第53話 ルーの帰還



 皆が起きてきたので、準備した朝食を一緒に食べた。


「ミナト様、美味しいです」

「ちゅう、ちゅう」

「おかわり」


 皆が喜んで食べてくれているのは、キノコご飯。時間もあったので、魚と鳥から出汁をとり、和風と中華を折衷させたような炊き込みご飯にしてみたけれど、好評で良かった。


 卵焼きと胡麻ドレッシングのサラダも、用意した分は全部なくなった。


 うん。朝から献立を考えた甲斐があった。


 そして――今日は、いよいよルーのエテラルゼ王国への帰還の日だ。


 ヒヨコは――途中でハプニングがあったみたいだけれど――無事にエテラルゼ王国の王都エルーゼに到着したみたい。


 今は、ミシェルさんの騎士団の場所に向かっている。向こうはまだ雨が降っているようだけれど、明るくなる時間帯に入ったから、目立たないように移動していることもあって、騎士団に着くのは、もう少し先になりそう。


 王妃様の「呪停」が満呪するのは三日後の深夜だ。できれば、今日中に決着はつけておきたい。



 ▼▽▼▽



 食事後、皆で洞窟の中の片づけを行っていたら、ヒヨコから連絡が送られてきた。


 どうやら、騎士団に到着したようだ。ヒヨコが見ている光景がが伝わってくる。動画配信を見ている感じかな。


 うん、「分裂」スキルって、かなり有能だ。


 眷属間でも、情報を伝えることはできるけれど、イメージは、どちらかと言えばメールや電話。動画は無理だ。ヒヨコは、僕の「眷属」になったけれど、元は「影」だから、ヒヨコが見ている視界の情報を、そのままリアルタイムで映像として受け取ることが出来る。


 もちろん、四六時中、繋がっているわけではなく、必要に応じて、オンオフは可能。


 今、ヒヨコは広い場所にそっと置かれたところだ。ルーに尋ねたらその広場は騎士団の中にある訓練場では、とのこと。広い場所を、と手紙に書いたので、そこを選んでくれたのだろう。そして、騎士団が行進、整列を始めている。王女騎士団だけあって、全員が女性だ。


 アンジェは同じ映像を見れている。エルとルーには僕が状況を説明した。


 向こうの準備は、ほぼ整ったみたい。騎士団も整列が終わり、先頭には、一人の女性騎士が剣を土に差して両手をその上に乗せ、仁王立ちで立っている。「常在戦場」と言いそうな雰囲気だ。カッコいい。


 よし。そろそろかな。


「ルー、もう少しで転移するけれど、心の準備は大丈夫?」


 尋ねると、ルーは決意を込めた声で「はい」と答えてきた。


「エルとアンジェもいいかな」


「ちゅう!」

「りょ」


「じゃあ、いくよ」


 ん?


 僕は転移のスキルを発動させようとして、ぐにゃりとした感覚に気が付いた。どうやら王都は、全体が大きな結界で覆われているみたいだ。転移阻害の効果もあるようで、それに反応したのだろう。


 でも、カンストした「無効」スキルを持つ僕には関係ない。いつものように、皆を「ばりあ」の中に囲ってから、改めてスキルを発動させた。



『転移』



 ■□■□



「転移」は一瞬で光景が切り替わる。ふわっとした浮遊感が薄れると、僕たちはヒヨコが映像で送ってくれた訓練場の、ちょうど中央部分に立っていた。


 広い四角形の踏みしめられた土の広場は、一見、学校のグラウンドのようなイメージだ。雨が降りしきる中だけれど、踏み固められた地面にぬかるみはない。


 僕はそっと「ばりあ」を解除した。


 雨が降っているから、「ばりあ」を貼ったままだと、不自然に空中で弾ける雨粒に違和感を感じられても困るし。それに、ここは敵地ではない。エルやアンジェはもちろん、ルーもステータス的に一撃で致命傷を負う可能性は低いだろう。念のためにMAPで確認したけれど危険な予兆は何もないからね。


 ピヨピヨ


 うぉっ。足元から可愛い鳴き声が。


「転移」の目印にしたヒヨコが、僕たちを出迎えてくれていたようだ。


 うん?


