第9話 疑念(前編)

 パワーアップしたホマレ・ノマドが捉えたのは、周囲をぐるりと壁に囲われた大都市だった。ルグドーの視界に映るのも都市の一部分でしかないのだろう。

 ホマレ・ノマドリファインがゲートへと近づいていく。

 港だ。EG用ゲートの前で無数に並ぶEGたちの中に、黒い外套を纏う機体が混ざった。


『管制の指示に従って行動してください』


 アナウンスに従い、粛々と機体がチェックを通り抜けていく。


『通行の妨げにならないよう速やかにお通りください。軍用機は業務用、民間用のEGよりも優先されます。ご注意ください』


 少し離れたところには、車用のゲートと戦艦用のゲートがあった。こじんまりした車両ゲート、それよりも大きい航空機ゲート、途轍もなく巨大な戦艦ゲート。

 いくつかあるゲートの中でもEGの通行量がダントツで多い。

 ゲートにはスキャナーが搭載されており、機体がチェックされていた。


『なんだくそ、俺の機体に触れるんじゃねえ!』


 七番ゲートで騒ぎがあった。ルグドーはパネルを操作して、自分用のサブモニターで眺める。セキュリティにスタンバレットを撃ち込まれて、EGが行動不能になっていた。


「民間機による一定ランク以上の装備の持ち込みは禁じられているんだ。犯罪防止策の一環だな」

「この機体の装備は大丈夫なんですか?」

「人間用のスケールアップタイプのランクは、総じて低く設定される。セキュリティに引っ掛かることはまずない」

「それで……あえて、使っているんですね」


 EG用に最適化された武装はリロードの手間が簡略化されていたり、コッキングを不要としているものも多い。そういう装備の方が戦術的優位性は上だが、それは一般人の論理だ。

 ホシほどの達人ならば、その手間すらも戦術に利用する。

 ホマレ・ノマドリファインの番が来る。

 ゆっくりとゲートを潜り抜けたが、警告音は鳴らなかった。

 その先で目にしたのは、この都市の本当の姿だ。


「すごい……」


 無数の巨大な建造物が立ち並んでいる。EGが通行できるように広く設計された道路と、車用の道路。その脇に小さくある人間用の歩道。それらを忙しく動き回る人、車、EG。空路でもEGと航空機が入り乱れている。


「セカンドアース首都、メトロポリスだ」

「地球から逃げた人々が、最初に開拓した都市、なんですよね」

「そんなことを覚えているのも、歴史家ぐらいだがな」


 そして恐らくは、現代において役に立たない知識だ。それでも今までの無知な状態と比べると、自分が成長している感じがして良かったし、ホシと会話が通じることも嬉しい。

 ホシが通行量の少ない航路へとホマレ・ノマドリファインを合流させる。


「何もかもが大きいんですね」

「EG用にサイズを合わせているんだ。辺境に比べればEG所有率は下がるが、それでも多くの人間が所持している。仕事用や移動用など多種多様な理由でな」

「移動が大変そうな……」


 ルグドーは地図を表示した。円形の都市だが、その規模があまりにも大きい。

 もし国という概念を現代風に言い換えるならば、まさにこの都市がそうだろう。


「電車や飛行機もあるが、EGにさえ乗れれば不便じゃない。だからEG用の道路や航路が一番多い。徒歩ならば端から端まで何日もかかるが、EGならどれだけ遅くとも半日たらずでつく。……そうこう言っている合間に、目的地についたぞ」


 ホマレ・ノマドリファインが道路へと着地。歩行移動にて、ビル群の合間を進んでいく。ルグドーは周囲に目を凝らして、最初に見たエリアとの違いに気付いた。


「あまり活気がないんですね……」

「人気の少ない場所の方が、いろいろ都合が良くてな」


 古びたホテルの前で機体が立ち止まる。ホシがコードを入力すると、突然機体が下降し始めた。


「えっ?」

「ここの駐機スペースは地下にあるんだ」


 道路の下にエレベーターが仕込まれていた。しかし通行人は驚きもしない。ありふれた光景なのだ。

 エレベーターが止まると、広い空間が現れる。が、EGは二機しか駐機していなかった。空いているスペースへホマレ・ノマドリファインが移動し、直立状態のままハッチが開く。


