山姥

@fujisakikotora

山姥

人 物

お貞(60)山姥

安国寺空也(65)僧侶

釘宮寛太(10)僧侶見習い

チミー・ザ・魑魅魍魎 怨念の群れ

子どもの霊(10)


○山小屋・外観(夕)

山奥にぽつんと建った山小屋。

日が暮れかけている。


○同・土間〜居間(夕)

   釘宮寛太(10)、土間に入ったとこ

   ろで待っている。

   たたきに上がっているお貞(60)が

   いそいそと部屋の奥に入っていく。

お貞「すぐに道を引き返しましょう。いま手当するものを持ってきてしんぜる」

   納戸を開いたお貞。

   釘宮には見えない角度で、邪悪に歪ん

   だお貞の顔。

お貞の声「チョロあまだな。二人まとめて今夜の人肉ストロガノフにしてくれるわ」

   天井の隅。釘宮から見えないところに

   小さなチミーがうごめいている。

チミー「お腹が空いたよう」

   お貞、目だけがギロリと動いてチミー

   を睨む。

お貞の声「静かにおし。ばれっちまったらどうするんだいチミー」

釘宮の声「あの何かお手伝いしましょうか」

   振り向いたお貞、善良そうな顔。

お貞「いやいや、大丈夫、ちょっと探しものに手間取ってねェ」

   包帯と添え木、提灯を持って土間に降

   りていくお貞。

お貞「さ、早くその和尚さんのところに案内しておくれ。さぞ心細かろうて」

釘宮「はい!」

   お貞の後ろ姿。

   包丁をそっと帯に隠すお貞。


○山中(夜)

   釘宮が提灯を持ち、安国寺空也(6

   5)がお貞の肩を借りて歩いている。

安国寺「まことに申し訳ございません」

お貞「いえいえ、なんでもないことです。困ったときはお互い様、ね」

   安国寺から顔を逸らすと、お貞の顔、

   再び邪悪に歪む。

お貞の声「てめえの死体をズリズリ運ぶよりかはずいぶん楽なんだよクソボウズが」

   お貞の支えている安国寺の肩口。

お貞の声「しかし……坊主にしては随分引き締まった体をしてやがるな。食いでがありそうじゃわい」

   ほくそ笑むお貞。


○山小屋・外観(夜)

   すっかり日が暮れている。温かい光が

   漏れ、かまどの煙が上がっている。


○同・居間〜土間(夜)

