エンハンスドギア 誉

白銀悠一

第1話 出会い(前編)

「この機体は、ただの兵器ではない。遠い昔から継承されてきた技術の結晶だ」


 男が少女に語り掛けた。

 少女の視線の先にあるソレは、カバーで覆われており、全身が見えない。

 だが、僅かに露出された腕が見える。黒い装甲に覆われた白い腕が。


「どうしても乗りたいと言うのなら、見つけなければならない」

「何を、ですか……?」

「誉れだ」

「ほまれ……?」

「お前だけの誉れを」



 ※※※



『両選手、攻防一体の剣劇が続いている!』


 手のひらサイズのデバイスから響く実況に、茶髪で、茶色の作業服へ身を包む褐色肌の少年はくぎ付けになっている。

 画面の中では、二つのロボットが競い合っていた。

 エンハンスドギア。宇宙へと飛び出した人類が手に入れた新しい道具。

 その戦闘用の機体が戦っている。20mほどの大きさで、それぞれが独自のカラーリングを施し、また武装も異なっている。

 一つは全身を赤く塗装した機体。

 もう一つは黒い装甲に覆われた機体。

 赤い方は騎士然とした見た目をしていた。戦闘用途のギアはヒロイックな見た目をしている場合が多い。心理的効果を見越してのことだ。恐ろしい見た目は敵相手には良いが、友軍にはマイナス効果を及ぼす。

 そして、ギアが開発された当初の敵に威圧効果は意味をなさなかった。

 とすれば、必然的に見た目はより良く整えられていく。

 見る者を魅了する、美形へと。

 それは、騎士と対峙するもう一方にも見られた。


「カッコいい」


 少年が独り言ちる。心を虜にするその機体を、一言で表すならこうだ。

 サムライ。

 白のフレームを防護する黒のアーマーはまさに武者の鎧の如く。

 頭部は月の飾りのついた兜に覆われ、右肩装甲には星型のシンボルが刻まれている。

 サムライは刀を構えていた。騎士は剣を力強く振りおろす。

 歓声が轟いた。

 サムライが騎士の剣を弾いたからだ。

 騎士が体勢を崩す。

 そこでサムライの双眸――に見えるカメラが怪しく光った。

 一閃。

 騎士の首が飛んだ。その間に、サムライは刀を鞘に戻していく。

 カチン、と。

 戻しきった瞬間に首が落ちて、機体が倒れた。


『勝者はホシ選手だー! まさに天下無双の勢い! 流石は優勝候補だ!』


 映像が切り替わり、インタビュアーがマイクを女性に向けていた。


『今回の勝利の秘訣はなんですか?』

『相手が刀を用いた剣術に不慣れだったことでしょう。同じ武器で戦っていたら勝ち目は薄かったはずです。もし次の機会があれば、今回のようにはいかないでしょうね』


 と述べる長身の女性――ホシ選手は凛とした眼差しをカメラに向けている。

 勝者であるのに、敗者への礼節も忘れない。相手の良き所はきちんと褒める。

 殺伐としたコロッセオでは珍しく礼儀を弁えた選手であり、実力以外の部分でも着実に人気を集めていた。

 確かに容姿は麗しい。黒い長髪は刀身のように美しく、肌も美白と言って差し支えない。ブルーの瞳には芯が灯っている。

 だが、それ以上に魅力的なのは、まだ十八歳だというのに歴戦の勇士に負けず劣らずの胆力と、礼儀正しさ。戦闘技巧。


『今回の勝利を誰に捧げますか?』

『私の妹――たったひとりの家族である、ツキに』


 誰もが必死にもがいて。他人のことなどどうでもよいという冷酷な世の中にいて。

 他人のために戦えるという――高潔な精神だ。


「家族すら平気で売り飛ばす人がいるのに」


 もちろん全ての人間がそうではない。が、そういう人間は探せばいくらでも見つかる。

 否が応でも目に付く。何より、ここでは。


『彼女のために戦うこと。それこそが私の――』

「おい、ルグドー! 何サボってやがるんだ!」

「うわッ!」


 声を掛けられて、少年……ルグドーは驚いた。

 ルグドーを注意したのはバルグという太った男。

 二人の容姿は対照的だった。大柄なバルグと小柄なルグドー。

 男らしく髭の生えたバルグと、中性的で女に見間違えられることもあるルグドー。

 人間のバルグと、垂れ耳でしっぽが生えている獣人のルグドー。


「また古い動画を見てるのか。そんなの見てる暇があるなら仕事しろ!」

「ちょっとした休憩です……」

「休憩だぁ? そんなもん、ここに働いてる人間には必要ない!」

 

