第54話 カエルにするよ?


 声を上げたのは、王様の後ろに並んでいる中の一人だ。背が低く小太りで、いかにもって感じの男性。身なりはよさそうなので、貴族なのだろう。


「グルトプ大神官が解呪に失敗したんだぞ!聖職者でもないただの平民に、それもどこの馬の骨とも分からぬような者に、解呪ができる道理などなかろう!」


「王の御前だ。静まるのだ、アルモンド侯爵!」


「宰相!騙されておるのですぞ!臣下がそれを諫めず、どうするのですか!?」


 かなり興奮している。


「どうせ、上手く入り込んで金をせしめようとしている詐欺師じゃないのか!ルーヴァ様も、こんな屑のようなちんけな男に――ひっ!!」


「……お黙りなさい」


 おー、ルーが激おこだ。目がマジになっている。無意識のうちに威圧を放っているみたい。


 アルモンド侯爵と呼ばれた男性が、腰を抜かした。王様の後ろにいる人たちの多くも同じような状態だ。さらに後方の騎士団の人たちも、苦しそうにしている。王様も少し驚いた顔だ。


 平気な顔をしているのは、幼女に魔女、隻眼の大男とか数名ぐらい。たぶん、何かを極めた人たちなんだろう。


 ルーは、特に武芸をたしなんではおらず、高いレベルのスキルも持っていない、それでもステータスレベルは2,000ある。その威圧は、一般人には十分、効果があるみたい。


 あ、侯爵が倒れた。泡も吹いている……


 すると、後ろにいた幼女が王様の前に出てきた。手には、身長よりも長い杖を持っている。


 誰……?


「ほら、みんな静かにしな」


 杖でドンと地面を叩く幼女。一瞬、「ロリのじゃ」かと思ったら違った。でも、老婆のような声色だし喋り方だから、当然だけれど見た目通りの年齢ではないことは間違いない。


「ルーヴァ嬢、少し落ち着きな」


 ポンポンと、ルーの腕を軽く叩く幼女の言葉を受けてルーが息を吐いた。


「……申し訳ございません、イーダ様。ミナト様が悪く言われて少し気持ちが高ぶってしまいました」


「あんた、雰囲気が少し変わったね」


 そして、イーダと呼ばれた幼女がルーのことを上から下まで繁繁しげしげと眺めた。


「そ、そうでしょうか……」


 冷静になって、皆の前で興奮したことが恥ずかしかったのか、あたふたしているルー。可愛い。


「アルモンドも――って気絶しているのかい。情けないね。いい年した男のくせに」


 ふんと、幼女が冷徹な目で侯爵のことを一瞥した。


「それよりも――ミナト、だったか?」


「は、はい」


 突然、幼女――いや、イーダ様から侯爵に向けた目と同じ目を向けられ、少しだけビビった。声が裏返られなかったことを褒めて欲しい。


 イーダ様の目が細くなる。そしてゾワッとした感覚を感じた。


「ほぅ。レベル20かい」


 鑑定されたのか。でも、僕はきちんと偽装しているから大丈夫。


「偽装してるね、小僧」


「え、な、え……」


「小僧、ここに『転移』してきたんだろう?ないよ、スキルの中に」


 慌てて、自分のスキルを確認すると……



 生活スキル:清掃(LV10)、クリーン(LV10)、料理(LV10)、灯り(LV10)


 普通スキル:剣術(LV10)



 思い出した。偽装するとき、スキルについては、ルーが持っていたスキルを参考に、無難そうなスキルを適当に選んだんだった。


「それに、五つしかないスキルの大半が、生活スキル?『清掃』『クリーン』『料理』『灯り』って家政夫でもしてんのかい、あんた?」


 杖を僕にびしっと突きつけるイーダ様。


「あと、持っているスキルのレベルが全部10で揃ってる?……なめてるね、小僧?」


 ……ばれてら。それと、さっきから小僧扱いになっているんですが。


「まあいいさ。隠したい年頃なんだろう」


 にやりとするイーダ様


 いや、そんな何かをこじらせている、と決めつけるのはどうかと……


「それよりも小僧、ソラーサが受けた呪いを解けるらしいが、隠している『解呪』のスキルのレベルはいくつなんだい?」


 目がキラリとするイーダ様が怖い。王様を含めて、皆が黙って僕たちのやり取りを聞いている。というか、口が出せない状況か。


「え、えっと……」


 どうしよう。隠しているも何も、「解呪」のスキルなんて元から持ってないし。というか、「呪停」の呪いなら、普通に「治療」スキルの「呪治療」の技能で十分なはずなんだけれど……