   囲炉裏に山菜鍋が煮えている。

お貞「さあさあできましたぞ。つまらないものですが召し上がってくだされ」

   土間で着替えている安国寺の背中と、

   それを手伝っている釘宮の背中。

   お貞、邪悪な顔で。

お貞の声「お前らの味が引き立つ山菜を詰め込んだぜ。たんと食って眠れ食料ども」

釘宮の声「ありがとうございます!さあ、先生……」

安国寺の声「うむ」

   お貞、土間に目をやって目を見開く。

   半裸で振り向いた安国寺の鍛えられた

   肉体と汗ばんだ顔が囲炉裏の火に照ら

   されている。

安国寺「やれやれだぜ……」

   胸を押さえるお貞。

お貞の声「トゥ、トゥンク!!!」

安国寺「あ、いや、これは。つい下賤な言葉遣いをしてしまいましたな。苦境のときにこそ人の本性は現れるもの……寛太、お前はこうなってはいかんぞ」

釘宮「(笑って)はい先生」

   安国寺と釘宮、お貞に礼をしながら囲

   炉裏端までやってくる。

   二人に背を向けて頬を抑えるお貞。

お貞の声「なんだこの胸を締め付ける感じ……私は毒キノコでも食ろうたのか……」

   ×  ×  ×

   鍋が空になっている。

   安国寺の膝で寝ている釘宮。

   納戸から入ってきたお貞、釘宮を見て

   背中の包丁に手をかける。

   ふっと目を上げる安国寺。

   包丁から手を離すお貞。

   安国寺、にこやかに目礼して囲炉裏を

   見る。

   お貞、笑顔で応えようとして顔を歪ま

   せる。

   納戸の物陰からチミーが覗く。

チミー「お腹が空いたよう」

   お貞、それを振り切るように納戸の戸

   をさっと閉じる。

安国寺の声「どうかなさいましたか」

お貞「(取り繕って)ああ、いいえ、失礼しました、ぼうっとしまして」

   囲炉裏端に座ったお貞。ソワソワして

   チラチラと安国寺を見る。

安国寺「さて、この子も眠ったことですし」

お貞「(ドキリとして)……はうっ!?」

安国寺「……無礼なようですが、単刀直入に申しましょう」

   安国寺、寝ている釘宮の頭をそっと膝

   から下ろしてやり座布団に寝かせる。

お貞「な、なんでしょう……?」

安国寺「(鋭い目つきで近づいて)あなた……憑かれてますね」

お貞「はっ?いやいや、このくらいのことで大して疲れはしませんわい……」

   胸元を掻き合せるお貞。

安国寺「(近づいて)いえ、取り憑かれている、と言ったのです」

お貞「(ときめきと動揺に顔をひきつらせて)ええ?」

安国寺「(数珠を取り出しながら)私はかつて、ちょっと荒っぽい山伏をやっていたもので」

お貞「荒っぽい……」

安国寺「今はこんななりですが、そっちの方はまだ衰えちゃいませんよ」

お貞「そ、そそそそ、そっちの方?」

   お貞、大いに動揺して後ろに倒れ込む。

   お貞を見つめていた安国寺、ふと目を

   そらして納戸を見る。

安国寺「そこだッ!」

   安国寺の投げた数珠は納戸にぶつか

   り、納戸の向こう側からチミーを絡め

   取って床に落ちる。

チミー「ギャース!」

お貞「ああっ!」

   安国寺、片足を引きずりながらチミー

   の元へ。

安国寺「(チミーを仔細に眺めつつ)やはりおりましたな……しかし……これは……」

   お貞、いつのまにか出刃包丁を持って

   いる。安国寺の背中に振り上げる。

   が、力なく腕を下ろすお貞。

お貞「そうですじゃ……」

   安国寺、そっと振り返る。

   お貞の手元の包丁に気づくが、表情は

   変わらない。

お貞「聞いてくだされ。かつてこの山の向こうには、小さな城がありましたのじゃ。そこの城主は偏屈な男で、太閤秀吉には決してなびこうとしなかった。派手好きの秀吉めは、その城を水攻めにしよったのです」

安国寺「(俯いて小声で)その話は存じております」


○(イメージ)小国城(外観)

   堰が切られ、濁流に飲まれる城。

お貞の声「水攻めとは即ち兵糧攻め。それでも城主は降伏せず、ついに城は……」


○(回想)小国城内(夕)

   城内をそぞろ歩くお貞(40)。

お貞の声「私には昔から不思議な力がありましてな。人には見えんものが見えた。戦のあとの城に金目のものがないかと入ったはいいが、そこで見たものは想像を絶しておりました」

   おびただしい数の怨念が、泣いたり叫

   んだりしている。

   怯えるお貞。

お貞の声「しかし……」

   なにかに気づくお貞。

   子どもの霊がしゃがみこんでいる。

子供の霊「お腹が空いたよう……」

お貞の声「いたましいことに、あのとき城内には、子どももたくさんおったようですじゃ」


○山小屋・居間〜土間(深夜)

お貞「私は、子どもの霊たちを不憫に思い、連れて帰ることにしましたのじゃ。その成れの果てが、そこにいるチミー。しかし私は気づいてはおらんかった。そのとき私には、餓死した兵どもの怨念が取り憑いてしまったようなのです」

安国寺「……」

お貞「そのせいでしょう、私は秀吉方の侍が直感的に分かるようになり、私は……山に迷い込んだ奴らを殺して食うたのです」

   包丁を落とすお貞。

お貞「しかし、年貢の納め時ですじゃ。私は罪もないあなたをも殺そうとした。もはやこうなればただのヤマンバ、どうぞ、私を調伏してくだされ、安国寺和尚。あなたの手にかかって死ぬのなら、本望ですじゃ」

安国寺「……罪もない、とはとんでもない。あなたに憑いている怨霊の勘は正しいようだ。さっき山伏と言ったが、私は秀吉方についた僧兵だったのです」

   顔を上げるお貞。

安国寺「私もたくさんの人を殺した……子どもらの笑って暮らせる世が来ると信じて」

   眠っている釘宮の寝顔。

   安国寺、チミーを解き放つ。

   チミー、怯えたようにお貞に寄り添う。

安国寺「その水攻め、私も見ていました。あの戦いを最後に、私は僧兵をやめたのです。今日も、あの古戦場に弔いにいく道中、足を滑らせた次第。しかし、そのチミーを見れば、私の弔いよりもあなたの労りのほうが子らの霊を慰めていたのは明白。確かにあなたは善ではない、この世の中の暗い側が生んだ存在です。そしてそれは私も同様」

お貞「……」

安国寺「(お貞の手を取って)調伏などできません。あなたは生きた人間なのだから。だからあなたは生きねばならない」

お貞「……」

安国寺「ともに供養していきませんか、死んでいった人間たちや、私達が手にかけた人間たちを」

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