「降りるぞ」

「わかりました」


 ホシはいつも通り、ハッチへと移動しロープを取り出す。

 手を伸ばしてくる。

 ルグドーも後部座席のベルトを外して立ち上がり、その手を掴もうとして、


「……っ」


 数日前に読みふけったとある学術書について思い出す。


「ルグドー?」


 都市に辿り着く前に寄った場所や町、村では、いつも中腰状態から降りていた。

 いっしょに降下用ロープで抱き合いながら降りるというプロセスは久しぶりだ。


「どうした? いっしょに――」

「あの……一人で降りてみてもいいですか? 練習のために……」

「ふむ……まだ早い気もするが」

「お、お願いします……」


 顔を赤らめて、目を逸らすルグドーの様子をホシは訝しんでいる。

 だが、納得したようで先に降りて行った。


「どうしたいんだろう、ボク……」


 ルグドーもロープに手をかけた。




 ホテルのロビーでチェックインを済ませて、指定された部屋へと移動する。

 あてがわれた部屋は簡素なものだが、宿泊に必要な設備は一通り揃っている。


「今日は休むんですか?」


 二人分のベッドを眺めながら訊ねる。


「この部屋なんだ。私とツキが滞在していたのは」

「え……」


 ホシは懐かしむような表情をしていた。


「てっきり豪華なホテルに泊まっているのかと」

「治療費を稼ぐための出場だったからな。無駄遣いはできない。それに、このようなビジネスホテルの方が狙われにくいんだ。警備もしやすかった」

「じゃあここで、ツキさんは……」


 仕事用のデスクを一瞥するホシ。もしかすると、ツキはそこに座って作業していたのかもしれない。

 しかし、その椅子には今、誰も座っていない。


「まずはこの部屋の見分から始めようと思う。ルグドー、君は休んでいても」

「食事は必要ですよね、そろそろお昼時ですし」


 時計は十時になろうとしている。


「何か注文しておこう」

「いえ、一つ、やってみたいことがあるんです」

「やってみたいこと?」

「買い物に行っていいですか?」


 その言葉だけであればいつも通りだ。ここに来るまでにもルグドーは買い物に行った。ホシを同伴して。

 いつもと違うのは、


「一人で行きたいんです!」


 ホシという保護者がいないことだ。


「早く一人前になりたいと焦る気持ちはわかる。私もそうだったからな。しかし、初めての土地……しかも大都市だ」


 諫めるような態度のホシにルグドーは頑として言い返す。


「初めての土地だからです。今まではホシさんといっしょでした。でも、一人だけの買い物も経験するべきだと思うんです」


 それに、一人で買い物できるようになれば、ホシの手を煩わせることもない。

 妹探しの邪魔をしなくて済む。

 訓練をしたのもこういう時のため。ホシに迷惑をかけなくていいようにだ。


「首都ならば、辺境よりも治安がいいんでしょう? なら、問題ないと思います!」

「ふむ……」


 ホシはしばし考えて、


「わかった。お願いしよう」

「ありがとうございますっ!」


 ルグドーの喜びを表すかのように、しっぽはぶんぶんと振れていた。




「とりあえず当面の間の食料と水、非常食……」


 スマートデバイスでメモしたリストを確認しながら、人々の合間を縫っていく。

 幸いにして、ホシのホテル近辺は人通りが少ないエリアだ。そのため人混みに呑まれて動けなくなる、という事態は起きない。

 それでも、緊張はする。見られている気がした。


(田舎者だってバレてる?)