 仕方がないので、僕は正直に言うことにした。


「訳あって偽装はしていますが……」


「いいさ、そんなことは。高レベルの冒険者なら、偽装など誰でもやっていることさ。あたしもしているよ。それより――」


「ああ呪いの解除でしたね。僕は『解呪』のスキルは持っていませんが、代わりに『治療』のスキルを持っていますので……」


 僕の言葉に、集まっていた人々から再び大きなざわめきが起きた。


「解呪を持っていないだと!」

「治療のスキルで解呪を?」

「何をいっているのだ、あの少年は?」

「やはり、侯爵が言った通り、詐欺師じゃないのか?」


 なんか、不穏な話声が聞こえてくる。


「……小僧。それは本気で言っているのかい?」


 少しイーダ様の声が低くなる。


「え?本気って……何を?」


「解呪を『治療』のスキルで行える、ということさ」


 え?逆に僕が問いたい、イーダ様に。何を言っているのだろう?


「僕は島で、普通に呪われていた魔獣に『治療』スキルを使っていましたが……」


 再びざわめく人々。


「呪われた魔獣?それに治療スキルを使っただって?」


「はい。島には、『ヨールガンド』という毒蛇型の魔獣がいましたが、この魔獣はやられそうになると、自らに不死となる呪いをかけて、それを解かないと討伐できなかったんです」


 そう。ヨールガンドはZゾーンに出現した魔獣で、レベルは200ぐらい。やっかいな攻撃は毒吐きぐらいだったんだけれど、一定のダメージを受けると「不死の呪い」を発動させた。ウィズに聞いたところ、その呪いは自身で解くことが出来ず、呪いを受けている間は絶え間なく襲う痛みに苦しむらしいけれど、全てのダメージを無効化する、いわば「完全無効」と同じ状態。


 だから、この魔獣が「不死の呪い」の状態に陥ったら、「呪治療」を使って呪いを解いてから討伐していた。


 ウィズ曰く、「不死の呪い」は、呪輪が五本線にあたる最上級の呪いと同等だったから、これと同レベルの「呪停」なら僕の「呪治療」の技能で十分、対処ができる、ということだった。


「イーダ様、私は聞いたことがあります」


 その時、ざわめく人々の中から、一人の老人が前に出てきた。


「グルトプ、何を聞いたというんだい?」


「はい、イーダ様。『呪治療』は、スキルレベルが23で現れる『治療』スキルの一つの技能です」


「それで?」


「『呪治療』の技能の働きはご存じのように、普通の『治療』のスキルでは回復できない、呪われた者の体力を回復させる、というだけです。しかし、スキルレベルが高くなると、かけられた呪いそのものを解くことができる、ということを教国本部の神殿図書館にある大神官以上しか閲覧できない書物で拝見したことがございます」


「大神官のあんたの言葉だ。嘘偽りはないのだろうけれど、それは本当なのかい?」


 大神官と呼ばれたグルトプさんは、首を横に振った。


「残念ながら、それが証明されたことはありません。『呪治療』の技能を持つことがまずは困難ですから。それに、そのスキルレベルが高い、というのが、いくつのレベルのことを指すのかも書かれてはいませんでしたので……」


