第2話

「ふっひっひっ・・・俺は殺戮マシーンだ」


キーボードの上で指が踊り、俊敏にマウスを振る。

ディスプレイの中の敵は、成す術もなくたった一人の主人公に蹂躙されていく。


『カタカタカタ・・・』


TSした?猫耳少女になった?

よく考えれば、部屋に引きこもってゲームをするなら、どんな姿でも関係ないじゃん。

そんなわけで魔王を倒して世界の平和を守るため、頑張って素材集めをしている。


「おはよ、こはく!」


一時間の周回にも飽きて、一旦休憩でもしようとした丁度その時、ノックもなく豪快に扉が開かれた。

俺の部屋の扉をこんなにも乱雑に扱う人物は一人しかいない。幼馴染の遥だけだ。


「もうちょっと静かに扉を開けられない?」


「それより!お買い物に行こ!」


「あっそう。いってらっしゃい」


「こはくの物を買いに行くのに、本人が行かないとどうしようもないよ」


何を買いに行くのか知らないけど・・・イヤだ!俺は孤高の自宅警備員だよ?安息の地を守るっていう非常に大事な役目があってだね。

それにお外は危険がいっぱいなんだよ?俺みたいな引きこもりが陽の光を浴びたら、一瞬で灰になるんだよ?


「あのね遥。今の時代にはね、ネット通販って便利なものがあってね」


「実際に見て買った方が、後で後悔しないと思わない?」


「うっ・・・で、でも!買い物に行けるような服とか持ってないし!」


もちろん服なら何着か持ってる。けど全部男だった時の服で、どれを着てもサイズが合わない。

現に今だって、パンツにブカブカのシャツを肩に引っ掛けてるだけ。こんな服で遥と一緒に買い物に行ったら、ポリスメンに捕まるよ。たぶん遥が。


「こはくがマトモな服を持ってないだろうから、私の中学の制服持ってきてあるよ。これなら今のこはくでも、ギリギリ着れるサイズのはずだよ」


「え、ヤだ」


何が悲しくて幼馴染の中学の制服を着ないといけないんだ。

今の姿がどうであれ、俺の心は健全な男だし。女装趣味なんてない。


「遥のお下がりなんて絶対に着ないって!」


「ほーら、文句ばっかり言ってもしょうがないよ。覚悟決めて行こ」


「行かないから!制服も着ないっ!」


「えーー?似合うと思うんだけどなぁ」


「そういう問題じゃない!っていうか、ジリジリこっちに近づいてくるな!」


男としての尊厳の危機を感じる!だって遥が捕食者の目をしてるんだもん!何とかして遥から逃げないと!


「えい!捕まえた!」


「このぉ!放せぇ!」


「女の子になって、力も弱くなってるんだねー」


「うるさいっ!」


「さー、お姉ちゃんが手伝ってあげるから、お着替えしましょうねー」


「あ、ちょ!やめっ・・・」





――――――――――





「ひぃん・・・もうお婿に行けない・・・」


汚された・・・遥に汚されちゃったぁ・・・


「女の子なんだから、お嫁に行けばいいよ。責任取って、私が結婚してあげようか?」


「誰のせいだと!?誰の!?」


くしょぉ!いくら幼馴染とは言え、嫌がる少女の服を無理矢理剥ぎ取るのは犯罪じゃない!?

この鬼!悪魔!ロリコン!


「さっ、こはくの着替えも済んだことだし。お買い物に行きますかー」


「ええーー・・・」


買い物なんか行きたくないんだけどなぁ・・・だってお店には店員と他の客が生息してるじゃん。ヤツらは俺の天敵。


「うーー・・・あっ、そうだ!ほら、俺の頭に猫耳生えてるから、外に行ったら騒ぎになるよ!」


「それなら大丈夫。はい、これ。制服の上にこれを着ればいいから」


遥が綺麗に折りたたんだ布の塊を手渡される。広げてみると黒いパーカーだった。


「パーカーくらいじゃ、俺の猫耳隠せなくない?」


「ただのパーカーじゃないんだよ。フードのところをよく見てみて」


パーカーに付いているフードを手繰り寄せると、謎の布が左右に一つずつ縫い付けられているのに気が付いた。

更によく見てみると、その布は三角の形になっており、内側は可愛らしいパステルピンクになっている。


俺の頭に付いている猫耳とそっくりだ。


「・・・なにこれ」


「可愛くない?猫耳パーカー」


「そういう問題じゃなくない?」


確かにね?俺も可愛いと思うけどね?俺の猫耳をどうにかするって話だったのに、なんで猫耳パーカーが出てくるわけ?


