第6話 息子からの提案を受ける
「協力するって、君が? 俺とお母さんの関係を?」
俺はまだいまいち事情をのみ込めないでいた。
息子は頷く。
「そうです。だって、僕が母さんに土方さんっていい人だねって言うだけでたぶん付き合えると思いますよ。母さんはあくまで新しい家庭を作るための相手を探しているのだから、優先順位は僕とどれだけうまくやっていけるかなんですよ。土方さんと母さんの年齢じゃあ、新しい兄弟とかも作ることないだろうし、僕らがうまくやって行ければ問題ないわけです」
すらすらと理屈を立て並べて話しているが、息子の言う言葉とは思えない。
それでは母親も息子も惰性で結婚相手を決めようとしているのと同じだ。
「君はそれでいいの? お母さんだって自分がいいと思った相手と付き合いたいんじゃないかな?」
「母さんは自分で選べないから、僕をこうして連れてくるんです。僕は土方さんでもいいですよ。だって僕が中学に上がれば、顔を合わすことも少なくなりますし、後8年もすれば家から出られます。それまでの辛抱だと思えばどおったことはないですよ。それに土方さんなら今までのゲス共より話が通じそうですしね」
彼はそう言って笑った。
こいつは本当に小学生なのかと疑いたくなる。
まだ10歳の子供だぞ?
そんな子供が理屈で新しい父親を選ぶなんて聞いたことがない。
しかし、息子が協力をしてくれるというのなら断る理由はなかった。
今まで会ってきた相手よりは信用されているようだし、俺自体もそれを裏切る気はもうとうない。
彼女と付き合うことになれば大切にしたいと本気で思っているし、結婚するなら息子とも仲良くやっていきたいと思っている。
ただ、何かが腑に落ちなかった。
「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」
彼女はそう一声かけて席に戻って来た。
俺も全然と答えて、彼女たち親子を見つめる。
こうやって見るとどこからどう見ても普通の仲のいい親子だ。
俺たちはひとまず料理を頼んで、当たり障りのない会話をしながら食事を楽しんだ。
息子もその間は小学生らしい対応をしていたし、大村さんもいつも会社で見ている彼女の姿だった。
「今日はありがとうございました」
食事を終え、俺たちはレストランから出ると駅に向かい、別れるところだった。
大村さんは丁寧にお辞儀をする。
息子も楽しかったよと笑顔で答えた。
2人が改札に向かい、俺が手を振っていると息子が足を止め、母親と何か話しているのが見えた。
そして、息子だけがこちらに向かって駆けてくる。
俺の前に立って息子は俺の袖を掴んで、おじさんと呼んできた。
何か小声で話したがっている様子なので、俺はしゃがんで息子の口元に耳を近づける。
「次は母さんをディナーに誘いなよ。今度はうまくいくからさ!」
彼はそれだけを言い残し、再び母親の方へ駆けて行った。
俺はどうするものかなと頭を掻いた。
なんだかあの息子に踊らされている気がしてならなかった。
結局悩んだ末、息子の言われた通り、後日大村さんをディナーに誘った。
大村さんはあっさりと承諾してくれた。
しかも、今度は2人きりでもいいそうだ。
全て息子の言う通り進んでいることが少し気持ち悪かったが、これも好機だと思ってディナーを楽しむことにした。
ヨレヨレになっていたスーツも新調し、女性に人気のある少し高級なレストランを予約した。
髪型も指摘されてしまったので、いつも行く1回1,300円のカット専門店ではなく、メンズ用の美容院へ行って髪をセットしてもらう。
最後に花屋に言って、花束を用意した。
俺は花言葉とか女性の好みとかはよくわからないから、花屋の店員に大まかな要望だけ伝えて、適当にアレンジしてもらう。
花束を受け取る時、女性店員は俺の顔を見てニヤニヤと笑い、頑張ってくださいねと言ってきた。
