第3話 おっさんのくだらない会話
昼休み、俺たち『ダメンズ新選組』はラーメン屋の前の椅子に座って順番待ちしていた。
この日は気温が高く、日の当たるこの場所は非常に暑い。
俺は汗を拭きながら、隣で腕を組んで座っている近藤さんに話しかけた。
「近藤さん、どうやったら40代の男でも彼女作れますかねぇ?」
近藤さんも滲んできた汗を拭いながら答えた。
既にここはサウナ状態だ。
「何? 土方、彼女とか欲しいの?」
そりゃ欲しいだろうと心の中で呟く。
するとその話を聞いていた沖田が1人嬉しそうに話しに入ってきた。
俺たちと違って沖田の汗は滝のように流れている。
「いいっすね、彼女。いい人いたら、俺にも紹介してください!」
「お前、ちゃんと人の話聞いてた? 俺はどうやったら彼女出来るかって聞いてんだよ。他人の世話してる余裕なんてねぇよ」
沖田はほんとバカだと俺は思った。
基本、人の話を全然聞いていない。
しかも、これで俺たちと同じ営業担当だ。
「っつってもなぁ。俺と母ちゃんが結婚したのももう20年も前だからなぁ。それからは母ちゃん一筋、浮気と疑われる行為すらしてねぇよ」
そんなもんだよなぁと俺は心の中で呟く。
俺だって若い頃はそれなりに女子に声をかけたり、渋谷の街で酔った勢いでナンパしたり、それなりに頑張った時期もあった。
しかし、30代後半からは声をかけても女子からの反応も乏しく、40代過ぎると見向きもされなくなった。
この歳の恋愛がどれだけ難しいのか今更になって痛感させられる。
「ほら、最近便利なものがあんじゃん。なんだっけ、そうそう、マッチングアプリ。最近はああいうので出会い探すんだろう?」
近藤さんが思い出したように話した。
確かに最近では老若問わず、アプリで探すのが主流になってきたが、俺としては気が引けるというか、頼る気にならない。
なんたって、相手の顔が見えないし、声も聞こえないし、メッセージのやり取りだけで好きな相手見つけるとか不可能だと思う。
やっぱり、実際に会って話してみないと何もわかんないだろう。
「俺、やってますよ、マッチングアプリ! プロフィール写真に上半身裸の写真とか載せてますけど、いまいち反応悪いんですよねぇ」
再び沖田が勝手に話しに入ってくる。
そりゃぁ、お前の趣味であるマッチョな身体を見せつけられても、普通の女子は引くだけだろう。
そう、写真じゃ相手に何も伝わらないのだ。
「そう言えば、近藤さん、お嬢さん居ましたよね?」
俺は近藤さんの娘さんの事を思い出して聞く。
近藤さんはおうと一言だけ答えた。
「今、何歳ですか?」
「もう高校生だよ。確か3年だから18かなぁ」
もうそんなに大きくなるもんなんだなぁと俺はぼんやり考えていた。
俺が一度会った時は、まだ小学生だった気がする。
あれからは一度も会っていない。
「ってお前、もしかして俺の娘に手を出す気じゃねぇよな!?」
何を思ったのか、突然近藤さんが俺に叫んできた。
正直、それは全く考えていなかった。
「ないっすよ。高校生ですよ? 捕まるだけじゃないですか。ってか、近藤さんの娘さんって可愛いんですか?」
その質問は一人の娘の父親に対して愚問だったと思う。
しかし、近藤さんの回答はこうだった。
「俺と母ちゃんの子だぞ。わかるだろう?」
わかっていいのかわからないがとりあえず笑って誤魔化した。
「ってか、お前、今から彼女とか作ったら、即結婚とか考えなくちゃならなくなるんじゃねぇのか?」
「そうなんすよね。俺ぐらいの年になったら、付き合う=婚約みたいなもんですからね、告白する前にプロポーズするみたいなもんすよ」
「そりゃぁ、難易度高いなぁ」
近藤先輩もやっと納得してくれたのか、そう言って1人頷いていた。
そんな会話をしている間に俺たちの番が回ってくる。
