第24話「悪魔大いに笑う」

 双つの銀閃が魔窟の薄暗闇を切り裂いて走る。

 複雑な軌道を描き魔人の首を落とさんと迫るそれは、しかし無造作な剣捌きで全て受け止められた。鉄と鉄が激しく睦み合い、鼓膜を震わす耳障りな金属音が周囲に響く。

 右から、左から、上から、下から。あるいは直線的に、あるいは弧を描き。多種多様な軌道で嵐のごとく振るわれるアキラの双刃を、しかし魔人は鼻歌でも歌うかのように受け、捌き、いなし、避ける。


 間隙を縫うように放たれる鋭い矢の数々も、硬質な腕によって見向きもされず払い落とされ。

 リタリエが放つ風の刃も、それらと同じように弾かれる。


「くそっ、どうなってんだ!」


 血桜村正を振るいながら、アキラは叫ぶ。

 戦闘が始まってから、ベリアルは

 血の一滴も、流していなかった。


 アキラたちの連携に特段付け入る瑕疵があるというわけではない。所詮は即席パーティなので完全とは流石に言えないが、個々の技量の高さもあり、三人による連携の精度はなかなかのものだった。

 立ち位置を変え、時にアキラとリタリエがスイッチし、タイミングを合わせて、あるいはあえてテンポをずらし。緩急をつけることで決して慣れることのないよう、動きを読まれることのないように意識された立ち回りは見事なものであり、それなりの達人であろうと苦戦を強いられるはずだ。


 それを。ベリアルは欠伸まじりに相手取り、かすり傷一つ負っていない。

 アキラの刃も、レンの矢も、リタリエの法術も。何一つ、魔人には届かない。


「なんっ……なんすかあいつ!! 意味わかんない! キモッ!!! キモすぎでしょ!!」


 レンが彼女なりの語彙であらん限りの罵倒をする。

 ベリアルは意に介せず、くつくつと笑う。


「ふむ。久方ぶりの死合い。穴倉生活で積み重なった無聊の慰みくらいにはなるかと思ったが……我の無敵を再確認するだけの結果になりそうだ……な!」


 【ハイドアンドシーク】で姿を消して突撃したアキラの攻撃をも、ベリアルは喋りながら弾く。

 反撃を警戒し、距離を取るアキラ。


「今のは些か驚いたぞ。姿を消せるとは」

「その言い方だと、俺のことはやっぱ見えてなかったよな……もしかしてその角とかに熱感知でもついてる?」

「我を蛇か何かと思っておるのか? 残念ながら蛇博士の知識は役に立たんぞ」


 魔人は嘲笑う。


「お前の言う通り、姿見えていなかったとも。大したものだ。だが……その怒り、敵意、害意は鮮烈なまでによく分かる」


 ベリアルの瞳が、不可思議に発光した。


「さっき言ってた固有スキルか……!」

「然り。我が固有スキルは《害意感知》SS。我に仇なさんとする攻撃は全て感じられる。さらに。ここは我が神域なれば、その能力はさらに研ぎ澄まされている! 故に強靭、故に無敵、故に最強!! 何人たりとも我が身を傷つけること能わず!」