 主であるバルグは威圧的な態度で怒鳴る。

 ルグドーは諦めて、デバイスをポケットへとしまった。


「さっさとゴミ漁りに行ってこい! お前を市場で買ってやった恩を忘れるな!」


 

 スクラップヤードの名の通りの場所だ。

 スクラップだらけの広場で、ルグドーは自分用に割り振られた機体へと近づく。

 作業用のエンハンスドギアだが、名前はない。134番で、先ほど動画で見た機体よりも小柄だ。

 ちょうど、ルグドーとバルグくらいに身長差がある。

 汚れが目立つ白い丸型の胴体部分へ手を伸ばす。そして、コックピットハッチへと乗り込む。

 最低限の操縦システムが積まれているだけの手狭なコックピット。

 座り心地最悪のシートに座ると、


「待てよルグドー、いっしょに行こうぜ」


 同年代の子どもが乗り込んでくる。見た目こそ獣人であるルグドーとは違う人間だが、立場は同じだった。


「いいよ、いっしょに行こう」


 つるむことが多い友人マッコウがシートの後ろに回ったことを確認して、開閉ボタンを押す。

 左右の操縦桿を掴んで、足をペダルの上へ。

 アクセルペダルを踏むと、エンハンスドギアが歩き始めた。

 ガチョン、ガチョンという間の抜けた音と、振動が伝わってくる。

 ルグドーは体質的に平気だったが、はじめて乗る子供はたいていが嘔吐する。

 しかしマッコウはここにきて長いので平然としていた。

 だから、ルグドーは普段通り会話を始める。


「どこ行っちゃったんだろうなぁ」

「またその話かよ、ルグドー。推しが失踪した話だろ?」


 そうは言っても、ここでの話題など限られている。ルグドーのレパートリーとして、推しの話は圧倒的にキャパシティを占めていた。


「だってさ、優勝候補だって言われてたんだよ? なのに……いなくなっちゃうなんて。せっかく決勝戦に進んだのに」

「負けるのが怖かったんだろ」

「ホシ選手は負けたりしないよ!」

「こっちに顔向けるなって。前見ろよ」

「ごめん。でも、負けないよ。あんなに強かったんだから……」


 期待の新星として突如現れたホシ選手は、瞬く間に予選大会を優勝。

 本選でも負けなしの恐るべきグラディエーターだった。

 準決勝にも勝利し、次は決勝……というところで。

 忽然と、姿を消した。


「あまりに強いから、実は遺伝子操作されてるとか疑われてたんじゃないか。後は機体に不正してるんじゃないかとか。パラメータの誤魔化しだとかさ」

「遺伝子操作されてるからって強くなるとは限らないよ……」

「そりゃそうだな。お前を見てりゃ」


 その通りなので反論しない。が、こっちには文句を言う。


「機体の不正だって、厳正なチェックが行われてるんだから。それに、小手先の細工をしたところで勝てるような相手なんかいないよ」


 コロッセオに出場するグラディエーターたちは誰もが強者ばかりだ。

 チートめいたことをしたってたかが知れている。まず、予選の突破も難しいだろう。


「コロッセオに集うのはね、セカンドアースの代表者ばかりなんだよ? 予選で敗退した選手だって、その辺のEG乗りじゃ手も足も――」

「それはいいから、ついたぞ」

「おっと」


 ルグドーは優しくブレーキペダルを踏む。それでも、かなり機体が揺れた。

 ハッチを開いて、外に出る。バルグが支給した機体には、ありがたいことにセンサーの類が搭載されていない。だから降りて探すしかなかった。

 売り物になるようなお宝を、ごみの中から。


「ここ、この前も探したとこじゃん」

「新しくゴミが捨てられてるはず、なんだと」

「でも、見た感じ何も変わってないよ? もうちょっと先なんじゃないの」

「そんな気はするけど、もう少し探しとけ。バルグに文句を言われたくないだろ」


 二人の予感は的中していた。このスクラップの山は先日と全く変わりがない。

 手持無沙汰になった時のルーチンは決まっている。


「知ってるか? ルグドー」


 噂好きのマッコウが話しかけてくる。彼の話は面白いから好きだった。


