第5話
強力な魔物が現れ、現地に引っ張りだされることや瘴気の濃い場所へ浄化しにいったりと身も心も酷使されながら、こっそり助けてくれるひとたちに支えられてとうとう15歳になった。あんなになくなればいいと願った手の紋様はいまだ健在だ。
紋様が違うため相変わらず『なり損ね』呼ばわりだったが、15歳まで手の甲の紋様が消えなかったので、正式に聖女に昇格された。微妙に紋様が違うこともその後の調査で過去の文献に前例があったとかで問題なしだったそうだ。
あの時、わたしをバカにしていた人たちの悔しそうな顔を見て胸がすいたけど……あー、もう平民になって暮らすのは無理なのかとがっかりもした。
その後1年も聖女になったとはいえ、名ばかりで雑用ばかりだった。
うん。聖女候補の時より過酷だったな……毎日、お偉いさんに言われるまま力を使い、食事もろくにもらえず、お給料は微々たるもの。他の聖女やなぜか聖女候補の仕事まで押し付けられ、嘲笑われる日々。妬みからの嫌がらせもあった。よく我慢したなぁ……なんで手の甲の紋様は消えてくれなかったんだろう。と何度も思った。
◇ ◇ ◇
お偉いさんの禿げが急激に進行しだした16歳の冬……突然、王都へ呼び出しの書簡が届いた。
「うわ、嫌な予感しかしない……ここより危険なところへ配置換えかな」
1年前に聖女に昇格された時すら王都には呼ばれず書簡が届いたのみだ。それなのに呼び出しとは……
念のため荷物をまとめてから王都へ向かった。王都へ来たのは6年ぶりだ。街の様子?知らんがな……貴族街に暮らしていた時ですら外出なんてろくにできなかったんだから。
休む間も無く王城へ呼び出され、お偉いさんに聞かされたのは
「そなたの手の甲にある紋様は……魔王の生け贄の紋様だとしるしだと判明した」
「生け贄の魔法陣が出現したのです」
「そなたには次の満月の夜、生け贄の儀式をしてもらう」
「……は?」
やば、変な妄想聞いて思わず素が。
そして……当初、微妙に紋様が違い候補として勤めを果たせるか不安視されたが、辺境でも聖女としての素養はあるようだと報告を受け取ったのでそのまま聖女の紋様として扱われたこと。対外的に少し紋様が違うのは力が弱いせいだとされていたことなど、つぎつぎと説明されていく……最初に下働きだったのは様子見されてたってこと?
「うむ。我々もあとになっての最も古いおとぎ話として有名な本に生け贄の紋様として載っていることがわかったが、真実か疑わしい部分もあるしこれまで聖女、聖人以外に紋様が浮き出たことはないため何もしなかったんじゃ」
魔王の生け贄の紋様らしいとわかったものの生け贄の時期は不明だし、そもそも生け贄なんて非現実的で、下手に自由にさせて結婚されたりしたら面倒という理由もあったらしい。
確かに聖女は引退するのに国の許可が必要だけどさ……
聖女になるとき、微妙に紋様が違うことも過去の文献に前例があったとかで問題なしと書かれていたような気もしたが、それも全てとりあえず教会に所属させておくためのでまかせだったのか。
つまり、わたしはこの6年聖女(候補)としてこき使われたのは生け贄になるためだったと……ふざけんなぁ!こんなことなら我慢なんてせず好き勝手すればよかった!逃げ出せばよかった!