 魔人は舞台俳優のように、あるいは演説する政治家のように大仰に両手を広げて語る。


「とんだチート野郎だな」


 アキラは毒づいた。


「何を言う。貴様とてあるのだろう、固有スキルが」

「生憎俺のはろくでもないスキルでね……。そもそも固有スキルっていうのは転移者ストレンジャーだけの特典だと思ってんだが」

「はっ。魔獣や亜人などを相手にしているからそんな勘違いをするのだ。奴らなど神域に触れることも出来ぬ雑魚どもよ」

「ぺらぺらぺらぺらとォ~~~~!!! 良いことを喋ってくれたっすねェ~~~~~~!!!!」


 二人の会話に、レンが割り込む。ぎりぎりぎりと音を立て、その弓は固く引き絞られている。


「攻撃の意志を感じて対処できるってのがあんたの力なら……対処出来ないほどの量の攻撃はどうにも出来ないっすよねぇ~~~~~!!!!??」


 言葉と共に、矢が放たれる。その矢は空中で分裂し、幾千もの矢が織りなす弾幕となってベリアルを襲う。【サウザンドアロー】。《弓術》スキルの必殺級アーツ。

 だがそれも、魔人には通用しない。


「児戯だな」


 ぬるいぬるい、と笑いながらベリアルは弾幕を避ける。的確に矢の隙間を縫い、隙間がない時は剣を振るって自ら隙間を作り出す。

 汗一つかかずに魔人は必殺の奥義を攻略した。


「我はこのスキルを拡張し、【オートガード】を開発している。感知した害意に対して自動的に対処する、鉄壁の守りよ。この程度の弾幕、目を瞑っていても余裕にすぎる」


 遊戯ゲームの方がよっぽど歯ごたえがあるな、と魔人は言う。


「……であればッ!」


 今度はリタリエが剣を振るい、【ゲイルスラッシュ】を乱射する。

 ただし標的はベリアルではない。その直上の天井だ。


「心を読めるというのなら――我らの思考の外にあるもので打ち倒す!」

「ほう。故事に習うか、悪くない。だが――」


 風の刃で刻まれた天蓋は、瓦礫となってベリアルに降り注――



 落下する瓦礫は、空中で静止した。



「忘れてはいないか。ここの主が誰であるのかを」

「な――」


 そのままベリアルが軽く手を振るうと、瓦礫は逆再生するかのように元の天井にピタリと戻った。


「全てを掌握しているわけではないが……目に入る範囲程度なら、このように自在よ。残念だったな」

「馬鹿な……今までの魔窟ダンジョンでは、主がこんなことをしてきたことなど……」

「ふん。自らの神域すら御せぬ魔獣などと同じにするでは――おっと」


 自慢げに話すベリアルを、アキラの刃が強襲した。難なく剣で受けられる。


「我が話している途中だろうが! つくづく無礼だな、男!」

「レン、リタ! ありったけの攻撃をぶち込め!」


 ベリアルに構わず、アキラは二刀を激しく振るいながら叫ぶ。


「物理的に対処出来ないくらいの手数を浴びせれば、こいつにも攻撃が通るだろ!」

「しかし、レンはともかく私の攻撃はアキラにも!」

「俺のことなんて気にするな!」


 斬撃。受けられる。刺突。弾かれる。蹴撃。避けられる。

 目にも止まらぬ猛攻。しかしどれ一つとして致命打になるどころか、かすりさえしない。


 だが、ベリアルの顔は余裕そうでも体はせわしなくアキラの攻撃に対処している。確かにこれ以上に苛烈な攻撃を浴びせることが出来れば十分に勝機はあるように思えた。


「これ以上の攻撃は――お前も受けきれないだろ!」

「ふむ。確かに手が足りないな。では」



「物理的に、増やすか」



 言うと、ベリアルの背中から服を突き破り新たな手が生えた。


「は?」


 呆気に取られるアキラの腹部に、新たな手による掌底が叩きこまれる。


「ぐはっ……!」


 肺の中の空気を全て吐き出しながら、アキラは吹き飛ばされて転がった。


「アキラ!」

「アキぴょん先輩!」


 二人の悲鳴じみた叫びを聞きながら、アキラはよろよろと立ち上がる。


「くっ……そ、このバケモンが……腕なんて生やしやがって……」

「羨むくらいならば貴様も生やせばよいではないか」

「ふざけんなよ……」

「我は真面目に言っている」


 ベリアルは溜息を吐く。


「この死合いにもそろそろ飽きてきたぞ。なかなかやるようだが、その程度か? 我のように手を生やせとまでは言わんが、もう少し面白い芸当を見せてくれ」

「手を増やすような奴にウケる芸なんてねぇよ……」

「いーや、何か出来るはずだ。貴様らは我と同じ人間なのだから」


 我に匹敵する輝きを見せてくれねば、こちらもやりがいが無い。

 魔人は退屈そうに告げる。


「お前なんかと一緒にするな……!」

「寂しいことを言うでない。目覚めてこの方、ずっとこの玉座で暇を持て余しているのだ。同族のよしみで楽しませてくれてもいいだろう」

「誰が教官を殺したやつなんかを楽しませてやるか……」

「教官……? ああ、我に殺されたという亜人か」


 やれやれとベリアルは首を振る。


「亜人ごときがそんなに大事か? 奴隷をそこまで大切にするとは理解できんな」

「亜人は奴隷じゃねえ……!」


 アキラは怒りをぶつける。


「教官も、リタも……こんな俺なんかに良くしてくれた! 恩人だ……二度と馬鹿にするな!」

「……やれやれ、毒されきっておるな。真っ赤な怒りを痛いほど感じるぞ」


 処置なしだな、と呟いたベリアルはふと何かに気づいたように空いている方の手を叩く。


「そう言えば。はるか昔に物語で読んだな。怒りによって真の力に目覚める戦士を」

「何を——」



「そこなエルフの小娘を殺せば、もっと本気になってくれるか?」


 瞬きよりも早く魔人はリタリエの眼前へと移動し。

 止める間もなくその剣が振るわれ、リタリエの身体を深く切り裂く。


 鮮やかな緋色が、魔窟の最深部で飛び散った。


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