「フードの裏側に穴を開けておいたから、そこにこはくの猫耳を隠せるよ」


遥の言う通りにフードの裏を覗くと、確かに遥の言う通り不自然な穴があった。穴に指を入れて動かしてみると、パーカーに付いている猫耳がピコピコと動く。

この穴に俺の猫耳を入れても、他人からは可愛らしい猫耳パーカーにしか見えない。まさか、中に本物の猫耳が入っているとは思わないだろう。


「・・・いや待って。なんか普通に納得しかけたけど、俺はこんな可愛いヤツ着たくない」


だって俺は男だし。体は猫耳少女かもしれないけど、心は立派な男だし。

男のプライド的に、猫耳パーカーなんて着たくない。


「一応、首輪も用意して来たんだけど・・・こはくが駄々をこねるんだったら、これ着けて無理矢理引っ張って行くけど」


「はあ!?そんなのダメに決まってるじゃん!」


「だからこはくに選ばせてあげる。私と一緒にお買い物に行くか、私に首輪を着けられて引きずられるか」


「どっちにしろ、買い物に行かせられるじゃん!」


「そうだけど?」


ぐうっ・・・外に出なくて済む方法はないのか?

きっと何かあるはず。この窮地を乗り越える。起死回生の一手が!


「・・・しょうがないなぁ。首輪も着けてあげるから、こはくはじっとしててね」


「ちょぉ!?タンマ!」


「なに?」


色々おかしいでしょ!?こんな純粋で可愛い猫耳少女に、首輪を着けて引き回すとか、人の心はないんか!?


ん?純粋で、可愛い・・・?

はっ!ひらめいた!


「ねぇー、遥ぁ。こはくねー、今日はお外行きたくない、にゃー」


猫耳幼女がこんなに可愛くオネダリしてるんだよ?可愛すぎて、何でも言うこと聞いちゃうだろぉ!


「んーーー、そっかぁ。お外イヤかぁ」


「そうにゃ。お外は危険がいっぱいにゃ」


どうだこの天才的な作戦!自分で言っててキツくなってくる以外は完璧!


「そっか。私もついてるし、ちょっと頑張ってみようねー」


「いや、なんでだよ!そこは『じゃあ今日はお家に居ようね』って言うところでしょ!?」


「あんまり遊んでる時間もないし、そろそろ首輪着けるね」


「あっ、待て!ちょっと待ってぇ!」


「もう時間切れでーす」


くっ、こうなったら実力行使で・・・あ、でもさっき力ずくで着替えさせられたな。正面からやり合うのは止めておこう。

それなら逃げるか。トイレにでも逃げ込んで鍵をかければいい。・・・でも、部屋から出るには、遥の横をくぐり抜けないと。


あれ?もしかして詰んでない?


「うぐぐ・・・行くよ!俺も買い物行けばいいんでしょ!」


「最初からそう言えばよかったのに」


「行くから、首輪はナシ!」


「・・・わかってるってば。始めから冗談だったし」


本当かぁ?遥ならマジでやりかねない気がするんだけど。





――――――――――





「や、やっとついた・・・」


やっぱり外は危険だ。

最寄りのショッピングモールに着くまで、ずっと殺人的な陽の光に焼かれたし、すれ違う人はチラチラ俺を見てきたような気がする。


やはり外は危険に溢れてる。


「さっさと買い物を済ませて、早く帰ろ・・・」


「せっかくここまで来たんだから、色々見て回らない?」


「ヤだ。一刻も早く家に帰る」


こうしてる間にもドンドン寿命が縮んでる。早く家に帰ってアニメ見ながらソシャゲのデイリーを消化したい。そうしたい。


「聞きそびれてたけど、何買いに来たの?」


「こはくの服と下着だけど」


「よし、帰ろう」


「なんで?」


必要ないからに決まってるじゃん。シャツとパンツさえあれば、問題なく生活できる。なのにわざわざ買いに来るは必要ない。


「ちゃんと女の子の服も何着か持ってないと、いつか困るよ」


「すぐ男に戻るもん。だから買わなくても平気だし」


「強情なんだから。・・・ところで、こはく」


「・・・なに?」


「首輪着けながら試着できると思う?」


そう言った遥はポケットから何かを取り出す。しっかりとした革製のそれは、家に置いてこさせたはずのペット用の首輪だった。


「ひ、卑怯だ!この鬼!悪魔!ロリコン遥!」


「へぇーー、ふぅーーん。そんなこと言っちゃっていいんだ」


わざとらしく音を立てながら首輪の留め具を外す。俺の目の前で首輪を広げて、穏やかな口調で続ける。


「あんまり酷いこと言うと、手が滑っちゃうかもよ?」


「・・・行くから、とりあえずそれ仕舞って」


「やっと素直になってきたね」


遥の方が力あるからって調子の乗りやがって・・・これは後で仕返しをしてやらないと。首を洗って待ってろよ。


「はい、着いたよ。服の前に、まずはここで下着を買っちゃお」


淡い色合いで統一された店内に、所狭しと可愛らしい女物の下着が並んでいる。

それはある意味聖域であり、男だった俺には足を踏み入ることが出来ない禁断の場所。


「もっとこう・・・無難な店はないの?」


「別に普通じゃない?」


いやぁ・・・ちょっとハードル高すぎですって。こっちは女の子初心者なんだし、もうちょっと緩い雰囲気の方が・・・ね?


