転魔殺戮者、亡界を征く 〜転生先は人間滅亡後だったので、拾ってくれたエルフと魔獣狩りの旅に出ます〜
志波 煌汰
第一部
第一章 The Garden of Sinners
第1話「Welcome トゥ 混沌」
転生してから三日、
見渡せど見渡せど、荒野、荒野、荒野。
人里どころか、草木の一本もまともに生えていない。
目の前に広がるのはまさに不毛の大地だった。
一般的に人間は水を一滴も飲まなければ4~5日、短い場合は3日ほどで死に至ると言われている。
そしてこの荒野に水源らしきものは見つからない。
幸いにして二日目に雨が降ったため一滴の水も補給できていないわけではないが――所詮微々たる量。
このままでは脱水により昏倒し、そのまま死に至るのは自明だった。
(なんか思っていた異世界転生と違うぞ……!)
霞む視界の中ふらふらと歩くアキラは、三日前転生したばかりのことを想起していた。
◆ ◆ ◆
死んだあと、気が付くと視界の全ては暗闇に包まれていた。
(ここが地獄か?)
アキラがまず考えたのはそれだった。
自分は確実に死んだはずで、意識が戻ったと思ったら世界は真っ黒。その連想はごく自然だった。
死後の世界なんて信じてはいなかったが、来てしまったものは仕方ない。虚無の世界を早々に受け入れたアキラだったが、しばらくしてふと気付くことがあった。
どこからか風の音がする。
となると……まるきり暗黒だけの世界というわけでもないのか?
このまま闇に身を浸していても仕方がない。ひとまず耳を頼りに風の吹く方へそろりそろりと暗闇の中を歩き始めた。どうやら肉体はあるらしい。
どれほど歩いただろうか、進むうちにやがて一筋の光が見えてくる。出口のようだ。
漏れ出る光へとアキラが足を踏み出すと、そこには――。
「うおおっ……」
――壮大な光景が広がっていた。
眩い光に慣れた目がまず最初に捉えたのは、突き抜けるような青。
どこまでも広がる果てしない青空に、嘘みたいに白い雲が遊んでいる。
そしてその下には赤茶けた、視界を遮るものの何もない大地。
赤と青はどこまでも広がり、やがて視線の高さで一つに溶け合っていた。
あまりにも雄大な、自然の威容そのもの。
吹き抜ける風はかぐわしく、自由の匂いを鼻腔に届ける。
それは長い間コンクリートの中で暮らしていたアキラを感動させるのに十分だった。
「すっ……げえ……」
思わず涙が一筋零れた。
ここがどこかも分からないのに、ただ目の前の景色に圧倒されていた。
少し落ち着いたアキラは改めて現状の把握に努める。
どうやら自分は背後にある洞窟のような場所にいたらしい。
そして、どうもここは地獄ではなさそうに思える。こんな雄大で自由な地獄があるとは信じがたい。
地獄ではないにしても死後の世界である可能性は捨てきれないが――少なくとも心臓はあると確信できた。
目の前の光景に胸が酷く高鳴っていたからだ。
となると、今考えられる可能性は二つ。
その一。自分は死んでおらず、気を失っているうちに何者かにここに連れてこられた。
そしてもう一つは――。
「異世界転生……ってやつかな」
アキラは生前、よく小説や漫画を読んでいた。
主に摂取していたのは推理モノやサスペンス、歴史モノだが、異世界モノも多少は読んだことがあった。
まさか自分のような人間が転生出来るとは思ってなかったが――まあそういうこともあるかもしれない。
実際の異世界転生ってやつは、美人な女神さまの説明も特別なチートスキルや装備もなく、ポーンと異世界に放り出されるものらしい。
実際どちらにせよ、今は情報が圧倒的に足りていない。
ひとまずは遠くに見える建物でも目指すべきなのだろうが、あまり気乗りはしなかった。
人が多いところは苦手だ。たくさんの人間を見ると手が震えて仕方ない。死ぬまでの数年間は人に会う機会もほとんどなかったし、町になんて出ようものならどうなってしまうか、自分でも想像がつかない。
しばらく悩んだアキラだったが、とはいえこの場所に宛てがあるはずもない。とにかく人に会えさえすれば良い方向にしろ悪い方向にしろ、何かしら状況は動くだろう。
それにもしこれが異世界転生だとしたら、案外生まれ変わったことで他人に会っても平気になっているかもしれない。そうだといい。
広大な世界を目にしてアキラの心には根拠もない希望が湧いていた。この新天地でなら、うまくやっていけるかもしれない。
希望に満ちた一歩をアキラは踏み出した。
そして三日後の現在、死にかけている。
◆ ◆ ◆
「あの時の涙、返してほしい……」
体中の水分がじりじりと失われていく今、感動のあまり流したあの時の涙ですら口惜しかった。
案外ここは最初に考えた通りの地獄で合っていたのかもしれないとさえ思う。
だとすると随分と意地の悪い地獄だ。神様はサディストに違いない。
最初に目指した町らしきものは既に通り過ぎた後だ。人が居なくなって長い月日が経っていたらしく、廃墟を通り越して遺跡の風格さえあった。まともな原型をとどめている建物は一つもない。
水を調達しようとした井戸も枯れていたので、もしかするとそれをきっかけに住民は移動したのかもしれない。そうでなくともこんな荒野の真ん中は住みづらくて仕方なかっただろう。
結果として、廃墟の町にアキラは一人。
人間が多い場所は苦手とは言ったが、これはあまりにもあまりだ。
長居しても仕方ないので、すぐにその町を出て再度荒野へと踏み出した。
ここは駄目でも、他にも人がいる場所はあるだろう――。
その期待は完全に裏切られていた。
ふらり、ふらり。どれだけ進んでも景色は変わらず、自分が本当に前に進んでいるのかさえ怪しくなってくる。
人っ子一人、動物の一匹もいない。
少しずつ進んでいたアキラだったが、やがて限界を迎えて倒れた。
体中が熱くて熱くて仕方ない。内部から炙られているようだ。日に照らされて乾いた大地の熱ささえ気にならない。
思考は不明瞭で、とりとめもなく記憶が浮かんで消える。
そういえばさっき想起した三日前からの出来事は、もしかして走馬灯というやつでは?
