恐怖の病院

 中学生時代からどこでハメを外したのか、俺はいつの間にかその町では悪名高い不良少年になっていた。始まりは担任の先生と衝突したことだと思う。日曜日に悪友達とタバコを吸っていたところを偶然見られてしまったのだ。その日から俺の人生はずるずると下へ引きずられるように落ちていった。




 元々制服を腰パンしていたり、学ランの上から灰色のパーカーを着ていたりで風紀委員の同級生からは注意されまくっていた。廊下は走らない、だけではなく、廊下で掃除用具を持ち出してチャンバラごっこに興じていたり、サッカーをしたことも一度や二度ではなかった。あれだけ騒がしくしていれば大人しい奴らにとっては迷惑だろうに、当時の俺はそれさえ理解出来ていなかった。




 帰って来てからは両親にこっぴどく叱られた。

「そんな子に育てた覚えはないわ‼︎」

「お前なんかウチの子じゃない‼︎出ていけ‼︎」

内心で俺は二人に反感を抱きながら家出をした。友達の家を泊まり歩いたが、両親は必死になって俺を探していたようだった。悪友の家の玄関のインターホンが鳴り、父の声が聞こえる。帰りたくないのに帰される苦しみを、他人は知らない。





 困った両親は俺の非行を無理にでも治す為に、町の精神科へ行かせた。きっと心のありように問題があると考えたのだろう。しかし、それが間違いだということに二人は気づいていなかった。





 無理矢理連れて来られた精神病院の病室は何故だか汚かった。ボロボロのベッドに、床は埃だらけ。同じ病室のおじいさんは会話が成立せず、隣のベッドの、同い年くらいの女の子は何故だか元気がない。全部で六人病室にはいるが、その全員に点滴がつけられている。そんなに酷い症状なのだろうか。





 看護師のお姉さんに聞いてみたことがある。

「食事の時間はいつなんですか?」

「食事?この病院にそんなものありませんよ。誰が準備するんですか?誰が食器を洗うんですか?貴方達にはこれだけで充分なんです」

そう言って、彼女は栄養を送り込む為の点滴を俺の腕に刺し、包帯やガーゼで固定した。話していて分かったことだが、お姉さんは無表情だ。患者と接することを面倒くさいと思っているのだろうか。





 俺がこの病室に来てから三日後、向かいのベッドにいたおじいさんが亡くなった。死ぬ間際までうわ言のように、

「ごはん、ごはん……」と呟いていたようだ。医師も看護師も、彼のことを金のなる木としか思ってはいないようで、しかも彼には家族さえいないらしい。誰にも看取られずに孤独に亡くなったともいえる。

「ここじゃ当たり前のことなんだ、早く慣れな」

誰かがそんなことを言った気がした。

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