少し馬鹿にされた気分がしたが、食事に誘ったぐらいで花束を渡すなんて、それこそ時代遅れだったのかもしれない。
待ち合わせの駅に約束の時間より20分早く着く。
以前に待ち合わせするよりも緊張していた。
大村さんと2人きりというのもあったが、それ以上に夜の雰囲気は昼間のランチとはだいぶ違う。
昼間はもっと気楽に話しが出来たし、時間の合間に会うイメージだったが、夜は恐らくお酒も入るし、ムードだって出るはずだ。
これこそ、大人のデート。
昔は普通にしていた事なのに、ブランクが空いてしまうとこんなに緊張するものなのかと実感した。
「土方さん!」
俺は突如名前を呼ばれて、驚いた。
そこには笑顔の大村さんが立っていた。
会社で見る雰囲気とも違い、この間のランチデートとも違う、少し色っぽい格好だった。
彼女もそれなりに意識して来てくれたと思うと嬉しかった。
俺は手に持っている花束を思い出して、大村さんに渡す。
「今日のお礼に!」
彼女は嬉しそうにそれを受け取り、花束を眺めながら綺麗と囁いた。
喜んでくれて良かったと安心する。
そして、俺たちは目的のレストランに向かった。
今日こそはいい雰囲気を作って、チャンスがあれば告白をするぞと決めていた。
「大変申し訳ありません!!」
レストランに入って最初に言われた言葉はそれだった。
予約はちゃんと入れたはずだ。
店も間違っていない。
それなのに、俺たちの席は用意されていなかった。
「うちの新人従業員が予約管理を誤りまして、お席をご案内できず、今から最低1時間はお待ちいただくことになります」
ギャルソンはそう言って、ハンカチで汗をぬぐっていた。
今回は俺のミスではないようだが、なんと間が悪いことか。
大村さんも息子を知り合いに預けているし、1時間も遅れるわけにはいかない。
俺は大村さんの顔を見て、そのギャルソンに予約を取り消すように言った。
どうしてこううまくいかないのだろうと肩を落としていると、大村さんは優しく微笑んで慰めてくれた。
「また誘ってください。食事なんていつでも行けますから」
彼女はそんな風に言うが、実際息子を他人に預けてきているのだ。
またすぐにとはいかないだろう。
「ほら、とりあえずあのカフェに入りましょう。せっかく時間を作ったんですから、少しはお話して帰りましょう」
彼女はそう言って近くのカフェに入った。
俺たちはカウンターでコーヒーを頼み、席に着く。
スーツも新調し、髪型まで決め、結局ムードもへったくれもないカフェでお茶とは呆れるばかりだ。
それでも彼女は楽しそうに話をしてくれた。
仕事の事、息子の事、趣味の事、彼女はいろんなことを俺に教えてくれる。
俺も出来る限り彼女の話に合わせた。
合わせていてもきつくはないし、一緒にいるだけで心地良かった。
やっぱり大村さんが運命の人なのだと心のどこかで確信していた。
世界の危機だとか人類の存亡なんて正直どうでも良かった。
今、俺はこの目の前の恋を実らせることで頭がいっぱいだった。
「それじゃあ、そろそろ出ましょうか?」
あっという間に時間が過ぎ、彼女はそう言って席を立った。
俺は今しかないと思い、彼女に背を向けて決断する。
ここで告白しないでいつ告白するんだ。
俺は思いっきり振り返って、勢いよく叫んだ。
「あの、俺と付き合ってくださいませんか?」
しかし、そこに立っていたのは大村さんではなく、スマホを片手に持った女子高生だった。
大村さんは机の下に何かを落としてしまったのか、それを拾い上げるために屈んでいたためにそこにはいなかったらしい。
立ち上がり俺たちの様子を見て、大村さんは不思議そうに首をかしげている。
俺の顔は真っ青になった。
完全に告白する相手を間違えた。
目の前の女子高生もスマホを持ったまま棒立ちになっていた。
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