海に呼ぶ絵

添水

プロローグ

伊豆は近代に至るまで、あまり人を寄せ付けない土地だった。昔から天城越えは難所の代名詞であるが、ことは天城山のみに限った話ではない。伊豆半島の中央部を走る天城山脈を樹木の幹に例えるならば、そこから無数の峻険な山々が枝分かれして、海にまで張り出している。密集する山々のわずかな隙間に、時の忘れ物のように小さな集落が点在している。


そんな集落同士を結ぶ隧道トンネルが整備されたのは、つい一世紀ほど前のことだ。それ以前は、隣村に行くだけでも、険しい峠を幾つも越えて行かなくてはならかった。いきおい陸路よりも海路───半島の周囲を巡る舟のルートが発達したのも、当然と言えるだろう。戦国時代、沿岸部にはいわゆる海賊衆が出没したというが、かれらも元をただせば港を通る舟から通行料を徴収する漁民であったのだ。


遥か神話の時代までさかのぼると、神も海を渡ってやって来た。伊豆に伝わる古文書『三宅記』によるとその昔、遠く天竺より来訪した神はこの地に至り、七日七夜をかけて「島焼き」を行い、十の島々を産み出したと伝えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る