出来ない。一方的に撃たれるばかりだった。


「突撃せよ!」


 ムラト4世の号令が響いた。後はオスマンの軍勢がなだれ込むのを防ぐ手立てはなく、バグダードの城は陥落した。




 




 佐助は女子学行の初代総長となり、次々と女性の日常生活を変えていく。改革は女性たちの外見を変える事から始めようと考えた。

 パインの言う胴を締め付けるコルセットというのは、どうやら着物の帯のようなものらしい。佐助は結菜さんから見せてもらった未来のしゃしんと、パインから得た情報を参考に、時代に合った独自の服装を模索していく。

 コルセットや帯で身体を必要以上に締め付けるという事は、多分自然ではないだろう。だから未来の社会では廃れてしまったに違いない。それから今ヨーロッパで流行っているという、スカートの中に型を入れて大きく広げるなんて事も不自然だ。女性の服装はもっと自由に動けるものでなくてはならない。


「パインさん、絹だけではなくこのわんぴーすもヨーロッパに紹介して頂けますか?」


「サスケ」という呼び名で輸出してみようというのだ。外では無理でも、室内着や下着としてなら需要があるかもしれない。

 さらに佐助は、ヨーロッパのふぁっしょんは曲線で、それに対して日本の着物は直線だと、その違いに気づいた。だから曲線の中に日本の着物で表現される直線を入れる事によって、ヨーロッパの女性に新しい女性の美しさを提供出来るのではないかと。

 結菜さんからは沢山のしゃしんを見せてもらっている。袖の長さ、首回りのデザイン、絹を重ねることで膨らみを持たせることも出来る。佐助はアイデアが次々と浮かぶのだった。


「女子学行の制服はわんぴーすにします」


 まずは日本の女性たちの服装からアイディアを形にしてゆこう。佐助の強い意向もあり、制服は着ている人が歩くことで、自然に波を打つようなロングスカートにする。結わない髪の長さは肩くらいが理想だとする規定が決まる。そして制服は生徒たちが自ら学びながら仕立てをしていく。

 最も苦労したのは未来のしゃしんにも有った靴だ。それは下駄と足袋を組み合わせる事でなんとか作った。履き心地はまずまずだったが、多分こんなものではないかと、皆思い込むことにした。

 学行の女子たちが靴(?)を履き、優雅なわんぴーすを着て城下を歩くと、それは目立つ。といっても、なにしろ、時の将軍秀矩様からのトップダウンで決められた事だ。恐れる必要は無い。遂には数百人の女子たちが、わんぴーすと靴で歩き始める。見慣れてくると、城下ではそれが普通になってしまった。

 それから結菜さんはめいくと言って、盛んに化粧をしていたけど、今の時代には必要ないのではないか。若い女性がそんなに化粧をするのは、何か違う気がする。だから化粧に関してだけは後ろ向きだった。

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