 なぜか、大型犬くらいだったはずのヒヨコが、普通のヒヨコのサイズに縮んでいる。大きさは自分で自在に変えられるけれど、なんで小さくなったのだろう?まあ、小さい方が可愛さが増しているのは確かだけれど……


 それよりも――今、僕たちの前には、白い鎧を着た数十名の女性騎士が並んでいた。先頭の騎士の鎧は肩のあたりに黄金色が混じり、他の騎士たちとは一線を画した雰囲気だ。ブラウン色の髪が白と黄金の髪にマッチしている。ちらりとルーに視線を送ると小さく頷いた。うん、あれが団長のミシェルさんだね。


 ミシェルさんは、さっき、映像で見た時と同じ「常在戦場」のポーズのまま。


「抜剣!」


 大きな声でミシェルさんが叫ぶ。そして、その号令に合わせて、後ろの騎士たちが一斉に剣を抜いた。


 斜めに剣を持った状態で、綺麗に縦列している騎士たちの姿を見た僕は、背筋が軽くゾクッとするのを感じた。


 ミシェルさんも、地面に突き刺していた剣を抜き、同じように斜めに振りぬいた。


「ルーヴァ王女に――敬礼!」


 僕たちは並んで、静かにその光景を見ている。


捧げささげーー剣!」


 斜めに下げられた剣を片手で顔の前に縦に捧げ、そしてもう片方の手を打ち付けるように剣のグリップに添えると、重厚な音が訓練場に響いた。雨が降る中、女性騎士たちの動作に乱れは一切ない。


 バシッ!


 見事に揃った操剣だ。これは、前の世界で自衛隊のことを紹介した番組で見たことがある軍隊の儀礼の一つ、「捧げ銃ささげつつ」の剣バージョンだね。


 敬礼を受けたルーが一歩前に出て、両手を前で揃え、一回、二回と右左に、皆の顔を見渡して軽く頷いた。さすが王女様。自然と慣れた動作だ。


「なおれ!」


 ガシャッ、ガシャッ


 ミシェルさんの言葉で、一斉に皆が二動作で納剣した。


 カッコいい!


 その一糸乱れぬ一連の動作に、ルーの後ろで見ていた僕は、思わず息を止めていた。


 そして……先頭の騎士ミシェルさんがルーを見つめる。ルーも黙ったまま彼女を見つめていた。


 ザーッ


 降りしきる雨音だけが辺りを支配する中、やがて……ミシェルさんが、ゆっくりとルーに向かって歩きはじめた。ミシェルさんが、雨の中、肩を小刻みに震わせながら、小さく小さく嗚咽を上げているのが聞こえる。ルーも、今にも涙が溢れそうだ。



 ルーの正面に立ったミシェルさんは、流れるような動作で跪いた。


「お帰りを――心よりお帰りをお待ちしておりました。ルーヴァ様」


「ミシェル……」


 ルーは、僅かなあいだミシェルさんを見つめてから――飛びつくように抱きついた。ルーの黄金色の髪が雨の雫を散らしながらなびく。


「ルーヴァ様、ルーヴァ様、ルーヴァ様……!」


 涙を流し嗚咽を上げて抱き合う二人を、僕は黙ってみていた。


 ルーの、そしてルーを抱きしめるミシェルさんの想いは想像に難くない。


 僕の後ろでは、雨に打たれながらエルとアンジェもそっとその光景を見ていた。きっと二人も僕と同じ気持ちだろう。


 向こう側で並ぶ女性騎士たちの頬も、涙で濡れている。


「ルー!」


 抱き合う二人を見ていたら、突然、大きな男性の声が聞こえた。


 振り向くと、訓練場の入り口に、息を切らした男性の姿があった。その場にいた女性騎士全員が頭を垂れて一斉に跪く。


「お父様!」


 男性の声に顔を上げたルーの言葉に、僕はその男性が王様であることを知った。


 ルーと同じ輝くような金髪で、年は往年ぐらいだろうか。赤いマントをつけ、イケメンの中年男性、といった感じ。立派な口ひげもあるので、僕が抱く王様のイメージとぴったりだ。