「妙な奴が最近うろついてるって噂だぜ。全身を外套で隠してる奴だ。フードを目深にかぶって、口元をスカーフで覆ってるから顔は見えないし、声も合成音声を使ってる。男か女かもわからないらしい。わかってるのは背が高いってことと、質問してくるってことだけ」

「質問って?」


 ルグドーは光る物を手に取る。銀色に塗装されたゴミパーツだったので捨てた。


「えーとな、確か……」

「ちょっといいか」

「わっ!」


 背後から声を掛けられてどきっとする。嗅覚が強化されているルグドーでも気づかなかった。が、声の主はバルグではなさそうなので、ほっとする。

 特徴的な声だった。まるで人工的に加工されたような。ゆっくりと振り返る。

 そして、目が点になった。


「質問をしたいのだが」


 と合成音声で話す、黒い外套を纏い、フードとスカーフで顔のわからないこの人は……。

 かちこちに固まったルグドーの前で、謎の人物は懐に手を伸ばした。

 何が出てくるのか。そう思った矢先に、


「逃げるぞ!」


 マッコウがルグドーの手を引いて走っていた。

 エンハンスドギアに飛び乗ると、たくましくルグドーをコックピットへと引っ張り上げる。

 ガチャンガチャンと華奢で装甲のない剥き出しの足を動かして、作業用EGは進んでいく。

 しばらく進んだ後、停止。コックピット内では二人分のため息が漏れた。


「な、なんとか逃げ切った……」

「ありがとう、マッコウ。びっくりしちゃって……」

「いいって。俺たち、ともだちだろ?」

「うん……!」


 笑顔を見せあったルグドーたちは、もう一度EGから降りた。

 何かしら回収しないとバルグに怒られるからだ。先ほどとは場所が違うので、売り物になりそうなものが見つかるだろう――淡い希望を持ちながら、ごみを拾っては投げていく。


「まさかホントに出るとは驚いたぜ」

「これも全部バルグのせいだよ。あんな、何もないところに行かせなきゃさ」

「あんまり関係ないんじゃないか?」

「いーや、全部バルグのせいだね」


 ルグドーはバルグが嫌いだ。ここで働いている子どもたちで、バルグが好きな子どもはいない。断言できる。


「ちゃんと飯を食わせてやってるんだから文句を言うな。買ってやった恩を忘れるな……。そもそも、はした金で買ったんだろうに、いつまでも恩着せがましくさ。どうせなら別の人に買われれば良かったよ」

「やめとけよ。そんなこと言ってると本当に売り飛ばされるぞ。お前は見た目がいいからそういう売り方もできるなんて話してるの聞いたことがあるし」

「そういう売り方って……どういうこと?」

「おい、ルグドー。初心すぎるぜ」


 呆れるマッコウと首を傾げるルグドー。

 何のことだろう……と疑問符を浮かべながらスクラップを漁っていると、温かい感触がした。それを掴んで、持ち上げる。


「なにこれ……」


 青白く光る球体だった。片手で掴めるぐらいの。


「スターダストリアクターじゃねえか!」

「これが?」


 ルグドーは名前ぐらいしか知らなかった。

 滅んだ地球の後釜として、この惑星が選ばれた理由を。


「半永久的にエネルギーを供給する魔法の宝石だ! しかも安全性に問題はなく、壊しても爆発しない……! この惑星が第二の地球になった理由だぜ!」

「バルグが喉から手が出るほど欲しがってた……」


 相当に価値がある代物。


「原料であるスターダストは希少らしいからな。バルグの野郎も、これでお前を認めるだろうよ!」


 待遇が今よりマシになる。その事実はルグドーの胸を高鳴らせ、


「……」


 同時に、一つのアイデアを脳裏によぎらせた。


「ねぇ、これを持ってさ、逃げない?」

「は……? いきなり、何の話だよ」


 困惑するマッコウ。ルグドーは高揚しながらも、考えを伝える。


「だってさ、これをバルグに渡しても、ボクたちはたぶんこのままだよ。そりゃあ、少し食事は良くなるかもしれない。自由に使える時間が、ちょっと増えるかもね。でもずっと、バルグに使われたまま、一生を終えるんだ。そんなの、やだよ」


