七話 戦争の兆し


魔大陸を入り口地域を巡る東西の戦いは激化の一途を辿り始める。


魔大陸入り口の東西戦争が始まる二年と四ヶ月前の頃。


ナザビア帝国の西の隣国であるベルマレン王国は過去に見ない異常気象と蝗害により年々痩せてきた国土の生産力低下に拍車が掛かる。


ベルマレン王8世は民からの信頼を回復するために魔大陸の上部の魔人の国リルベストに一方的に戦線布告を行い、開戦に踏み切る。


開戦直後はベルマレン王国軍は貧しい日常の鬱憤を晴らすために八つ当たり気味に略奪と陵辱を繰り返した。彼らは女を嬲り、男は皮を剥いで殺した。そして、リルベスト国民である魔人の多くを奴隷として連行した。



しかし、この行き過ぎた侵略によりリルベスト魔人の民は怒り狂い一致団結。堅固な守備隊を築きながらも徹底した焦土戦と特攻隊による奇襲を繰り返す。



ベルマレン王国軍はこの特攻隊により、前線近辺で掠奪をしていた王国副団長ヘルスが死去。


頭を失ったベルマレン王国軍は前線から破竹の勢いで瓦解し、僅かばかりの国境線の押し上げと少量の資源を成果に撤退を余儀なくされる。



この戦果に民達にベルマレン王8世は愚王と称され信頼を失う。


一方、王国軍騎士団長ガッツエはマルベスト侵略作戦で多くの部下と愛弟子であったヘルス副団長を王命で死地へ送られたことを恨んでいた。

これが契機となり、ガッツエは第3王子オーケノス殿下を旗頭にクーデターを起こす。



彼らが民から信頼を得るためのプロパガンダは暴論であった。


『マルベスト侵略は愚王の強硬策、本来であれば国境の守備が薄いナザビア帝国植民地マクレレを侵略すべきである。第三王子オーケノス殿下であれば、我らの軍団を強兵へと変貌させ、人民に富を与えるであろう』


ガッツエは第三王子以外の王家に連なる者、ベルマレン王派の貴族達、郎党を処刑、クーデターに成功した王国軍騎士団長は僅かな財源と税金を搾り出し、ナザビア帝国植民地マクレレに電撃的に侵攻する予定であった。


しかし、順調であったベルマレン王国軍騎士団長ガッツェ間違いを犯していた。


彼はナザビア帝国軍団の強さを履き違えていた。


ベルマレン王国軍団はテルシェ辺境伯爵軍団に歯が立たず、臆病風にふかれてしまう。

人民を信頼を何とか繋ぎ止めるために、名ばかり侵攻と小競り合いを起こしていた。


そうしてベルマレン王国騎士団長が右往左往と悩む間に、小競り合いに痺れを切らしたテルシェ辺境伯爵軍団とナザビア帝国軍団は雪解け同時に6万もの兵を集結させ、ベルマレン王国に戦線布告を行うのであった。



******************



フィルが7歳になった夏の猛暑日にベルマレン王国との開戦の噂がテルルト村にも入ってきた。


テルルト村の農民達も戦争の噂に夢中になると思いきや、次の日には子供達と退役した雑兵以外は誰も話題にしていなかった。


村民達は行ったことの無い反対側の戦争よりも日々の生活で精一杯なのだ。


戦争の影響で増税をしているのにも関わらず、原因を考えても解決できる訳ではない彼らは思考を放棄して国の労働力の一部となる。




そんな事よりもフィルは社交会デビューしたのである。テルルト村空き地キッズ社交会だ。


村の端の空き地で15人くらいの子供が集まり、何かしらで遊ぶ。


年齢層はかなり低く、10歳以上の子供はいない。子供を遊ばせておく余裕がこの村には無いため、10歳を過ぎると親同様に立派な労働者だ。


フィルは冬籠りが終了してからほぼ毎日、アリスに雪合戦へ強制連行されていた。そして、雪解けし始めると正義の騎士ごっこに付き合わされる。


フィルはアリス姫の騎士にされていた。


「はあ」



「フィル!魔王につかまった私をたすけなさい!」


「はーい、ガンバリマス」


「やる気だしなさい!騎士でしょ!」


ーーーなんで攫われた姫様のお前がそんなに威張り散らしてんだよ...



「このやろう。アリスちゃんはわたさないぞ!

