暗黒の大学 青色 地平線 

@ironlotus

 

「―故に、我らは今こそ団結して立ち上がり、『暗黒の大学』より、学生の自治権を認めさせなければならぬのだ!」


私は、ホコリの積もった窓際を、フッと吹いてから肘をついた。見下ろすと、たった一人窓の外で喚いているのは、時代錯誤の学生運動である。誰も彼も、目を合わせないように、彼の前を通り過ぎていく。


「よくやるよな、イマドキ。」


と、割り込んできたのは、同じ研究室のホッタである。ホッタは缶コーヒーをあおりながら続ける。


「アイツ、ヨコミネっていうんだ。…知ってたか?ほとんど狂ってるよ。」


ヨコミネ。拡声器で叫んでいる彼の事である。一度、なにかの飲み会で(我々のような大学生に、飲み会の日時の訊問は無用である。答えなど出て来ようが無いからだ。)、末席に座り込み黙然としているのを見かけたことがある。

見た目は至って「フツウの大学生」である。令和の時代、学生運動に命を燃やしそうには見えない。


「彼に何があったんだろうなア。」

と、私はヒトリゴトめいて言った。

ホッタは頷いて、言う。


「青春の色は人それぞれだな。」


青春が、青葉の『青色』でなくばならぬと、誰が決めたのであろうか。人によってそれは、赤であったり紫色であったり、もしかするとコバルトであったりするかもしれない。

ヨコミネくんにとってはきっと、赤色が青春の色であったのだ。…赤春はちょっと具合が悪いと思わなくもないが、頑張って欲しいものだ。


合掌していると、ホッタが「嗚呼!」と大きな声を上げた。


「他人に研究を押し付けたかと思えば!タムラの野郎!見ろ!インスタに!」


鼻先に突き出されたのは、液晶、スマートフォンである。見ると、『地平線』まで続くような空に浮かんで立つタムラの姿がある。背景は燃えるような、橙色の夕焼けだ。

ハッシュタグをモリモリに付けたSNSの投稿が、彼の承認欲求の表現だ。

見る者が見ればすぐに分かる。これはボリビアの、ウユニ塩湖だ。

彼が如何様にして、研究を投げ出し、押し付け、橙春の遠景をSNSに投稿するに至ったのか?

それはそれで結構だが、私には私の青春、もとい研究が立ちはだかっているのだ。



「破棄だ!約束不履行だ!」と喚くホッタをヨソに、私は立ち上がった。


「彼に何があったんだろうなア。」

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