「スキルレベル23というと……『治療』のスキルを800万回以上、発動させる必要があるとなると、確かに簡単に手に入る技能じゃないね」


 少しイーダ様が考え始めた。それまでざわついていた人々も、二人の会話を黙って聞いていた。


「よし、小僧。あんたの『治療』のレベルはいくつなんだい、と聞きたいところだが、隠しているぐらいだ。話しちゃくれないだろう」


 勝手に話を進めるイーダ様。なんか、嫌な予感してきた。


「だから、ここにいる皆に、あんたの力を示してみな」


 力?って、何の力を――


「だから、あんたが高レベルのスキルを持っている、という力の証明さ」


「力の証明って、何を……?」


 僕の疑問に、イーダ様が「肩についたホコリを払ってごらん」というぐらいの気楽な感じで答えた。


「簡単なことさ。今から、あたしが魔法を放つから防ぐんだよ」


 ……何を言ってるの?なんでこの人、こんなに攻撃的なの?


「いいから、少し下がりな。こんな近い距離じゃ、マハルやルーヴァまで巻き込んでしまうからね」


 そしてシッシッ、と手を振るイーダ様


 犬か、僕たちは!……でも、妙な迫力を持つこの幼女には、下手に逆らっちゃ良くない気がしたので、皆に「少し下がるよ」と言って距離を取った。


 アンジェたちも素直に従ってくれているけれど……エル、何かハプニングを期待するようなワクワク顔は止めて欲しい。


 そして――僕は30メートルほど離れて、イーダ様と対峙する形になった。アンジェたちは、危なくないよう僕の後方ではなく左横で待機。


 イーダ様の横手には王様とルー。ルーは心配そうに両手を握りしめている。王様は勝手に話が進められていることが不満なようで、少し憮然とした表情だ。


 王様の後ろにいる人たちも、今は黙ってみているけれど、見世物じゃないんだからね。


「準備はいいかい、小僧」


「はあ」


 準備も何も、そっちが勝手にやっているだけでしょ、と文句を言いたいところだけど、今さら、そんなことを言える雰囲気ではなくなっている。


 ……仕方がない。付き合うか。


「いつでもいいですよ」


 僕が嫌そうに言うと、イーダ様はにやりと笑った。


「まずは小手調べだ」


 そして、何かを唱えると、イーダ様の頭上に小さな魔法陣が「ビュンッ」と音を立てて浮かび上がった。


「いくよ」


 イーダ様が、トンと地面を叩く。魔法陣が赤く発光した。魔法の発動だ。魔法陣から数本の炎の矢が現れる。


 なるほど、魔法陣から魔法が飛び出すときはこんな感じなのか……


 ちょっと、ワクワク感がある。でも、できれば何か言って欲しかった。「ファイヤーアロー」とか。炎の矢だから、そんな魔法名だよね?


 そして――炎の矢は、一瞬のためを置いたあと、魔法陣から僕に向かって放たれた。


 ……シュッ


 当然だけれど、僕の「無効」スキルが仕事をしてくれた。僕にぶつかる直前、小さな音を立てて炎の矢は消える。今は、「ばりあ」を使っていないけれど、「無効」スキルは常にパッシブ状態だからね。


「ほう。身動き一つせずに消すのかい、それを」


 舌なめずりをするイーダ様。目も怪しく光っているんですけれど……


「じゃあ、今度はこれだ」


 再び何かを唱えるイーダ様。


 ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ


 一つ、二つ、三つ……三連に連なった魔法陣が浮き上がる。一つ一つの陣が、さっきより大きい!


「イーダ!やりすぎだ!」


 横で見ていた王様が焦った声を上げる。


「マハルは黙って見ておいで。これぐらいで、この小僧が死んだりはしないさ」


 王様のことを呼び捨て!?


「いくよ!」


 何、この幼女……人の話を全然聞かないタイプ?


 それに三重の魔法陣って、かなりの威力だよね。人に向けていい魔法じゃないよね?


 僕は少しイラっとした。周りにいる人も、誰も止めないってどういうこと?