 昔から考えていたことだった。いつかここを出たい。

 自由に生きていきたい、と。

 ここの子どもたち……奴隷は、誰もが一度考える夢のはずだった。

 だが。


「そうは言っても……俺たちは外のこと、何もわからないだろう。俺だってここが好きなわけじゃないけど……外にいる、あいつらはもっと嫌いだ。お前はあいつらに襲われたことがないからわからないんだろうけど。正直言えば、ここでの生活がもっとよくなれば、俺は言うことないんだ」


 予想に反して、マッコウは否定的だった。


「マッコウ……」

「だから、変な気は起こさずにさ。おとなしくバルグに渡そうぜ」


 親友の態度にルグドーは少なからず衝撃を受ける。

 しかしルグドーも引くわけにはいかない。こんなチャンスは二度とないかもしれない。


「でも……でもさ」


 と、どうにか説得しようとした時だった。


『何がでもなんだ……? ルグドー』

「バルグ!?」


 バルグの声が響き渡って周辺を見渡す。

 聞こえてきたのは仕事用の端末からだった。しかし変だ。

 通信は繋げていないのに。

 ルグドーの疑問は、すぐにバルグの音声が回答した。


『お前みたいなクソガキが俺を裏切る可能性なんて百も承知さ! 端末にはな、盗聴器と発信機が入ってんだよ!』

「そんな……だって……」

『今まで散々バカにしてたのに、どうしてスルーしてたか、か? そんなもんはこういう時のために決まってんだろ! クソガキの陰口なんか、屁でもねーんだよ!!』


 まずい。

 逃げないと。

 直感的にエンハンスドギアへと走り出す。

 途中で、後ろ髪をひかれて振り返る。


「いっしょに逃げよう……!」


 さっきは自分の手を引いて助けてくれた友人は、


「ごめんな、ルグドー」


 伸ばした腕を掴まない。


「くっ……!」


 エンハンスドギアに乗り込む。ハッチが閉じる時、悲しそうな顔のマッコウが見えた。

 機体を走らせる。明確な目的地もなく、がむしゃらに。

 番号で管理された名前のないハンドメイド。作業用のギアでは、できることは限られる。

 だが、このまま捕まるのは嫌だった。だって、ずっとこのままじゃないか。

 ただ使われて死ぬ。そんな風に人生を終えたくない。


「嫌なんだぁあああ!」


 コックピット内で叫びながら、無我夢中で進んで。

 突然出てきた人影に驚いて、ブレーキペダルを踏み込む。

 急ブレーキの反動で、機体に衝撃が奔る。痛みにうめいているとハッチが開く音がした。


「おい、少年」

「さっきの人……!?」


 合成音声で話す、外套に身を包んだ長身の不審者。

 無断でハッチの入り口に手をかけていた。


「な、なんですか!?」

「まだ答えてもらっていない」

「何のこと……?」

「聞きたいことがある」


 一瞬呆けたルグドーだが、警告音が響いて現実に引き戻される。

 エンハンスドギアが近づいてきている。バルグの機体だ。


「どうした?」

「逃げないと……!」

「追われているのか」

「そうだよ! だから――えっ?」


 謎の人が乗り込んできて、ルグドーは困惑する。

 さらには妙な手振りをしてきた。

 どけ、というような。


「操縦を変わる。シートの後ろに」

「な、何を言って……!」

「君の操縦では逃げられない」


 言い返そうとしたが、事実だ。

 このまま逃げても捕まるのは時間の問題。

 なら、この見知らぬ誰かに賭けるのもありかもしれない。


「わ、わかりました」

 

