幻の君へ

篠川翠

第1話

君が私の元へ来てくれたのは、もう四半世紀前のことになるんだね。男女が結ばれれば子供ができる、というのを当たり前のことだと思っていたよ。自分が母親になる」というのを、当たり前のことだと疑っていなかったんだよね。今振り返れば、「何て傲慢な」も思うのだけれど。


でも、それは人によって千差万別で、何らかの要因で成長しない組み合わせがあるというのも、知らなかった。それこそDNDレベルの話で、うまく噛み合わなかったり、母体側に何らかの問題があって、成長出来ない場合もある。頭でわかっていても、感情が追いつかないこともあった。やっぱりね、女性だけが責められるのよ、そんな場合は。


それでも、やっぱり短い間でも君が私の元へ来てくれた意味は大きくて。


もし君が女の子だったならば、今頃母娘で一緒に台所に経っていたかもしれないね。「「もう、不器用なんだから」とか何とか言いながら、あれこれ教えていた気もする。もしくは、彼氏との恋バナの悩みの相談に乗っていたかもしれない。


もしも君が男の子だったならば、勉強を教えて、「いい子がいたら連れておいで」なんて、物分りのいい親を必死で演じていたかもしれない。もっとも身近に男性がいる機会が少なかったから、「息子の彼女に嫉妬する」母親の感情が、どんなものかはわからないけれど。


……なんてね、想像してみました。ですが、君は形を変えながら、私の作品の数々の中に登場しているのです。時には息子でもあり、時には娘という形を取りながら。


たとえどのように形を変えたとしても、やはり君は私の宝物です。


泡沫うたかたの声は我へは届かねど文字に残れり雀隠れに

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