あまりにも短い走馬灯だった。二度目の生を受けてから三日なので仕方ないことだが。
これは罰なのかもしれない、とアキラは思った。
自分みたいなやつが希望なんて不相応なものを抱いてしまったから罰が当たったのだ。
それならそれで仕方ない。自分に出来るのは受け入れることだけだ。
薄れゆく意識の中、どこかで聞いたような音が耳に届いた。
これはなんだ、と思うより先に誰かに抱えられる。
何か言っているようだが、いまいち分からない。
目に焼き付いたのは、透き通るような銀髪と、強い意志を湛えた灼眼。
「――天使?」
だとしたらあまりにも贅沢に過ぎる。
そう思いながらアキラは意識を手放した。
◆ ◆ ◆
ぱちぱちと、火花が爆ぜる音で目を覚ました。
「――?」
上体を起こすと、すぐ傍でかがり火が燃えている。
「気が付いたか」
その言葉に顔を向けると、暗がりの中にフードを被った誰かが居た。
「随分と衰弱していたので心配したが、どうやらなんとかなったようだな」
どうやら助けてもらったらしい。頭を下げて礼を言う。
「ありがとう」
と、そこでふと気が付いた。
他人がこんなに間近に居るというのに、生前感じていた喉の渇きや手の震えが一切ない!
単に死にかけたからそれどころではないだけかもしれないが――しかしアキラには非常に嬉しいことだった。
やっぱりここでならやっていけるかもと思わせるには十分だ。
密やかに感動に打ち震える。
「……どうかしたか? まだ調子が優れないとか……?」
流石に様子が不審過ぎたのか、訝し気に尋ねてくる相手に対して「大丈夫、なんでもないなんでもない」と慌てて返事をする。
「そうか。それならいいが……それにしてもあんな荒野のど真ん中で何を?」
聞かれても困る。自分だって何も分かっちゃいないのだ。
「いや……なんというか、迷子みたいな感じでふらふらと……」
「ふうん……? よく魔獣に襲われなかったものだ」
魔獣?
今魔獣って言った?
やっぱここ異世界なの?
一瞬にして疑問が浮かんだが、問いただすより先に相手が口を開く。
「ああ、自己紹介が遅れたな。私はリタリエ。故あって旅をしている」
そう話しながら、アキラを救助してくれた相手はフードを取る。
美女だった。
篝火に照らされる白い肌に、大粒の紅玉のように美しい瞳。
銀髪紅眼の玲瓏たる美貌は意識を失う寸前に見たものと一致していた。どうやらあれは天使でも、今際の際に見た幻覚でもなかったらしい。
思わず息を飲むほどの絶世の美女だったが、その秀麗な眉目の中で最もアキラの目についたのは。
「――エルフ?」
その長く尖った、美しい耳だった。
「エルフを見るのは初めてか? ……そういうキミはどこの種族だ? 身長が低くない割に、尻尾も角も見当たらないが……」
問いかけられ、自分がまじまじと相手のことを見ていたことに気付いたアキラは慌てて自己紹介を返す。
「俺はアキラ、人間だ」
「――人間?」
アキラとしては簡潔かつ普通の紹介をしたつもりだったが――それを聞いた相手……リタリエは目を丸くした。
何か変なことを言っただろうか、もしかして名前が変な単語だったりしたか? おろおろするアキラだったが、次の言葉でさらに混乱することになる。
「キミ、もしかして別の世界から来たのか?」
「……え?」
どうしてそれを、とまでは口に出なかったがその反応だけで十分だったらしい。
「
「え、ちょっと待って、なんで俺が異世界から来たって」
泡を食って聞き返すアキラに対し、相手はどう話したものかとしばし悩む素振りを見せたが、やがて大きく息を吐き、衝撃的な内容を告げた。
「落ち着いて、どうかショックを受けずに聞いて欲しいんだが……この世界では、人間は絶滅している」
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