「いらっしゃいませー、何かお探しでしょうか?」


「ぴぃっ!?」


店員 が 勝負を仕掛けてきた!▼

こはく の 攻撃!▼


「えっ、あっ、その・・・」


こはく は 混乱している!▼


「今日はこの子の下着を買いに来たんです。この子に合うサイズの下着は、どこに置いてありますか?」


「それでしたら、こちらの辺りですね。妹さんですか?」


「・・・まあそんな感じです。ねぇー、こはくちゃん?」


妹じゃないし。なんなら俺の方が数ヶ月先に生まれてるから、遥が妹なんだが?


「そうだ、奥の試着室使ってもいいですか?」


「もちろん構いませんよ。他にも何かありましたら、お声がけください」


そう言い残して、恐ろしい店員はゆっくりと店の奥へと消えて行った。


「こはくってば、私の後ろに隠れちゃって。かーわいー」


「うるさい」


誰だって、いきなり襲われたらビックリするでしょ。俺はちょーーっとビックリの度合いが大きいだけだから。

決して、コミュ障じゃない。


「それじゃあ、こはくは先に試着室に行ってて。私が何着か選んで持っていくから」


「えーー?遥に任せて大丈夫なの?ヘンなの持ってきたりしない?」


「そんなことしないよ。それよりも、こはくのセンスで選んだ方が・・・やっぱり何でもない」


なにその言い方?バカにしてない?俺のことバカにし過ぎじゃない?


「・・・まあいいし。とにかく!絶対にヘンなの持ってこないでよ!」


「それってフリ?」


「違うっ!」


絶対にわかってて言っている。間違いなくヘンなのを持ってくる。遥はそういう事をする。


遥のウザ絡みは今の俺じゃあ止められないし、諦めて試着室で待ってよ・・・


「はぁ・・・」


一度遥と別れて、店の奥にあるらしい試着室に向かう。

右側に並んでいる下着の壁に気まずくなって、視線を左側に逃がしても更にワンサイズ大きいブラに圧倒されて、行き場を失った視線は、床へと追いやられる。


「・・・・・・」


やっと見つけた試着室に逃げ込むように入り、カーテンを閉め切る。

一人きりで人気のない空間に、気が抜けて思わず溜め息が一つ零れた。


「ふぅ・・・やっぱり他に人がいないと、楽でいいな」


正直、もう帰りたい。

ていうか、なんだよあの店員!いきなり話しかけてきてさ!俺にだって心の準備が必要なのに!おかげで、遥にからかわれたじゃん。


「どのくらい待ってればいいんだろ」


そりゃあ、遥がすぐに下着持ってくるとは思ってないけど・・・女の買い物は長いって言うし。遥が来るまで待ってるだけっていうのも、結構ヒマだなぁ。


・・・そういえば、ここって女性下着の試着室でしょ?つまり俺の居るこのスペースで、女の人が服を脱いでたってわけだよね・・・


「・・・・・・ごくり」


そう思ったら、なんかドキドキしてきたかも。女子更衣室に忍び込んだみたいな、イケないことをしてる気分。


ここで綺麗な女の人が、服を脱いでスカートを下ろして・・・そして下着に手を掛けて生まれたままの姿に・・・


「こはくー、居るー?」


「みにゃぁーー!?」


こ、このっ遥めぇ!脅かすなよ!心臓が止まるかと思ったじゃん!


「あ、いたいた。どうしたのこはく?顔赤くなってるけど」


「べっ、別に!?何でもない!」


「なーんか怪しい。・・・もしかして、エッチなことしてた?」


「してない!」


「じゃあ、エッチな妄想?」


「・・・し、してない」


「こはくってば、ムッツリスケベなんだからー」


「だから妄想してないっ!」


まだ肝心なところを想像してないから、四捨五入すれば何も妄想してないのと同じだし!