 実際道に迷いそうになっておどおどしてしまう。なんというか、辺境とは治安の悪さの質が違うような気がした。

 一言で言うなら、ギラついている。

 無気力な田舎とは違って、常にチャンスを窺っているというか……。

 などと考え事をしていたせいだろう。

 衝撃が身体に奔って倒れ込む。


「いたた……へっ?」


 柔らかい感触が胸元に押し付けられている。

 茫然としていると、ぶつかった衝撃でいっしょに倒れ込んだ人と目が合う。

 抱き着くような形で、ルグドーとその相手……少女は倒れていた。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 ハッとして謝罪する。ピンク色の髪をした少女は最初、なぜか驚いて固まっていた。まるで希少なものでも見つけたような顔で。

 だが、すぐに見る者を魅了する愛らしい笑顔を作り、


「えっ!?」


 なぜか抱きついてきた。耳元で囁いてくる。


「君、初心でかわいいね。心配してくれてありがとう。それと、ごめんね?」


 そう言って立ち上がると、小走りで去って行く。

 胸の柔らかい感触と甘い声音の囁き。そのダブルパンチで放心していたルグドーは、気を取り直そうとして違和感に気付く。

 間違いだと思って懐を弄って、顔を青ざめた。


「財布が、ない……!?」



 ※※※



 ルーペという名前の少女は、ピンク髪と豊かな胸を揺らしながらある程度走り、安全を確認したところで戦利品を眺めた。

 クレジットがたんまり詰まった財布だ。こんな上物の獲物は久しぶりだ。

 赤い瞳が輝きを増す。これで一体何を買えるのか、と思いを馳せる。


「自分の才能が恐ろしくなるわね」


 独り言ちながら、獲物だった少年を思い返す。


「少し可哀想ではあるけど、いい思いはさせてあげたし」


 自分の胸の感触を堪能したのだから、むしろお買い得というヤツだ。

 と手前勝手な理屈を思い浮かべる心とは裏腹に、表情は陰った。


「あんな綺麗な心は、滅多にお目にかかれないのにな」


 などと、珍しく被害者に対して罪悪感など覚えたせいか。

 音もなく接近してきた何者かに腕を掴まれてしまった。


「な――何!?」


 振り返ると、外套を纏いフードを目深に被る不審者詰め合わせセットがそこにいた。長身なので威圧感が半端ない。

 こういう時の対処法をルーペは心得ている。


「助けて! 男に乱暴されるー!」


 と言えば、誰かしらが助けてくれる。特にルーペの美貌に心奪われて、お近づきチャンスだと錯覚した男だとかが。

 しかしその目論見は、謎の人物がフードを外したことで崩れ去った。


「残念だが、私は女だ」


 外套のフードを外し、素顔を晒す。ルーペとは別方向で美しい女性だった。


「盗んだ物を返せ」

「嫌よ……ぐっ!?」


 手を振りほどこうとしたが、女の力は強かった。ただ力が強いだけじゃない、力の使い方を完璧に理解しているのだ。腕力では勝てないと即座に見抜く。


「返さないと腕の骨を折るぞ」


 と、脅してきたがルーペには通用しない。


「嘘つきなさんな! そんな気なんてないくせに!」

「嘘じゃない」


 女は続けるが、ルーペはわかる。


「あたしは、人の心が読めるからね!」


 と言うと、大抵の人間の関心を引ける。そこで読み取った言葉を諳んじて気を逸らし、その隙にルーぺはいつも逃げ出していたが、今回の相手は分が悪かったようだ。


「そうか。それがどうした」

「……ッ、わかった、わかったわよ。返すわ!」


 観念して、財布を手放す。女が財布に気を取られた隙に逃げ出した。

 というよりも、逃がしてくれたのだろう。ルーペにはわかる。

 だからこそ、理解不能だった。なんなんだ?