お前ばっかいつも騎士をやって!」


「そうだ!そうだ!」


「たおしてやる!」


「ぶっとばす。」


村の少年達から集中砲火を受ける。特にアリスに恋する茶髪の角刈り少年トトスは血走った目で睨んでいる。


ーーーナニアレ。怖すぎんだけど。


魔王を倒して騎士ごっこを終えると、ベルマレン王国との戦争の話を皮切りに軍団の話になる。


「知ってるか!ナザビア帝国軍団の騎士はつよいんだぞ!」

トトスが騎士の話になると興奮気味だ。



「そうなの?」

「どのくらい強いの?」



「んんんん。世界一だ!軍団の団長はさいきょうの騎士なんだ!剣一振りで50人倒すんだぞ!」



「へー」

「ホントかな」

「怪しい」


「うそじゃない!ブラネスおじさんが言ってたんだぞ」



「あの行商人さん?」

「あの人、母ちゃんがホラ吹き男っ言ってたぞ」



「ホラ吹きじゃないって!あ、アリスちゃんも聞いてたよな!?」


「私は興味ないから聞いてないわ」


「...。なんでよ!?うそついてねーよ!」



涙目になったトトスが帰る頃には日暮も近く、自然解散になった。フィルもアリスにやっと解放されたため、怱怱と帰宅する。




フィルが帰宅すると庭外でロベルとダンケルが木刀で打ち合いをしていた。

あんまり見ていると剣に興味があると思われて、修行に参加させられそうなため、フィルは忍足で家に入る。

エラは居間の卓上で、薬の調合をしている。


「ただいま、母さん」

エラが調合に集中しているため、小声で帰宅を告げる。


「おかえり、これ終わったらご飯の準備をするわ。ちょっと待ってて」


「うん。僕も手を洗ったら調合を手伝うよ」


そう。フィルは薬の調合の手伝いをさせてもらえるようになったのだ。


フィルは昨年の冬籠りで机の上でできる薬学を全て修得してしまっていた。


勿論、フィルが知らない薬の知識は山程あるだろうが、取り敢えずは薬学教本に記載されている知識は詰め込んだ。

今はひたすらに実践と復習を繰り返すだけになっている。


しかし、未だにフィルは山歩きや薬草採取を行っていないし、1人で調合はできない。

そもそも魔力薬は魔力を扱えるようにならないと、魔力薬学は実践できない。



フィルは一人前の薬師には程遠い。

ただ勉強しただけの、頭でっかちなのだ。



エラが今調合しているのは火傷用軟膏だ。


フィルが行うのは準備であり、最終的な調合は母さんが行う。

火傷用軟膏のレシピは結構簡単だ。



・水を限りなく煮沸して濾過させ、精製水をつくる。


・オリビア花の種子を細かく砕きにたっぷりの精製水で煮出す。

しばらくすると、灰汁に緑色味が強い成分が浮き出し、油分が浮き出る。粗を取り植物油が完成する。


・ここからが調合が始まる。完成したオリビアの実の植物油に自身の魔力は感覚で適量流し込み、小匙一杯の蜂蜜とフーカス草の絞り汁を加熱しながら適量に注ぎ混ぜ合わせる。


調合が完了したら常温まで冷まして、竹製の小箱に流し込み完成だ。


この作業の難所は計量器とタイマーが無いため、全てが感覚なのだ。


大まかな計量は天秤を使用するが、このような緻密な作業は経験を積み重ね、感覚を磨かねばいけない。


完成した火傷用軟膏は一塗りすると直様水膨れや腫れを治し、三日間塗り続けると爛れさえも治す。殺菌、防腐、保湿効果があり、火術が飛び交う戦場では重宝されている。




火傷用軟膏を作り終えると、エラは一息つく。


「ありがとう。助かったわ。フィルも随分立派薬師になったわね」


「そうかな、まだ調合は完璧にはできそうにないし..」


「そう簡単にできるものではないわ、私は調合が完璧になるまで四年と七月費やしたわ。フィルならもっと早くに習得できそうね」


「そっか、頑張るよ」


道のりは長いらしい。


「夕飯をすぐに作るから、2人達を呼んできてちょうだい」


「うん」


外に出ると2人は汗を流すため、水を被り布で拭っている。夕飯が直ぐにできる事を伝えて3人で家に入ると、大蒜と香ばしい匂いが食指が動き始める。


もう時期1歳になるネルを赤子用ベッドから連れてくる。夕飯が食卓に並べられると家族全員が揃い、祈りを捧げる。




ーーー願わくばこの幸せが続きますように。

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