「こはくがムッツリスケベなのは今更だよね。それは一旦置いといて、下着を数着持って来たから、試着してみて」


ずい、と押し付けてきた遥の手には、折りたたまれた布の束。試しにその一つをつまんでみると、少し歪な三角の形に広がった。

その三角形の布は、白一色のパンツだった。


「・・・割と無難なやつだね」


「私はもっと可愛い下着の方がよかったんだけどねー。それだと、こはくが履いてくれないでしょ?」


「そりゃそうだよ」


俺が女物の下着を身につける時点で十分屈辱的なのに、フリフリがついてたり、布面積が小さかったら絶対に履かないもん。

百歩譲って女物の下着にするなら、こういう無地で飾り気がないのがいい。


「じゃあ、試着してみるから」


「うん」


「・・・」


「・・・どうしたの、こはく?」


「いや、遥が外に出るの待ってるんだけど」


『どうしたの?』じゃないが。なんで、さも当然のように試着室の中に残ってるわけ?


「試着するのを手伝ってあげようかと思って」


「別にいらない。俺だって試着くらい一人で出来るし」


「じゃあ、こはくは一人でブラ着けられるの?」


「・・・気合で何とかするもん」


「ヘンな意地張らなくていいよ。遥お姉ちゃんが手伝ってあげるからねー」


「誰がお姉ちゃんだ!あ、ちょ、こっち来るな」


「大丈夫、天井のシミを数えてるうちに終わるから」


「みぎゃあーーー!」





――――――――――





「しくしく・・・しくしくしく・・・」


「うんうん。よく似合ってるよ」


あっという間に服を全部剝かれた・・・ムリヤリ下を着着せられたぁ・・・

男のプライドが・・・どんどん崩れていく・・・


「ていうかさぁ!?俺をイジメて楽しんでるでしょ!?」


「・・・ソンナコトナイヨー」


「なんで目を逸らしてるの?ねぇ、遥?」


「ブラのサイズも大丈夫そうだね」


露骨に話を逸らしやがって。でも確かにブラの着け心地は悪くないかも。無駄な隙間はないし、変に圧迫されてる感じもしない。パンツと同じで、シンプルなデザインだし、これなら買ってもいいかな。


「・・・そういえば、尻尾は尾てい骨の辺りから生えてるんだね」


「まあ、うん。そうだけど」


俺のお尻の上の辺りに、ふわふわの猫の尻尾が生えてる。遥に着せられた制服の下に隠してたんだけど、何気に窮屈だったんだよね。


ちなみに、入れるタイプじゃない。本当に生えてるから。


「ねぇこはく。せっかくだからちょっとだけ尻尾触ってもいい?」


「え、ダメだけど」


「わかった。優しく触ればいいんだね」


俺が『ちょっとだけなら』って言った雰囲気で話が進んでるけど、触っていいなんて言ってないからね?


「なに勝手に触ろうとして・・・んんっ!?」


「おおーー、モッフモフだ」


滑り込んできた遥の手が、俺の尻尾を握ると先端に向けて擦り上げる。神経を直接触れられているような、ぞわぞわとした強い刺激が尻尾から腰に伝わり、脊髄と脳に叩きつけられる。


「やっ、やめろ!触るにゃぁ!」


「触るにゃ、だって。かーわいー。ほら、尻尾の付け根のところもトントンしてあげるね」


尻尾からの刺激に頭がいっぱいで、遥を止めることが出来ずに追撃を許してしまう。


「あっ、う、うぅ、んぁっ」


尻尾の生えている少し上を、トントンとリズミカルに叩かれる。その一回、一回が腰の奥にまで響き、足が勝手に震えて尻を晒すように腰を突き上げてしまう。


「あぐ、うっ、うっ、もう・・ム、リぃ!」


「うわっ!?」


ガクンと大きく腰が跳ねて、ついに限界を迎える。足から力がふっと抜けて、そのまま遥の体にもたれかかる。


「びっくりした。・・・えーっと、こはくは大丈夫?」


「だいじょうぶな、わけ・・・あるかぁ・・・」


あれはヤバい。人間が感じていい刺激じゃない。意識トぶかと思った。


「こし、ぬけて・・・たてない」


「ホントにごめん」


許さん。絶対に許さない。後で絶対に仕返ししてやる。


「・・・とりあえず、服着させて」


「う、うん。わかった。こはく一人で着替えられる?」


「無理に決まってるじゃん。遥のせいで腰抜けてるんだから。責任取ってさっさと着替えさせて」


ここは責任取って、遥が誠心誠意俺に服を着せるのが筋だよね。


「・・・言っておくけど、また変なことしたら駄目だからね」


「はい。それに関してはちゃんと反省してます」





――――――――――





着替えが終わった後も、俺一人で立つことが出来なかった。

流石に遥も反省したらしく、『もう帰る』の一言で、今日は下着だけ買って家に帰ることになった。


家に帰る時に、俺を遥がおんぶすることになったのだが、人目を集めて最悪の一言に尽きる。


遥マジ許さん。

俺はこのこと忘れないだろう。




 デビューするまで、あと27日



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