「誉れって何よ……」


 いつもなら何かしらの切り口になるはずの能力で読み取ったのは、意味不明な単語だった。



 ※※※



「ホシさん!?」


 ルグドーが盗賊を追いかけた先で出会ったのは、財布を取り返したホシだった。

 すぐに申し訳ない気持ちになる。


「ごめんなさい、結局、ホシさんに助けられて……」

「いや、私も謝らなければならない。すまなかった」


 なぜかホシも謝ってくる。


「どうしてですか? ホシさんの責任じゃ」

「妹は自発的に出て行った、と話しただろう? 君が一人で買い物に行くことで、その再現になるかもしれないと思ったんだ」

「そうだったん、ですか……」


 そのことに驚いた。が、むしろ嬉しさの方が増した。


「じゃあ、お役に立てましたか」

「大いにな。やはり、一人で出歩けばなんらかのトラブルに見舞われる可能性が高いことがわかった」

「だったらやっぱり?」


 ツキは誘拐されたのだろうか。ギラついた人々の中に混じった犯罪者に。

 というルグドーの安直な考えとは、ホシは違うようだ。


「だからこそ、解せないんだ。普通は騒ぎか何か起きるはずだ。なのに、なぜ何もわからなかったんだ……」


 ホシは悔しさを滲ませる。彼女ほど能力があるなら、先程のような騒ぎがあればすぐにわかるはずだったのだ。ウィリアムたちも協力して探したのならなおさらだ。

 なのに、わからない。再現して導き出せたのは、あるはずの痕跡がなぜか見つからないという既にわかっていたこと――。


「ホシさん……」


 そんな彼女の姿を見ていると、胸が痛い。悲しくなる。

 どうすれば、ホシの役に立てるのだろうか。

 ルグドーは答えを求めようとする。

 しかしまだ、明確な答えは見つかりそうにない。



 ※※※



「ちぇっ。また缶詰か」


 ルーペは定位置である裏路地へと帰っていた。箱の中に隠してあった缶詰はまだ二つ残っている。

 明日までは生きられる。明後日はどうしようか。


「……そろそろ、身体の売り時かな……」


 今まで避けてきたが、もうそんなことも言っていられないのかもしれない。

 自分の中で二番目に優れている点だ。

 しかし懸念はある。一番の長所と相性が最悪ということだ。

 缶詰をスプーンで食べながら、今後の生存計画について練っていると、能力が反応した。

 強い、憎悪だ。


「この女を知っているな」


 遅れて耳にも言葉が届く。目に映ったのは差し出された写真と、


「お前は人を見つけるのが得意だそうだな。なんでも人の心を読めるとか? 奴らの居場所を」


 黒いスーツの男だ。ベテランの殺し屋。


「わかった。やるわ」

「……まず噂が真実が確かめたい」


 ルーペはため息を吐く。そして、諳んじた。


「報酬は50万クレジット。仕事は、追跡して居場所を教えるだけ。それ以外に危険はない。もし断れば……いや、なんでもない」

「十分だ。じゃあ、早速探してくれ」

「写真なんていらないわよ。顔は覚えてるから」


 忘れるわけがない。昼間に自分の仕事を邪魔した、女の顔を。



 ※※※



 次の日、ルグドーは単独行動せずホシに付き添った。昨日、まんまと財布をスられた負い目もあったが、それ以外の理由の方が大きい。


(大丈夫かな……)


 ホシは街の中を歩いている。外套とフードを被るその背中は、まるで殻の中に閉じこもってしまったように見える。言葉には出さないが、やはり焦ってしまうのだろう。何もわからないことを再認識してしまったのだ。