怒りで拳が震えたが相手はわたしのことなど見てもいない。まるで、わたしが反抗するなどと考えてもいないように。
その割に魔方陣が現れたときすぐに生け贄の紋様を持ったわたしの存在にたどり着けなかったのは、秘密裏に調査隊を組んだため教会に情報がまわるのが遅れたかららしい。
そもそも、わたしの紋様のことを知っているひと自体少なく『なり損ね』呼ばわりも聖女のわりに力が弱いための蔑称で紋様と繋げて考える者がいなかったのだ。わたしの手の紋様だって聖女の紋様と並べて比べなければ違いはわかりにくいもんね。
ようやく、生け贄の紋様を知る者が最近急に大臣など上位貴族が相次いで教会に祈りにきていると知り不審に思ったとか。普段からそのようなことをする者ではなかったから。そこからはじめて事情が発覚したらしい。
話が終わると逃げ出すことなどできないように、がっちり護衛という名の見張りがつけられ、質素な部屋に軟禁されてしまった。
部屋の中に監視はいないけど、窓は打ち付けられ開かないしドアも施錠された上、見張りが立っている。
わたしにできるのは……ばーかばーか!禿げろ!不能になってしまえー!と心のなかで叫ぶことだけ。
「はぁ、マレナさん……やばいことになったよぉ」
突然の王都へ呼び出されることになり、嫌な予感がしたため、よくしてくれたひとたちに私の聖魔力がこもった魔石を多めに渡してきたのは正解だった。
マレナさんたちにはちょっと大きめのやつ。まぁ、もとはマレナさんやドルツさんが持ってきてくれた魔石だから気兼ねなく受け取ってもらえた。
ほんの少しなら怪我や病気が治るためお守りとして効果があるはず。
「はあ、とりあえず文献漁ってみよう」
◇ ◇ ◇
そうして、生け贄の日がやってきた……
わたしは今朝目覚めた時からずっと心のなかで……大司教禿げろ、聖女に吹き出物を!無能な王族よあっちも無能になれ!わたしの食事?生け贄に必要ないだと?せいぜいドレスが入らなくなるほど肥えるといいわっ!と罵り続けている。怒っていなければくじけてしまいそうだから。
実際になにかしたら報復が怖いのであくまでも心のなかで叫ぶのみである小心者なので。
すなわち先程の会話も
「リリシュ、おまえを誇りに思います」
「はい、お義母様……(あら、ちょっと見ないうちに老けたなー。そして、ウエストのサイズ増えろー!)」
「立派なお役目である」
「はい(もっと禿げ散らかしてしまえっ)」
「あとはお任せくださいな」
「はい(怠惰な聖女に吹き出物をー!)」
と心で叫んでいた。
返事しかしないのはなるべくボロが出ないようにである。
ボロが出るからうつむいてなるべく話さないようにしていたので周囲は陰気で従順だと思っているようで、ものすごく舐められている。こんなことなら……色々とやり返せばよかった。はぁ。後悔ばっかりだ。
うつむくときれいな聖女服が目に入った……ははっ。聖女となってからはじめて袖を通したよ。普段は聖女とは名ばかりでこんなにきれいなものではなかったのになんだか皮肉だなぁ。
昨夜、久しぶりのお風呂の後、明日はこれを着るようにと持ってこられたのだ。
生け贄にきれいな服を着せる意味はわからなかったけど……幸いにも儀式のためと渡された聖女服がぶかぶかだったので手持ちの下着や服を重ね着し、胸やお腹に予備の魔石、お母さんの手紙や形見、わずかな金銭、持てるだけの食料を忍ばせることにした。
辺境から来る時、荷物持ってきてよかったー。もともと持ち物が少なかったのもあり、ほとんどを忍ばせることに成功した。
生け贄に手荷物など不要と鞄などは持たせてもらえなさそうだったし、置いていきたくはなかった。奴らに勝手に処分されたくなかった。どうせなら最後までわたしと一緒に……そう思った。
太ももには鞄まで縛り付けたので歩き方がおかしいが誰も気付くことはなく……まぁ、両脇抱えられてほぼ引きずられたから無理もないか……その間のわたし?どうか忍ばせた荷物が落ちませんようにって祈ってた。だって、こいつら絶対ネコババするもん!
服は豪華だけどさ、誰が髪結いをするでも化粧をするでもなく自分で櫛を通したのみ……さっきから生け贄になったことも、ろくに整えてもらえないことにも嘲笑うような視線を感じるし、はー鬱陶しいな。あいつら全員食中毒にでもにかかって1日中トイレに籠ればいいのに。
まぁ、本当に生け贄だったら頑張って忍ばせた荷物たちは無駄になるけど……そのときは魔王様に無駄な努力をはっはっはーって笑ってもらうとしよう。
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