 ミシェルさんから体を離して立ち上がったルーが、王様に向かって駆け出していく。


「お父様!!!」


「ルー!!!」


 王様の胸に、思い切り飛び込んだルーは、一人の少女の姿に戻っていた。


「よく――よく無事で戻ってきてくれた!」


「お父様……」


 ルーはさっきからお父様、としか言っていない。でも、それだけ感慨深いものを感じる。王様も、二度と離すまいとルーを強く抱きしめている。


 王様が断腸の思いでルーを送り出したことは、言うまでもない。いくら王族の義務があろうと、愛娘を死地に送り出すことに、躊躇いためらいや葛藤がないはずがない。


 よかった……


 僕は改めてルーを助けられたことを神龍様、御使い様、そして女神様に感謝し、ようやくここまでルーを連れてくることができたことを心から安堵していた。


 いつしか雨は上がり、雲の隙間からは太陽の光が薄明光線天使の梯子となって放射状に広がっていた。まるでルーたちを祝福するかのように……



 ■□■□



 再会を喜ぶルーたちの様子を、僕たちは少し離れたところに下がって見守っていた。積もる話もあるだろうし、今はそっとしておこう。


 ピヨピヨ


 僕の足元では、小さくなったヒヨコが歩き回っている。


 鳴きながら小さく羽ばたくヒヨコは可愛かった。僕はそっと両手で掬うようにヒヨコを持ち上げ、何気なく鑑定してみた。


『鑑定』


 種族:ひよこ

 名前:(仮)ひよ丸(ミナトとアンジェの眷属)

 LV:30,000



 え!?


 名前がついている!仮だけれど。あとレベルも上がっているし……


「誰かが名前をつけた」


 アンジェも、少し驚いているようだ。


 ヒヨコは確か途中で、誰かを助ける、と言っていた。ただ、僕も朝の準備とかで忙しくしていたから、その様子は映像で見ておらず、助けた様子は分からない。


 もしかすると、助けた誰かに名前を付けてもらったのかもしれないな。でもこれって……僕は、思わず小さく呟いていた。


「うーん、誰か知らないけれど、ネーミングのセンスはイマイチかも」


 ……ふと視線を感じたので横を見ると、エルが僕がジト目で見ていた。


 What……?


 ま、まあいいか。


「ひよ丸、でいいのかな?」


「ピヨピヨ!」


 うん、どうやら良いみたい。僕が呼びかけると、嬉しそうにヒヨコ――ひよ丸が鳴いた。


「お疲れ様。大変だった?誰かを助けたんだよね?」


「ピヨピヨ」


 肯定。


「その人たちは無事だった?」


「ピヨピヨ」


 肯定。


「良かった。疲れていない?ルームで休んでいく?」


「ピ」


 否定。


 どうやら、休まなくても良いみたい。そして、ひよ丸はパタパタと羽ばたいて、僕の手から、エルの頭の上に移動した。


「そこがいいの?」


「ピヨピヨ」


 どうやらひよ丸は、エルのところがいいみたい。エルも頼られて満更ではなさそうだから、これでいいか……まあ、レベル30,000のひよ丸に危害を加えることが出来る者がいるとは思えないから、どこにいようとも安全なんだけれどね。


 僕は、しゃがんでエルとひよ丸を交互に撫でてみた。


 おー、二人とも毛並みが柔らかい。ダブルモフモフだ。そして、いつの間にかアンジェも僕の横でしゃがんでいた。


「こうしていると、子どもとペットを連れて歩く新婚さん」


 うんうん、と頷いて満足げなアンジェ。


 新婚さんじゃないから、とアンジェに突っ込んでいると、ふと視線に気が付いた。向こうを見ると、女性騎士の一部が、エルとひよ丸を見ていた。


 手がうずうず、ワサワサしているから、モフりたいのだろう。たぶん。


 エルとひよ丸が人気者なのは、少し誇らしい。でも残念。今はモフらせない。仕事を頑張って。


 そんなことを考えていたら、突然、後ろから声がかかった。


「ミナト様」


 振り向くと、そこにはルーと王様の姿が。そして、その後ろには、ミシェルさんと十人以上の人が並んでいた。立派な衣装を着ている人が多いから、たぶん偉い人たちなのだろう。


 なぜか幼女や、魔女の格好をしている人もいるけれど……


 さらに後方には男性の騎士団の姿もある。王様の騎士団だから、確か近衛騎士団?