 ルグドーも街中を見回す。そんなことをしても見つからないとはわかっていても、そうすることが止められない。

 看板が目に入り、立ち止まる。巨大な広告には飲料品を片手に持つ赤毛の女性が映っていた。


「チャンピオン……」

「どうした、ルグドー」


 ホシが戻ってくる。いっしょに看板を見上げた。


「あいつか……」


 感慨深くホシが呟きを漏らす。もしホシがあのまま戦っていたら、この看板に映っていたのは彼女だったのかもしれない。

 そう思ってしまうルグドーを、ホシは見抜いていた。


「妥当な結果だ。彼女はチャンピオンに相応しい実力者だった」

「でも……だって……ホシさんは彼女に勝ったじゃないですか……」


 あの結末を見て初めて、ルグドーは悔しいという感覚を覚えた。

 前代未聞の不戦優勝という事態を避けるため、ホシの代わりに決勝へ出場したのは、ホシが準決勝で負かした相手。

 そして、本来は三位の座に収まるはずだったその相手は見事に優勝した。

 つまり、事実上のチャンピオンは――。


「彼女は、誉流活人剣に不慣れだっただけだ。私は相手の剣術をよく知っていたが、彼女は私のことを知らなかった」

「でも……」

「実力的には申し分ない。ただ、そうだな……。恨まれているかもしれない。棚ぼた優勝などと言われたなら、な」

「それは……」


 彼女を揶揄した記事をルグドーは見たことがあった。ホシがいなくならなければ、優勝こそを逃したものの、セカンドアース三位という名誉を手に入れられたはず。

 それなのに繰り上げで優勝してしまったせいで、不名誉なあだ名をつける者が現れることになってしまった。

 そうなれば、ホシを恨みたくなる気持ちはわかるけれど。

 それに……本音を言うならば。


「もし、妹さんを見つけたら、コロッセオにまた出場しますか?」

「……ルグドー、悪いが今は考えられない。行こう」


 ホシと街中を散策していく。このままでは、ここに来る前の状態に戻ってしまうのではないか。

 妹を探したいという気持ちと、生死を確定させてしまうのが恐ろしいという相反した状態に。

 そう危惧するルグドーの前で、ホシが歩みを止めた。


「ホシさん?」

「離れるな」


 その一言でルグドーは察した。いきなり走り出したホシに、ルグドーは遅れることなくついていく。

 ルグドーが振り返ると、数人が走って来ている。


(狙われてる? なんで――?)


 そこで、昨日スリを捕まえた時に、ホシが素顔を晒したことを思い出した。

 たった一瞬だが、それだけで追手が現れるほどホシは有名なのだ。

 特にメトロポリスにおいては。


「すみま――」

「謝る必要はない。……行き止まりか」


 人気のない通りを選んで辿り着いた先は袋小路だった。

 追い詰められた。傍から見れば、そう思える。


「下がっているんだ」

「はい……!」


 ルグドーはホシの後ろに下がる。十人もの刺客がホシたちを扇状に囲んでいる。

 このままにじり寄って、逃げ道を塞いだまま打ち倒すつもりなのだ。


「持っていてくれ」


 ホシが外套を脱ぎ捨てルグドーに投げ渡す。しっかりとキャッチできた。


「どうしてわかった」


 スーツを着込んだ刺客に問いを投げかける。答えたのはスーツたちではなく、その背後から現れた一人の女だった。


「悪いね」

「昨日のスリ!?」


 ピンク髪の盗賊は手をひらひらと振っている。


「言ったでしょ? あたしは人の心が読めるって。普通の人間なら撒けてもあたしからは逃げられないよ」

「なるほど。黒幕は誰だ?」

「さぁ。よく知らないけど、あなたのこと、めちゃくちゃ恨んでたわよ? 思い当たること、あるんじゃない?」

「まさか……チャンピオン?」


 ルグドーの予想に刺客たちは答えない。


「白状してもらう」

「やれるものならなッ!」


 刺客が襲い掛かってくる。ホシが応戦を始めた。



 ※※※



 ホシはまずリボルバーの早撃ちで、こちらを撃とうとした刺客の拳銃を壊した。

 その隙に近づいてきた、ナイフを持つ敵を刀で殴打する。鞘に入ったままでも、刀で殴られればひとたまりもない。

 連携が乱された敵は拳銃を乱射してきた。背後のルグドーに気を使いながら、敵陣の中に割って入る。乱戦状態でも構わずこちらに狙いをつける敵の、トリガーにかかる指の動きを注視する。タイミングを合わせて屈み、背後から悲鳴が聞こえた。

 狙い通り、敵は仲間の右肩を誤射したのだ。


「撃つな、斬れ!」


 と叫んだ敵の頭を鞘付きの刀で殴る。別方向から反射的に放たれたサブマシンガンの銃撃を走って避け、肉薄したところで抜刀しサブマシンガンを切り裂いた。

 近づいてきた敵へ鞘を投擲しダウン。背後からの奇襲は、峰打ちで気絶させる。

 下がり始めた三人の敵の利き腕をリボルバーで撃ち抜く。手に持っていた拳銃やアサルトライフルが地面に落ちた。

 最後の一人がナイフを片手に闇雲に突撃してくる。

 難なくナイフを弾き飛ばし、その首に刀の切っ先を突きつけた。


「黒幕は誰だ?」

「……くそッ」


 戦闘は瞬く間に終了した。




 ※



 ――と思っているだろうことは明白だった。

 通路を見渡せるビルの、最適な狙撃位置で男はスナイパーライフルを構えていた。

 スコープの内側で、標的の頭部を捉える。ホシはこちらに気付いていない。

 よしんば気付いたとしても、もう遅い。遮蔽物もない状況で狙撃を回避するのは容易ではない。

 一発なら躱せるかもしれない。だが、二発目は? 三発目はどうだ?

