ひらがなスキルと異世界ライフ☆「けんじゃ」のスキルは望んでいないのですが……

雷風船

第一章 仮想空間で

第1話 よくある「白い世界」で


海田湊、享年25歳。


ペットのハムスターと一緒に、一人と一匹で狭いアパート暮らしを続けて3年。


ある日、突然、心臓が止まった。


両親が共に流行り病で亡くなくなったのは中学卒業したころだった。近い親族はおらず、生きるために、高校へは行かずに働いた。いずれ何かの店を持ちたいと、お金を貯めることに無理をしていた自覚はある。


死因はたぶん過労死だ。


バイトを5つも掛け持ちして、連日睡眠は4~5時間ほど。ここ一年、一日も休日はなかったから仕方がなかったのだろう。実際、最近は目眩や動悸を感じることも多かったし。


心残りは、ペットのハム助(♀)のこと。


ゴールデンハムスターの寿命は短い。


バイト先の店長に頼まれ、生後2週間ぐらいで引き取ってから3年、3歳のハムスターは、人間で言えば「おばあちゃん」だった。


家にきたとき、かなり弱っていて、最初はもうダメかと思った。でも、自分の指ぐらいの大きさに過ぎない生き物から伝わる小さな鼓動は、確かな「生」を伝えてくれた。僕は、数日間、バイトを休んで徹夜で看病したのだけれど、それで何かを感じてくれたのかもしれない。


えらく懐いてくれた。


すくすくと育ったハム助は、真っ白な毛並みがふわふわ。そして、人よりも高い体温が、その触り心地を高めてくれる。


ほんわり温かく、絹を触るような柔らかな毛並みは――僕は「モフモフ」の意味を正しく理解した。


ハム助は、話しかけると、言葉が分かるような仕草をしたり、バイトで怒られて落ち込んで帰ると、指をそっと掴んで見つめてくれたり、夜は、僕の枕もとで丸くなって寝て……話に聞いていたハムスターの生態とはずいぶん違っていように思う。


それに……たぶんハム助は、人の言葉を理解していたようにしか思えない。


最初、性別が分からず「ハム助」と名付けた瞬間の、口を小さく開け、驚愕に満ちて固まったハム助の表情が今でも忘れられない。


ごめん。


でも、一緒に暮らした時間は、まるで恋人と過ごしているかのような安心感と温かさを覚える日々だった。


もっとも最近は、毛艶も悪くなり、目ヤニも増えた。間もなく寿命を迎えるはずだったけれど……


僕が先に死んでしまい、看取れなかったことを思うと、少しだけ悲しくなる。



そして、なぜ、死んだのに、僕がハム助のことを悲しんでいるのかと言うと……



「――ということで、あなたには、転生して欲しいな、ということなのよ」


「ということで」をずいぶん端折った、というよりほとんど説明していないよな、と思いながら、目の前の女性の姿をぼんやりと眺めているからだ。


白い世界。天井も壁もない。地面も白だ。不思議な感覚。


これが死後の世界か……


そう、僕は神様のようなものに対峙していた。女性だから女神様か……


状況から、自分が死んだことは理解している。不思議と焦りはない。


「で、あなたは神様なのですか?よくある異世界転生への誘い?」


「えーっと、あなたが想像している神様が創造神のようなものだとすると、私はその下に仕える女神のようなものかしら」


やはり女神様か……


「まあ、簡単に言ってしまえば世界の管理者の立場かな。あと、随分と察しがよいみたいだけれど……異世界転生って、よくある話じゃないから」


「そうですか……」


「基本的に魂は、その世界で循環するのだけど、世界は変化を与えないと停滞して衰退するから、定期的に違う世界の間で魂を入れ替えているの。

その入れ替える魂にあなたは選ばれたのよ。もちろん、異世界に移るのは、あなたが希望してくれれば、の話だけど」


「ちなみに、なぜ僕を?」


「うーん、たまたま?」


そんな理由?……軽くずっこけかけた。


とはいえ、異世界転生そのもに興味がないわけではない。それに、選ばれたと聞いたら、それが偶然だとしても嬉しいものだ。


「そうですか……じゃあ、転生OK、ということで」


「軽っ!」


おい!本当に僕に転生して欲しいのか?……思わず、突っ込みたくなった。


この人はたぶん、「駄女神様」だな……


最初に感じた神々しさは、どこにいった?


「まあ、いいわ。じゃあ、あなたにギフトを授けるわね」


「ギフト?」


「スキルよ、スキル。ほら良くあるでしょ。異世界に転生する人が貰える特別な力よ」


え?……特別な力を与えてくれるんだ……


僕の評価が、「駄女神様」から「女神様」へと戻った。

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