第5話「oblivious」

「……何故気付いた?」


 質問に質問で返されたアキラは「んー、あー……なんとなく、かな? 目の動きの感じ、とかで……」と曖昧に返答し、


「でも否定しないってことは間違いじゃないんだよな?」


 改めて、問い直した。


「……ああ」


 リタリエは静かに肯定する。


「キミの言う通り――この魔獣はかつてキミと同じ、人間だったものだ」




 魔法文明の終末期。

 禁忌の力に手を染めた代償か――原因はいまだ不明だが、ある時人間は魔獣へと変貌するようになった。


 転魔、と呼ばれる現象だ。


 ある者は単眼巨人サイクロプスに、またある者は鷲獅子グリフォンに、そしてまたある者は――竜種ドラゴンに。

 前触れもなく、次々とその体を変貌させていった。

 そして転魔した人間たちは己の欲望のまま世界を蹂躙するようになる。


 未だヒトの形を保っていた者はなんとかして魔獣を人に戻そうと、あるいは駆除して世界の秩序を取り戻そうとしたが――彼らもまた転魔し、魔獣にならなかった者も戦いの中で散っていった。

 亜人たちも文明の維持に奔走したが、力及ばず。


 こうして亜人は人間と言う友を失い――世界は魔獣が跳梁跋扈する魔境と化した。




「――これが、キミに隠していたことだ」

「……なるほどね」


 文明の内から現れた破滅。それは人間自身だった。


「俺が冒険者になるのに反対したのも、それが理由……だよな」

「ああ。姿かたちが変貌しているとはいえ、その手で同胞を屠るなどというのは……あまりに残酷なことだ」


 結局そうさせてしまったが、とリタリエは自嘲気味に笑った。


「それにしても『冒険者』か……最初に聞いた時から思っていたが夢と希望のある名だな」

「そういやずっと『キミの言うところの冒険者』って言ってたっけ。こっちでは違うんだな?」

「ああ」


 リタリエは告げる。魔獣を狩る者たち、その名を。



「かつて友だった彼らを葬る私たちは……『葬送者』と呼ばれている」

「……葬送者」



 かつて人であった者を、人として葬る者たち。

 優しさと憐みに満ちた名だと、アキラは思った。



「……出来ればキミにはこの真実に気付いてほしくはなかった。どうか今からでも忘れて、普通の暮らしを……」

「いや」


 アキラはきっぱりと告げた。


「やっぱり俺、リタリエの旅に付き合うよ」


「……本当に?」

「ああ。言っただろ、恩返しがしたいって。リタリエが旅する先でまたあんな魔獣と出くわしたら大変じゃないか。俺を使ってくれよ。戦えるのは分かったはずだ」


 快活に申し出るアキラに対し、リタリエは何故か躊躇うように目を逸らした。


「……私の『探し物』が何か知っても、同じことが言える?」

「そういや聞いてなかったな、結局何を探すんだ?」

「魔獣」


 返答は端的だった。



「私の故郷を滅ぼした魔獣を、探している。――復讐のために」



 その灼眼には、赫赫たる憎しみが燃えていた。

 不用意に近づくものを自分ごとまとめて灼き尽くしかねない、危うく揺らめく劫火。


 肌がひりつくほどの恩讐を真正面から受けたアキラは。



「構わない。手伝わせてくれ」



 それでもなお、手を差し出した。


「……いいのか? キミは、同胞を殺すことになる。何度も、何度も……屍の山を積み重ねることになるだろう」

「それなんだけどさ、魔獣が元人間だって言うなら、同じ人間の俺の手でこそ葬ってやるべきじゃないかと思うんだよ」


 だからこれは、人間としてのわがままってことで頼む。

 西日の中、青年は笑う。


 ……

 リタリエは眼前の青年の笑顔に何かを嗅ぎ取った。

 全てが嘘というわけではないだろうが――何かを隠しているのは確かだ。

あの凄まじいほどの戦闘力の源も分からないし、別の目的があるのかもしれない。

 だが。


 (。)


 彼女は冷静に判断した。

 単なる優しいだけの青年なら、自分の知らないどこかで幸せになってくれたらと願っていた。それは本心だ。

 しかしあれほどの――白金級プラチナランク、あるいは超鋼級オリハルコンランクにすら匹敵しかねない力を持っているのなら話は変わる。

 復讐を遂げるためならば、なんでも利用すべきだ。

 非情に、冷酷に、容赦なく。

 それが、一人生き残ってしまった自分の――亡国の姫としての責務なのだから。



 だからリタリエは、アキラの不穏さに気付かなかったことにした。

 差し出された青年の手を取る。



「……分かった。なら付き合ってもらうぞ。私と共に、地獄への道を」

「ああ。リタリエと一緒に行けるなら地獄でも大歓迎だ」

「……リタだ」

「え?」


 銀髪のエルフは、照れを隠すように自らの毛先を弄んだ。


「リタと呼んでくれ。親しかったものは、皆そう呼んでくれていた」

「分かった。それじゃあ改めて――よろしく、リタ」



 互いに取り合った手が固く結ばれる。

 二人の歪な共犯関係はここに成立した。



 それからしばらく土を掘っては掛けの作業を繰り返し、かつて人間であった飛竜の埋葬は完了した。


「ふう……流石に死体の近くで寝たくはないだろうし、疲れてはいるがもう少しだけ移動するか」

「そうだな」


 二人でバイクに跨り、少しずつ夜が侵入してくる黄昏時の荒野を駆ける。


「……そういや夕飯にするって言ってたウサギは?」

「あ……」


 指摘を受け、リタリエは思い出す。


「飛竜とのどさくさでどっかにいったまま忘れていたな……悪いが今日も干し肉だ」

「ふ……あははははははは!!」

「そんなに大笑いするほど面白いか!?」

「いや……流石に色々ありすぎてさ、もうこんなん笑うしかないって!!」

「……そうか」


 リタリエからは、自分にしがみついているアキラの顔は見えない。

 だがまあ、笑えているならとりあえず大丈夫だろう。魔獣の真実にそこまでショックを受けているわけではないらしい。

 だから自分も笑うことにした。

 夕闇の大地に、二人の笑い声が重なって響く。

 血塗られた復讐劇の合間、それでも何故だか心は晴れやかだった。



◆ ◆ ◆


 日嗣晃は笑っていた。

 もはや笑うしかなかった。


 全く――まさか転生先がこんな世界だとは!

 なんて因果なことだろう。あるいは、なんて都合のいいことだろう。

 ここでなら、ようやく自由に生きられる。


 リタリエには気付かれていない自分の固有スキルに思いを馳せる。


 ステータス画面の最下部に記されたそのスキル。

 この世界では全く役に立たないと思われた、前世からのスキル。




 SSS




 それが、彼の固有スキルの名称。




 ――日嗣ヒツギアキラ、享年28歳。


 前世の死因、


 最終的な身分、死刑囚。


 罪状――73名に対する殺人罪。



〈第一章:The Garden of Sinners 了〉

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