 ルグドーが退いたシートに謎の人物が座った。

 その瞬間、コックピット内にバルグの声が反響する。


『見つけたぜルグドー! 観念してスターダストリアクターを渡せ! 小ぶりでも相当な価値があるんだ! お前の何倍、いや、何十倍、何百倍もな!』

「バルグが来た……!」

「ちゃんと掴まるんだ」

「はい……!」

『言葉ではわからねえってんなら、身体にわからせてやる!』


 バルグのエンハンスドギアがこちらの頭上を取った。

 黄色い、全身を装甲に覆われた機体で、両手には作業用のハンマーを持っている。

 小柄なルグドーたちのギアに対し、バルグのギアはその巨体のように大柄だった。

 丸形の頭部カメラが赤く光る。


『痛いぞ、歯を食いしばれ!』

「うわああああ!」


 思わず悲鳴を上げたルグドーだが、操縦席に座る謎の人物は違った。

 レフトサイドスラスターのペダルを軽く踏み込む。

 轟音が響き渡った。機体左隣の地面にハンマーが叩きつけられていた。


『避けやがった……!? いっちょ前に……!!』


 パイロットは今度は右の操縦桿を動かす。連動してライトアームが動く。

 バルグ機の頭部へパンチがヒットした。


『てめえ……俺様の機体に傷を……!』

「すごい……!!」

「この性能差では無理か」


 反撃したというのに、謎の人物は喜んでいない。

 視線はバルグ機を殴った自機の右手に向けられている。主に運搬作業に使われるアームがひしゃげていた。繊細な頭部でさえもこの機体の打撃力では破壊できなかったのだ。


「じゃあどうすうわっ!」


 機体が揺れ始めて驚く。謎の人物がアクセルペダルを踏んでいた。

 だが、動きに迷いはない。ちゃんと目的地が存在する動きだった。


『逃がすかよ!』


 ダメージから復活したバルグもその背中を追い始める。

 移動速度が段違いだった。まもなく追い付かれる。

 やっぱり無理だったのか。悲観するルグドーの心は衝撃で飛び跳ねた。


「こ、今度は何……?」


 エンハンスドギアが停止していた。謎の人物はそそくさとハッチを開けている。


「行くぞ」

「どこへ……?」

「すぐに来る」


 言われて外に出ると空から何かが飛んできていた。

 段々と近づいてくる。よく見ると外套を纏ったエンハンスドギアだった。

 隣にいる謎の人物と同じような風貌で、機体がどんなものかわかりづらい。

 示し合わせたようにこちらの前で着地し、外套をまくって胴体部分を露出させる。

 コックピットハッチが開いた。自動のようだ。


「乗り込むぞ」

「どうやって……!?」

「こっちへ」

「わっ!?」


 謎の人物はおもむろにルグドーを抱き寄せた。

 二つの驚きが芽生える。

 いきなりよく知らぬ誰かに抱かれたという驚きと。

 その感触の柔らかさに。

 そこへ三つ目のサプライズが加わった。

 ピストル型のアンカーショットをハッチへ謎の人物が撃ち込み、引力によって身体が宙に浮いたからだ。


「うわあああああ!」


 ハッチへと引っ張られた二人は対照的な反応を見せて乗り込む。同時にハッチが締まり、ルグドーは先ほどと同じようにシートの後ろへ移動した。

 コックピット内部はさっきと全然違う。コントロールパネルやボタンの多さ、その空間の広さも。

 謎の人物はシートに座ろうとして、


「外套が邪魔だな。持っててくれ」


 ルグドーの視界が投げられた外套に塞がれる。悪戦苦闘しながらその外套を頭から外して、


「え――?」


 今日何度目かわからない驚きに包まれた。

 謎の人物は女性だった――特別驚きはしない。現代人はエンハンスドギアを操縦できなければ話にならない。

 謎の人物は麗しい見た目をしていた――それも不思議ではない。

 その服装も驚く要素はない。動きやすさを優先した白を基調とした服装だ。ところどころベルトがついている。腰にはホルスターも見えた。

 驚愕した最大の理由は。


「ホシ選手……!?」


 動画で見ていた推し。

 謎の人物が、ホシ・アマノガワだったからだ。

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