 勝ちを確信した男はほくそ笑み、引き金を引いた。



 ※



 キィン、という金属音が響いた。


「狙撃か」


 ホシは振り下ろした刀を構え直す。傍では刺客が腰を抜かしていた。

 狙撃を刀で防いだという事実に。

 だがすぐに思い直して、チャンスとばかりに慌てて逃げ出す。

 意識がある刺客たちが追従した。


「待て、まだ話は――くッ!」


 二度目の狙撃を刀で切り裂く。逃げられてしまった。

 狙撃地点は少し離れたところに立つビルの四階からだった。誘導されていたのはわかっていたし、狙撃にも警戒していた。

 しかし想定以上に、敵の狙撃の腕が立つ。防御を余儀なくされている。

 

(だが、このまま防ぎ切れば)


 敵の目論見は崩れ去る。理由はわからないが標的はホシだ。このまま狙撃を続けても、ホシを殺すことはできない。敵も既に気付いているはずだった。

 そこで、ホシは違和感に気付く。狙撃が来ない。

 いや――狙いを変えている。


「ルグドー!」

「えっ?」


 ルグドーは茫然としていた。銃声が轟く。



 ※※※



 正直なところ、ルーペはこの依頼の結末を読めていた。

 ルーペは直接、あのホシとかいう誉れ女と対峙している。心の中を誉れという意味不明な語句で埋め尽くしてあった、ホシ・アマノガワの戦闘力は計り知れない。

 そこら辺の殺し屋では手も足も出ないであろうことは、予想できていた。

 つまりこれは、良心を咎めることなく報酬を頂けるイージーな仕事だ。

 しばらく缶詰とは無縁の生活だ。少しの間、クソ野郎共のクソみたいな思考に耳を塞ぐだけで、大金が手に入る。

 そうして、少しの間生活水準を上げて、また元の缶詰生活に戻るんだろう。


「頑張っちゃって」


 目の前では刺客たちがボコられている。案の定の結果だ。

 計画では袋小路に追い込んだ後、狙撃で倒す予定らしい。

 しかし、そううまくいくとは思えない。連中はホシを舐めている。

 スナイパーの思考も勝ち誇っていた。

 ホシの思考は相変わらず誉れ一辺倒で全くわからない。

 だから、彼へと意識を割いた。

 そして、驚く。


(……心配してる?) 