「イーダ様!おやめください!!」


 ルーが大きな声を上げた。


「ふん。心配しなくてもいい。あんたの大事な人に大きな傷をつけたりはしないさ」


「え?え?え?……大事な人?」


 イーダ様の言葉に、ルーが頬に両手を当て、突然身悶えし始めた。もちろん抗議は中断だ。


 ……ルーさん、ちょっとチョロ過ぎませんか?


 しかしこのイーダ様って人、すごく怪しい人だよな……怪しい幼女?……というより怪女?


「……余計なことを考えているね、小僧。間違ってもそれを口に出すんじゃないよ。カエルにするよ?」


 は?……カ、カエル?


「しっかり防ぎな!」


「ちょっ、ちょっ、ちょっ」


 反射的に僕は両手を前に突き出した。


 そして、三重の魔法陣が次々に淡い緑色に輝き始める。



『鑑定!』



 急いで鑑定してみると――


 イーダ様が唱えた魔法陣は「ウインド・ストーム」、風魔法だ。陣が三重だから上級魔法。込められた魔力は……



 10万!!



 ……うん。平気だな、これは。


 億を超えた魔力なら少し身構えるけれど、たった10万程度の魔力……緊張して損した。


 レベル200程度の魔獣相手ならダメージが通るだろうけれど、僕には通らない。まあ、どうせ放っておいても、「無効」スキルが消してくれる。


 僕が肩の力を抜いた瞬間、イーダ様が杖をトンとつき、魔法が発動した。


 ゴーーーーーーッ!!!!


 すごい音をたてながら、直径10メートルはあろうかという空気の渦が魔法陣の前に現れ、押し出されて回転しながら僕に迫ってくる。


 その時――


 横にいたアンジェが、音もなく僕の前に立つと、軽く手を振る。そして白い光線がウインド・ストームを襲い、爆発した。


 ドカーーン!!!!


 まずい!爆風がくる。


 慌てて僕は、爆発地点を中心に「ばりあ」で囲った。


 ……シュッ


 内側に向けて無効スキルをかけたので、爆風はキレイに消失してくれた。「ばりあ」は透明にしていたので、見ていた人は何かが爆発して突然消えた、としか分からないだろう。


「幼女、やりすぎ」


 ……やばい。アンジェがお怒りみたい。


「誰だい、あんた」


「アンジェ。そんなカスみたいな攻撃、ミナトに通用するはずがない」


「ほほう……」


「でも気に入らない。ミナトに毛一筋の傷でも与えることは許さない」


 まずい。僕は、アンジェの前に割り込んだ。一生懸命、イーダ様に向かって手を振る。


「ちょ、ちょ、少し落ち着きましょう。それに、こんなことしている場合じゃないでしょう。王妃様の――」


 でもイーダ様は、僕を無視してアンジェに向けて目を細めた。


「ほう。レベル10?……あんたも偽装しているね。それに……見たところ、人族ではないね、あんた。隠された魔力は相当なものだ」


 隠された魔力?そりゃ、そうです!その子、ステータスレベル50,000ですよ!


 僕は叫びたかったが、叫べない……


「幼女、偉そう」


 ちょ、ちょ、ちょ、アンジェさん、あなた誰にモノを言っているのか分かっているの!?


 王様を呼び捨てにするほどの人だ。この国の重鎮で間違いないだろう。


「ふはは。ちょうどいい。最近、周りがうるさくてストレスが溜まっていたところさ。少し付き合いな。ほら、マハル、もっと下がるんだよ。巻き込まれても知らないよ?」


 イーダ様の言葉に、隻眼の大男が「下がれ、下がれ、壁まで下がれ」と大声で皆を下がらせていた。

 

 そして、イーダ様のご機嫌な声を聞いたアンジェは、僕の腰を掴んでポイとエルがいる方向に投げ捨てた。


 うわっ。


「ミナトも下がってて」


「ちゅう……」


 隣で座り込む僕を見るエルの視線が、不憫そうだ。僕は少しだけ侘しさを感じながら、エルを抱っこして、訓練場の壁際まで移動した。


 これで、二人の周りに100メートルほどの空間ができたことになる。


 そして――


 アンジェとイーダ様の戦いが始まった。


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