空いている席に座って、いつものラーメンを頼む。
隣り合わせで空いている席が一か所しかなかったので、離れた一人席には沖田に行かせた。
「でもよぉ、結婚なんて地獄の始まりだぜぇ」
席に座ると既婚者の近藤さんがそう語る。
未婚者に夢のないようなことを言ってくれるとは思ったが、近藤さんが言うと妙に説得力があった。
「近藤さん、何歳で結婚したんでしたっけ?」
「25」
「早いっすね」
今どき25歳で男が結婚するのは早いだろう。
しかし、俺が25歳の時は結婚した奴もそれなりにいた気もする。
「恋愛結婚でしたっけ?」
恋愛結婚とはお見合いや政略結婚とかでない、自由に恋愛をして結婚することである。
今では当たり前だが、俺の時はまだ見合い結婚する奴も少なかったがいなくはなかった。
「あたりめぇだろう。俺も最初は悩んだんだけどなぁ、ここで逃したら一生結婚できないぞって当時の先輩に言われてよぉ、勢いでしたみたいなもんだったなぁ。あれだよ、あれ。『認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを』」
近藤さんは最後のセリフを決め顔で言った。
「それ、今の若い子にはわかんないっすよ」
「え? そうなの?」
俺はあっさり答える。
近藤さんとしてはツボだったみたいだけど。
そんなくだらない会話の間にラーメンが目の前のカウンターに運ばれる。
俺と近藤さんは割り箸をとって、器を自分の前においた。
近藤さんは即麺から、俺は蓮華でスープをすすった。
ラーメンを啜りながらも、話は続く。
「俺は逆に土方たちが羨ましいけどなぁ。だって自由じゃん。好きな時に好きなことが出来るって、幸せな事だぜ」
近藤さんは何かを語るように話した。
既婚者からはそう思う瞬間があるのだろうなと想像はつく。
特に家事全般をやらされている近藤さんなら尚更だ。
「まあ、自由なんですけどね。たまに物淋しくなる時があるんすよ。一人でカップラーメン啜ってる時とか、テレビ見てひとりで笑っている時とか」
「なんか、お前が話すとリアルな」
「まあ、リアルなんで」
本当に俺たちの会話はくだらないと思う。
日頃からこんな会話しかしていないから、いざ女性と話すタイミングになってもどう話していいかわからず、黙ってしまう。
これが営業先だったらうまく話せるのに、なぜかプライベートだと上手くいかない。
正直に言えば、こうしたくだらない男の会話は楽だった。
女性に合わせて話すのは気を遣うし、全然面白くもないのに笑っていたりする。
そもそも、女性にアドバイスなんて不要なのだ。
ただひたすら「そうだね」と言って頷いていればいい。
しかし、時としてその反応にも飽きたのか、たまにはそれ以外いうことはないのかと拗ねだすから面倒くさい。
ただでさえ、興味のない女の愚痴を何時間も黙って聞いているのだから、その態度はないだろうとイラつくのは毎度のこと。
そんな会話さえ、最近ではもうめっきりしていない。
前の彼女と別れて何年経つだろう。
今まで数えてこなかったが、たぶん7年ぐらいは経っている。
確か最後にフラれたのは渾身を込めて8年間付き合っていた彼女にプロポーズした時だった。
俺は本気で彼女と結婚するつもりでいた。
けど彼女の答えは、「遅いよ」の一言で終った。
確かに8年は長い。
けれど、その間もずっと付き合っていたのに、プロポーズした瞬間にフルとかないだろうと思う。
翌年には彼女に新しい彼氏ができ、その半年後にはその彼氏と結婚していた。
俺はラーメンを啜りながら、思い出したくもない思い出に1人浸っていたのだった。
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