 ルグドーという少年はホシのことを心配していた。彼女の強さをこの場で一番よく知っているのは彼だろうに。

 しかも悪意の感情が全くない。昨日と変わらない純粋無垢な心だ。

 なにより、ルーペに対しても悪い感情を持ち合わせていない。この状況を引き起こしたのはルーペなのだから、恨んだり、怒ったりしてもいいはずなのに。


「なんで……」


 彼は今まで見た来た人たちと違う。純粋だ。誰よりも。

 ルーペはいつもこの能力に振り回されていた。人の、見えないはずの悪意を、感知してしまうのはしんどいのだ。精神的負荷が凄まじい。

 自分だけペナルティを負っているような感覚に陥る。

 この世に生きる上で、人とのかかわりは必須だ。ラボの科学者たちは自分を傑作だなんだと持ち上げていた。

 けれど実態は人の悪意を認識してしまい、怯えて何もできなくなるような失敗作だ。

 でも、もし。

 彼のような人がいると知っていたなら。

 もしかすると、違う人生も。


「――危ないッ!!」


 気づけば走り出していた。



 ※※※



 銃声が響いて、ルグドーは倒れた。

 痛みより驚きが身体を支配している。

 永遠に近しい一瞬が過ぎて、ようやく思考が現実に追いついた。


「え? あれ?」


 その感触に驚く。ルグドーは銃で撃たれたことなどない。

 未知の感覚ならそれでもすぐに反応できただろう。

 しかし理解が追い付かなかったのは。

 既知の感触だったからだ。

 ちょうど、昨日、味わったばかりの。


「なんで……? 大丈夫ですか!?」


 その感触をもたらした存在に触れる。

 ピンク髪の女性。昨日のスリだ。


「しっかり……!」

「うっ……」


 苦しげな声音を漏らす女性。その苦悶に歪む顔を見ても、ルグドーは理由がわからない。

 どうして自分を助けたのか。その疑問を読み取ったかのように話し出す。


「キレイ、だったから」

「え……?」

「君の、心、キレイだったから……」


 女性と目が合う。潤んだ瞳は、苦痛を押し殺しているように見える。


「もし君みたいな人に出会えていたら、あたしは絶望しなくて済んだかもしれない……。だから……ごめんね……?」

「そんな……!」


 女性の身体から力が抜ける。覆いかぶさるようにして動かなくなった。


「返事をしてください……!! 起きて……!!」


 ルグドーが呼びかける。が、返答はない。

 満足気な表情で目を閉じている。

 死んでしまったのだ。自分を庇って。

 その事実を前に、ルグドーは絶叫しようとして、


「さっさと離れろ」


 女性を思いっきり蹴とばしたホシに愕然とする。


「な、なにを――!?」


 ホシがそんな風に他人を扱うという事実を咀嚼できずにいると、さらなる驚きに包まれた。


「いったあ! 何すんのよ!」


 少女が息を吹き返したからだ。何事もなかったかのように抗議している。


「こちとら撃たれたんですけど!?」

「紙一重で避けたのだろう。持ち前の能力を使ってな」


 よく見てみると少女の身体に血はおろか、衣服に風穴すら開いてはいない。


「それでも命の恩人に足蹴りとか普通する!? 感謝感激雨あられでしょうが」

「お前が庇わなくても、対応できていた」


 ホシはいつの間にかアサルトライフルを手に持っていた。敵のを奪い、ビルに向けて撃ち返したらしい。いつの間にか狙撃は止んでいる。

 銃のマガジンを外し、コッキングボルトを叩いて弾薬を排出。投げ捨てた。


「お前は――」

「あたしの名前はルーペ。連中の正体は知らないけど、動機はあんたへの復讐。すごく恨みを買っていたようだけど、心当たりはあるようね」


 矢継ぎ早に質問をしようとしたホシに先んじて、すらすらと答えを述べていくルーペと名乗る少女。まるで超能力みたいだというルグドーの感想にすら彼女は反応した。


「どう? すごいでしょ。うん、ありがとう」

「何も言っていない……」

「正直迷惑してたけどね。従わないと脅そうとか考えてた連中だし。まぁこの結果は読めていたからお気楽だったけれど。あ、未来予知はできないわよ? あんたが強かったから別にいいかなって思っただけ。そんなに褒めないでよ」


 一人で自己完結するルーペにルグドーの思考は追い付かない。不思議な感覚だ。


「……そこで不思議と思うのが、本当に素敵よ、ルー君」

「なんだそれは」

「ルグドーだからルー君。これからもよろしくね」


 ルーペは握手してきた。そのまま抱き寄せてくる。


「ルールーコンビでやってきましょいったぁ!?」


 ホシにデコピンを食らって痛がるルーペ。


「暴力反対! あんたの思考はただでさえ読みづらいんだから!」

「ただのスリだろう。お前とよろしくやる理由がない」

「と言いつつ、頭ではいろいろと考えてくれてるのは、素直に感謝しておくわ」


 ホシが不機嫌な顔を作る。思考を読まれるのが面白くないのかもしれない。


「昨日のお詫びも兼ねて、一仕事しよっか」

「どういうことだ」

「あなたが考えている通りのこと」


 ルーペはホシにウインクした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る