 僕は慌てて立ち上がった。アンジェも立ち上がり、その横にひよ丸を頭に乗せたエルが並ぶ。


「お父様、ご紹介いたします。こちらが、島で私の命を救っていただいたミナト様、そしてそのご家族の、アンジェさん、エルちゃん、そして……ヒヨコさん?」


 最後の疑問形は、ひよ丸の名づけについては、さっき気がついたばかりだから仕方がない。


 真正面で見る王様は武人の気配を身にまとっていた。容貌は、やっぱりルーに似ている。イケメンだ。


 とりあえず王様に挨拶だ。


 僕たちは、皆で跪き、頭を下げる。このあたりの礼儀作法は、ウィズから聞いておいた。ちなみに、エルは伏せの姿勢になったので、ひよ丸が落ちる心配はいらなかった。よかった。


「ミナトです」

「アンジェです」

「ちゅう」

「ピヨピヨ」


「君がルーを助けてくれたミナト君か。まず頭を上げて欲しい」


 王様の言葉に、僕たちは頭を上げた。エルも伏せの姿勢から手をちょこんと前に垂らしてお座りの姿勢になった。可愛い。


 僕たち皆の顔を、一人一人じっくりと見つめる王様。エルとひよ丸にも真摯な視線を向けている。


「先ほど、ルーからだいたいの経緯は聞いた。ありがとう。本当にありがとう。ルーを島に送り出した王としては無論――娘を送り出したことを後悔していた父親として礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」


 頭を下げる王様に、後ろにいた人たちの気配がわずかに揺れたが誰も何も言わない。確か、王様って頭を下げちゃいけないはず。だから、これはルーの父としての礼と僕は受け止めた。


「頭をお上げください。王様」


 王様が頭を上げて、もう一度、僕を見つめる。


「僕はルー――ルーヴァ様から事情をお聞きして、ルーヴァ様が、王妃様を、そして国を救うため、自身の命を顧みず行動したことに強く心を打たれました。真っ直ぐに……そう、真っ直ぐに困難に立ち向かう姿は尊敬に値するものでした。

 本当は、僕は厄介ごとに巻き込まれるのは避けて生きようと思っていました。でも、ルーヴァ様のあの真摯な瞳を見て、それを見ない振りをすることはできません。

 ですから、僕の力が及ぶ範囲でご協力をさせていただければと思います」


「そうか……」


 王様が小さく頷いた。隣ではルーが口に手を当てていた。目が潤んでいる。


「ありがとう。ミナト君。父として――王としての悔恨の呪縛からようやく解かれた思いだ。それと……我が娘を呼ぶのは私の前でもルーで良い。本人もそれを望んでいる」


 ルーが王様の隣で、少し顔を赤くしながら頷いていたので、僕も「分かりました」と答えた。


「ところで……」


 王様の口調が、「父の優しさ」から「王の厳しさ」を含むものへと変わった。これからだが本題だ。隣では、アンジェたちも黙って僕たちの会話を聞いてくれていた。


「本当なら、ミナト君を主賓に招きルーの帰還祝いを行いたいところである。ルーにも君にも聞きたいことが山のようにある。だが……今、事態は切迫している。ルーから聞いてくれているようだが、まずは王妃――我が妻、ソラーサの解呪をお願いできるだろうか?」


「はい、もちろんです。そのために僕は来ましたので」


 僕が力強く頷くと、王様の後ろにいた人たちからざわめきが上がった。


「本当にあんな少年にできるのか?」という疑問の声もある。まあ、さえない感じの少年が国を挙げて取り組み、できなかった解呪を行なおうとしているのだから、信じられなくても仕方ない。


「ミナトは、さえなくない」


 アンジェが横目で僕をチラ見すると小さく呟いた。温かみのある視線に、少しだけほっこりした。ありがとう。


「こんな小僧に何ができる!」


 僕がアンジェの方に意識を向けていた時、突然、大声が聞こえてきた。



 うん??


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