第2話 よぞら(Side結音)

通信の授業が終わり、暇な時が流れる。


チラッと視界にピアノが入った、けどすぐにそらす。

中学までやっていたピアノ。

辞めたけど、何となく捨てたくなくて……未だに残っている。

10年分の思い出が詰まっているからだろうか。



『――お前なんかがっ!!』



心を突き刺す声が聞こえて、ぎゅっと目を閉じる。


……もう、辞めたんだ、音楽は。

二度とやらないって決めた。

それなのに……何で、視界に入れちゃうんだろう。

何で、思い出してしまうんだろう。


ちゃんと鍵を閉めたはず。

開かないように、硬く閉じ込めた。

そうすれば、思い出すことは無かったはずなのに。


「……テレビ、でも見よ」


暗い部屋にいても、気分は暗くなるだけ。


一階に降りても、誰もいなかった。

共働きで、夜まで両親は帰ってこない。

一人ぼっちなのはもう慣れた。

暗い部屋より、日当たりが良いリビングにいるだけで、少し心が軽くなるから。


ソファに座り、リモコンで電源をつけると、ニュース番組がちょうどやっていたところだった。


『今話題のシンガーソングライター、”よぞら”に迫る!』


「……よ、ぞら」


よりによってシンガーソングライター。

一瞬嫌な気持ちになったけど、少し興味はあるから見る気持ちはあった。


『よぞらさんは、ネットで活躍する正体不明の作曲家。もともとはネットグループの作曲担当でしたが、現在は解散し、一人で活動中。音声合成ソフトを使った動画が有名ですが、ここ最近は曲を提供しているとのこと』


画面の中心に、夜空さんのアイコンらしき画像が浮かぶ。

何もない、真っ黒な画像。

その周りに数々のMVのサムネイルが出てきては消え、出てきては消えを繰り返す。


『よぞらさんのファンにインタビューをしてみました』


画面が切り替わり、インタビューを受けた学生の映像が流れる。

たぶん、高校生くらいの子。


『歌詞がすごく刺さるんです』

『綺麗事に聴こえない』

『何度でも聴きたくなる』


学生以外にも、社会人や高齢者の方など、ファンの年齢層はすごく広い。

ツイッターのフォロワー、ユーチューブのチャンネル登録者数もそれなりに多く、そこまでマニアックな人ではなさそう。


『そんなよぞらさんの新曲であり代表曲でもある、「スピカ」はなんと、既に再生回数5000万回以上!一か月前に投稿された曲で、史上最速の記録なんだとか』


一か月で5000万回って、すごい。

ここまで言われるとどんな曲なのか、気になる。


『続いてのニュースです――』


次のニュースに変わり次第、私はいつの間にかテレビを消し、自分の部屋に戻ってパソコンを開いていた。

このパソコンは通信授業に使っている。

両親に中学の卒業祝いに買ってもらったものだ。


すぐにユーチューブを開き、「よぞら スピカ」と検索する。

なぜか、心が弾んでいた。

聴くのが楽しみで仕方ない、そんな気持ちだった。


一番上に例の「スピカ」のMVがあった。

サムネは中心に白い球があって、周りは深い青。

球の真ん中に水色の文字で「スピカ」とあり、まるでCDジャケットのようなデザイン。

イヤホンを装着し、再生ボタンを押す。



「目の前で 大切な人が消えた

光が遠ざかるように 音もなく見えなくなった


僕のせい 僕があの子を殺した

二度と戻らない思い出 もう、このままでいいんだ」



優しげなギターで始まった。

音声合成ソフトが歌っているけど、変な違和感は感じない。


たぶん、ファにシャープがつくト長調だと思う。

ただ、ここまで暗い歌詞だとは思わなかった。

動画はサムネの画像に歌詞が流れるだけで、想像していたMVとは違った。



「くだらない、些細なことで

どうしようもなく、途方に暮れた


寄り添ってくれただけなのに

振り払って、遮って、押し除けた


黒く濁るバロックが 雨のように降り注いで

オモリのように転がって、砕けた」



途中からベース、ドラムが入るけど音はそこまで大きくなくて、静かな曲調を保っている。

「砕けた」の部分で真っ暗になり、一瞬びっくりするけど元に戻った。


「星屑の波が寄って引いてを繰り返す

これはダメだ あれもダメだ 全部ダメだ


暗闇の中で1人で立ち尽くす

流されて残ったカケラはちっぽけで役に立たない


けど、たったひとつだけ何かが違うように見える、そんな気がした」



曲の中の主人公は、大切な人を傷つけて、後悔したけど、気がつけばその人はいなくなっていて、傷つけた自分が嫌いになった。


コメ欄を開くと、考察を書いている人がいた。



『スピカは乙女座のたった一つの一等星で、青白い星。日本名は真珠星。


・バロック→歪んだ真珠

青白い真珠が黒く濁ったバロックになる


乙女座を見つけるのに、スピカを見つけないと見つからない。星を結んで見つけるのはほぼ不可能→砕かれて割れた真珠は流されて、残ったカケラだけじゃ元には戻れない(昔の自分)が、そのうちの一つのカケラ(スピカ)には元に戻れる(乙女座を見つける)希望がある』


「なる、ほど……」


歌詞からいろんな考察を浮かんだ人がたくさんいて、コメ欄はそれで溢れていた。


たしかに、綺麗事に聴こえない。

歌の中の主人公もだけど、よぞらさん自身が苦しみながら書いて作ったようにも聴こえる。

全身を揺さぶられ、心臓をガシって掴まれるような感覚がして……えぐられるような。


曲が終わってもまた再生を繰り返して、何時間も聴き続けていた。

こんなに、曲に対して夢中に聞いたのは本当に久しぶりだった。

ものすごく久しぶりに、音楽というものに触れていた。

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