※夜のピクニックなんてするな

よいよゐ子

第1夜

こんばんは。

或いは、おやすみ、おはよう、こんにちは。


先程、人生2度目の夜のピクニックに出かけてきた。

俗に言う家出である。

たった1時間弱の旅とは雖も、なかなかエキサイティングなものだった。なので私はその事に就いて伸びきった親指の爪でも切りながら綴ろうと思う。

しかし話に入る前にいくつか伝えなければいけないことがある。


これから家出をしようと試みる1部の読者諸君へ

夏から秋にかけての家出はオススメしない。

それと心優しい優しい1部の読者諸君へ

断っておくが、DVをされたからとか、死にたくなったからとか、そんな類のことで出かけた訳では無い。

ただ、炙った鮭とばを食べたくなったからである。

読書しながら。

さて書くべき注意書きは弾切れになってしまったので、そろそろ本題にとりかかろう。


家出の準備でしたことはこれだけ。

フラニーとズーイ、ライ麦畑でつかまえての日本語版と洋書の3冊と1リットルのペットボトルにわずか2000円しか入っていないmozの財布をリュックに詰めこんで、帳が完全に下りきった暗闇の口へと飛び出した。

鮭とばを求めコンビニに入る。

が、その前には坂を少々駆け上がらなければいけない。

これが何よりキツい。

世界初通信販売を編み出したモンゴメリーワードに今日から私は足を向けて寝ることはないだろう。

全身を汗の外套で纏いながら、やっとの事でついたコンビニ前の駐車場にはバーロー座りのヤンキー がおひとり様。晩酌に耽っていらっしゃった。

縁石に座る酔客から目を逸らして、

入口目掛けて走る走る。疾く疾く走る。

はぁっはぁ…日頃の運動不足が裏目にでた。

御生憎様、こちらを品定めでもするかのようなキモチワルイ酔眼と視線が交わってしまったではないか!

…ハア。

ここで私はある事に就いて真剣に悩まされた。

虫が光に近づく事を正の走行性というように、ヤンキーが光に近づく事も正の走行性と言うのだろうか?

いくらなんでも虫に失礼では無いだろうか?

せめて深夜のコンビニに屯するヤンキーの習性は負の走行性と言うべきだろう。とまあこんな詭弁はゴミ箱に捨てて、コンビニの中へと駆け込んだ。

コンビニの中にもヤンキーは屯っていた。というよりヤンキーしかいなかったという方が正しい。その所為で私は入口に座り込んでいたヤンキーにヤンキーAといちいち名付けなければいけなくなった。

兎にも角にも、鮭とばとライターそして爪切りをレジに通して私は逃げるように再び暗闇へ飛びだした。

これこそ正しい負の走行性である!

とヤンキーに見せつけるごとく。

今度は鮭とばを食べる為の公園を探しにでた。

その為には赤信号とにらめっこをしなければいけなかった。向かいのヤンキーも私とにらめっこをしたいようだったが無視した。

小さな公園に入った。

どうやら夜中の住人はヤンキーだけでなかったようだ。先客が居たため私は新しい公園を探す旅に再び出た。

今度はGoogleマップとにらめっこをしなければいけなかった。はあ。

漸く漸く鮭とばを食べるのにもってこいの場所を見つけた。ベンチに座った。鮭とばの封を切った。次に鮭とばの匂いを嗅いだ。次にライターで鮭とばを炙った。食べた。不味かった。悲しい。

人生初の鮭とばは炭だった。

悔しかったのでやけくそにブランコを漕いでいたら、とある事に気づいた。全身が痒い。痒すぎる。

自慢の蓬髪を逆さにぶら下げ、スマホのライトを片手に試しに腕を覗き込んでみた。

正体はヤツだった。

秋のくせに夏の代名詞が未だに悪さをしていたのだ。

第一、夜中に暴れていいのは犯罪者か不良だけと決まっているのだ。それにも関わらず、不届き者は私の血を勝手に盗んで何食わぬ顔で逃げ去っていたのだ。

許せない!

悪さをする奴らはいつの時代も大体黒ずくめだ。

それ故、奴らは職質という人生で1番時間の無駄であろう恩恵を被るのだ。しかしヤツは大前提として人間ではない。だから誰もヤツを職質することができないのだ。

悔しい!あんな小さな虫けらに!

もし地域課警察として1日24時間パトロールしていいのであれば、私はヤツを最低でも30時間は職質してやる。

なにしろ、

お陰様で秋なのに腕と足がとてもカラフルになった。

せめて今日がハロウィンかクリスマスならば、

「これはクリスマスツリーのコスプレであって、決してあんな小さな虫けらに刺された訳では無いのだ」というふうに友人達に可愛らしい誤魔化しができただろうに。嗚呼、無情。

迚もじゃないが、本を読むなんて悠長なことはいってられなくなった。早すぎるクリスマスを独り迎えてしまった私はなくなく帰路を辿った。道端のコスモスを1輪1輪踏み潰しながら。


「クソメリークリスマス」


※改めて夜にピクニックなんてするもんじゃない。

職質されたくなければ尚更である。








さてこの話のどこまでが嘘なのだろうか。

ただひとつこれだけは胸を張って嘘では無いと言える。

親指の爪は短くなった。






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